1話:就職先は戦闘部隊
この物語は作者の夢をもとに作られたフィクションであり、作者に医療的・科学的知識は全くと言って良いほどありません。「なんちゃってSF」です。矛盾点等には目を瞑ってください。
どうする、どうすれば良い? 考えるんだ、俺!
心臓は胸板を突き破って飛び出しそうなほどバクバクしている。
パニックに陥らないよう、必死で自分に言い聞かせるが、不安と焦りは治まらない。
落ち着け、落ち着け、と呪文のように唱え続ける。
「なんで二度目の実戦でいきなり単独行動なんだよぉ……」
我知らず恨み言が漏れていた。
今、俺が身を隠しているのは、廊下の曲がり角。
必死で追跡者を振り切り、ここに逃げ込んだのが数分前のことだ。
背中を強く壁に押し付けながら、「このまま壁と同化したい」なんて非現実的なことを切望する。
この建物に入った瞬間から、ジメッとした空気のかび臭さと、強い消毒液の臭いに囲まれていた。
それが焦りに拍車をかけた。自慢じゃないが俺の嗅覚は人一倍鋭い。いつもなら奴等が近くにいれば臭いで分かるのだが、今回はそれが通用しないのだ。
気づけば敵の接近を許し、苦戦した挙句に逃走せざるをえなかった。
一度、外の仲間の下へ戻るべきか……
他に良い案は浮かばない。逃げ回っているうちに、かなり建物の奥まで入り込んでしまっていたが、何とか戻るほかなさそうだ。
肩越しに廊下の様子を伺っていると、突然「危ない!」という大声が響き渡った。
驚いて振り向き、咄嗟にしゃがみこむ。考えるよりも先に身体が動いていた。
医療用のメスを持った敵の手が、俺の身体のあった場所を空しく通り過ぎた。
その背中に何発もの銃弾が撃ち込まれる。
倒れてくる敵の身体をかわすために、俺は慌ててダッシュした。
「よぉボーズ。生きてるか?」
「……おっさん……」
ニヤリと笑う悪人面の隊長を見て、安堵した。安堵した自分に腹が立った。そもそも俺がこんな所にいるのは、このオヤジのせいなのだ……!
***
三ヶ月前まで俺は、定時制高校に通うごく普通の高校ニ年生だった。
周囲が進学や就職で慌しくなっており、俺自身も自分の進路をどうしようか悩んでいた。
と言っても就職先をどこにするか悩んでいただけだ。
身寄りの無い俺が大学に行けるわけがなかったし、行きたいとも思わなかった。
ある日、俺の通っていた高校で「就職説明会」が行なわれることになった。
色々な企業の採用担当者がやって来て、事業内容や採用についての説明会を行なうという。
参考のために俺も参加してみることにした。
しかし肝心の説明会の日に、普段から夜型人間だった俺は寝坊してしまったのだ。
慌てて会場である体育館に向かうと、ドアの外でタバコを吸っているオヤジが居た。
誰だコイツ?
開け放したドアの向こうで、何人もの採用担当者が学生相手に熱心に話しこんでいるのが見えた。
皆ビジネススーツに身を包み、真面目そうな顔に笑顔を浮かべている。
だが、このオヤジは。
着古したTシャツにジーパン姿で、無精ひげを生やした顔に浮かんでいる表情はお世辞にも愛想が良いとは言えない。
と言って父兄でもないだろうし、不審者なら教師たちが黙ってるわけないだろう。
全くもって、この場に似つかわしくない存在であった。
そいつは俺を見つけると、値踏みするような目つきでガンを飛ばしてきた。
気が短い俺はムッとして睨み返したが、外から見てもこのオヤジが筋骨隆々であることは明らかだったので、何も言わずに黙っていた方が得策だろうと判断した。
しばらく睨みあっていると、ふいに奴が近づいてきたので俺は緊張で身を硬くした。
ところがそのオヤジは俺の肩に両手をバーンと--思わずよろけてしまうほどの力強さで置くと、「決めた!」と笑顔で叫んだのだ。
「はっ?!」
混乱して唖然としている俺の目の前で、オヤジがニヤリと笑った。
笑顔ですら胡散臭ぇ……!
俺がそう思った次の瞬間、下腹部に重い衝撃を受けて視界が揺れた。
一瞬遅れて痛みが全身を貫き、急速に意識がブラックアウトしていった。
殴られた、そう理解する前に俺は失神したのだ。
***
俺が拉致され、強制的に入隊させられたのは、ある国の政府の機密機関だった。
主な仕事内容はゾンビの駆逐。
ZO・N・BI。
俺は自分の耳を疑ったね。宇宙旅行ツアーが企画される現代にあって、ゾンビですか? と。
隊長は疑っている俺を、「実際に見りゃ早ぇだろ」といきなり西アメリカの小さな島に連れて行った。
そこで嫌というほど現実を体験させられたのだ。ゾンビは実在した。
俺の初めての海外旅行。初体験の思い出はゾンビで埋め尽くされた。
腐りかけた肉体の甘ったるく酸っぱい思い出だ。
この機密期間--「S」と呼ばれていた--には八十名弱の隊員が居た。
志願して入隊した者、スカウトされて入隊した者。
そして隊長が「政府関係の採用担当者」という名目で就職説明会等に潜り込み、見込みがありそうな若手を拉致してくるケース……つまり俺と同じ経緯で入隊した隊員も数名居た。
「あんたドコでもそんなことやってんのか!」
思わず突っ込んだ俺に、隊長は
「あほぅ。『やぁ、ゾンビ倒さない?』なんて言って、ついて来る奴がいると思うか」
と、しれっと答えた。
「それに一応、この隊の存在は国際的機密事項、ってことになってるからな」
……どーでも良いように付け足されたことの方が、重要な気がするのだが。
まあ確かに以前の俺だったら、初対面の胡散臭いオヤジにいきなりゾンビの話なんかされたら、間違いなく通報していたと思う。
しかし、拉致なんてことをしていて問題にならないのだろうか。というか犯罪だろう。
他の隊員に聞いてみると、拉致した人間の家族にはもっともらしい嘘の就職話をしたり、多額の金品で決着をつけているらしい。
また、拉致した人間が適性なしと判断された場合は離隊させることもあるそうだが、その際は口止め料としてかなりの金額が渡される。えげつない脅し文句と共に。
「まぁ、どこの国の政府もゾンビの存在は知ってるからね。離隊した人間が拉致されたことを訴えても握りつぶされちゃうのさ」
アフリカ系アメリカ人のエリックは、コンピューター・ルームでエクレアにかぶりつきながらそう教えてくれた。
ただ、隊長の強引なやり方は度々上層部でも問題になっているらしく、時々事務官だかの人が頭を悩ませているらしい。
残念ながら俺は「適性あり」と判断された。
身寄りがなかったので、面倒な裏工作をしなくて済むということも歓迎されたようだ。
それからハードな毎日が始まった。
戦闘訓練はもちろんのこと、外国語や社会情勢なんかについても、みっちり教え込まれたのだ。
敵、つまりゾンビについてはマリアさんが教えてくれた。金髪碧眼の知的美人な女医さんだ。
なんとこの人、隊長の元・奥さんらしい。
なぜこの今世紀最大のミステリー夫婦が誕生したのかは、考えても永遠に分からないだろう。
そういった問題は放置しておくのが俺の主義だ。
マリアさんの話によると、ゾンビと言うのは何種類かタイプがあるらしい。
一つ目は「死後、誰かに操られる」という映画に良く出てくるパターン。
呪術者が死者の国から霊魂を召喚し、埋葬されている遺体に下ろす。
そして意のままに操るというものだ。
大抵、術者を倒すことで操られていたゾンビ達も解放される。
二つ目は「死後、身体を乗っ取られる」というもの。
他の人間の霊魂だったり、動物霊が死者の身体を乗っ取り行動する。
こういう場合は身体と霊魂と、別々の方法で倒すことが必要になってくる。
身体の方は簡単だ。中に入っている霊魂さえ居なくなれば、ただの腐乱死体に過ぎないのだから。
問題は霊魂の方だ。とりついている身体がダメになると、別の死体にとりつこうとする。
取り逃がしたり放置しておくと、次から次へと死体を渡りあるいてしまうのだ。
そういう場合にそなえて部隊には聖職者が何人か所属していた。
彼等は霊魂を浄化させるため、現場に結界をはり聖句を唱え続ける。
普段、隊員たちのカウンセラーを穏やかな笑顔でこなしている神父や僧侶たちも、いざとなれば実働部隊と共に戦闘現場へ駆けつけるのだ。
三つ目は「自らゾンビ化する」場合だ。
これはよほどの執念を抱いて死んだ人間が、稀に引き起こす現象らしい。
普通、恨みを抱いて死んだとしても、死んだ瞬間に霊魂というものは肉体から離れるのだ。
ところがこの三つ目のケースの場合、離れるはずの霊魂が留まり続け、死ぬ前と同じように肉体を動かし続ける。
「死人がえり」「黄泉がえり」と呼ばれることもある現象だ。
ひどい時には、周囲の人間もそいつが死んでいることに気づかない。
ただし、あくまで肉体の生体機能はストップしているので、徐々にではあるが異変に気づき始める人間も出てくるのである。
実は倒すのが最も難しいのが、このケースなのだという。強い執念を抱いて死んだ、つまり現世への執着が異常に強い霊魂を浄化するのは並大抵のことではなく。
聖職者グループと、武力グループの双方が死力を尽くして戦うのだという。
経験の浅い俺には、それがどんな物か想像がつかない。願わくば自分がそんなケースに当たらないように祈るだけだ。
「ゾンビが発生する主な理由はこんなところだけれど。これが全てでは無いわ。まだ分かってない原因も存在すると思う」
眼鏡を拭きながらマリアさんは溜め息をついた。
しかし研究を進めている間にも、世界各地でゾンビは発生し続けている。
ようやく部隊での訓練にも慣れてきたころ、とうとう俺にも出撃命令が下された。