奪還屋ニック・バンロイス
閑静な住宅街に響く窓ガラスが割れる音に、女性の悲鳴。
「だ、誰よあんた! 警察呼ぶわよ! 」
女は護身用に閉まっていたタガーナイフを取りだして男に向ける。
「抵抗するんじゃねえ! お前は俺の婆ちゃんを馬鹿にし、アルティオ様まで侮辱した! 許せるはずがねえ!」
だが、男はナイフに怯える様子もなく女に近付きそのまま押し倒す。男は女に馬乗りになり、顔を何発も殴る。だが、女は手に持っていたダガーナイフを男に突き刺し、痛がっている瞬間に抜け出す。しかし、男は直ぐに立ち上がり、女の後を追う。
女は家の二階に逃げ、廊下の一番奥に行ってしまい袋の鼠となる。
「やめて! 誰か助けて! 誰か!!」
女は震える。助けを乞う声は闇に溶け、一縷の希望などなかった。
「クソ! ここでやる予定じゃなかったけど!」
男が懐から注射器を取りだし女に刺す。注射器を刺された女はぐったりと生気を失ったように力なく地面に倒れる。目は虚ろになり、瞳の奥には暗闇が広がる。
「ハハッ……アハハ。やっちまった、やっちまったよ?これで俺は地獄行きか」
男はぐったりと倒れた女の前で高笑いをする。だが、直ぐにパトカーのサイレンの音が聞こえる。男は女が持っていたダガーナイフを拾い、闇へと姿をくらました。
◇◇◇◇◇◇
白い外壁が特徴の町ロールサシベル。ここは全ての家が白くできており美麗といえる。太陽が淡く光れば白もまた映える。そんな町に似つかわしくない男が今日も町を闊歩していた。
「お姉さん、一人かい? 一人だね、ぼくとお茶でもしないかい? お姉さん可愛いね、まるで子猫ちゃんみたいだ」
道を往来する女性に声をかける男、彼の名はニック・バンロイス。茶髪、端麗な顔、平均ぐらいの身長。普通にしてればモテる要素が詰まっている男といえる。
だが、ニックは普通では無かった。道行く女性に声をかけ、運命の出会いがあると信じている異常者なのだ。そのせいで女性経験は未だ無し、ニック・バンロイスとはそういう男だった。
「今なんて言ったの!? 子猫ちゃんみたいですって? バカにしないでもらえる!」
ニックの子猫ちゃんという言葉に憤慨する女性。女性から放たれた鋭いビンタはニックの頬を捉えた。
「……また外れた。みんなビンタすることは無いのに」
ニックは往来する女性に声をかけてはビンタをされるという行為をかれこれ一時間は続けていた。腫れ上がった頬は赤くなっており、手形がくっきりとついている。
彼がこの町に似つかわしくない理由、それはこのナンパ癖にあった。美麗な町並みにチャラい男、属性が余りにも合ってなさすぎている。
ニックは腫れ上がった頬を擦りながら次の女性へ行こうとする。が、先にニックに声をかけるブロンドヘアーの女性が一人。
「やあ、ニック。調査は順調かい?」
「シルビア……。全然さ、ほら見てご覧よ、僕のこの頬を」
スタイルはグラマス、歩く姿は薔薇の花。彼女の名前はシルビア・ロストアイ。ニックの上司である。
ニックはシルビアに赤く腫れ上がった頬を見せる。シルビアはそれを見てなんとも思わないのか、少しだけ口角を上げる。
「ホントだな、痛そうだ」
「にやけづらで言われると説得力がないよ。それでどうしたのさ、君が僕の元へ来るなんて」
ニックはシルビアに会いに来た理由を問う。
「あぁ、そうだった。今日から可愛い子猫の新入りが来ることになってね、一応挨拶をね。ほら、おいで」
シルビアがそう言うと少し離れた家の影から一人の白髪の小柄な少女が顔を覗かせた。小柄な女性は恥ずかしそうにシルビアの元へ歩いてくる。
「ど、どうも。サントリア・プースと言います。き、今日から見習として入ります。よろしくお願いします」
サントリア・プースと名乗った少女はオドオドとしながら自己紹介をする。
「わぁ……可愛い子だね! 子猫ちゃんたいじゃないか、 僕とお茶でもどうだい?」
「わ、え、えっと。その、その」
「ニック辞めないか。サントリアが困ってるじゃないか」
ニックは初対面の人だというのにいつもののスタンスを崩さない。サントリアはニックの弾丸トークに押されて、いっそうオドオドする。
見かねたシルビアが仲裁に入る。
「ごめん、ごめん。で、この子をどうしてここに?」
「君の仕事ぶりを見てもらおうと思ってね。仕事を覚えるには仕事に同行するのが早いだろう?」
「ええ……誰かに教えたりするのは向いてないんだけどなあ」
ニックは少しだけ表情を強ばらせる。ニックはチャラチャラとしているが、人に何かを教えるというのは苦手であった。いつも一人で行動しており、誰かが傍にいるという状況が異常になってしまうほどに苦手であった。そのせいで、説明をするというのが苦手になってしまっていた。
「まあまあ、そう言わずに。じゃあ、頼んだよ!」
だが、シルビアはそんなことは知ったこっちゃないと言わんばかりに、サントリアをニックに押付けて何処へさっさと行ってしまった。二人で取り残され、ニックはどうしたもんかと頭を悩ませる。
「はあ……僕たちが何を調査しているは聞いてるよね?」
「は、はい。二日前にクルトリア地区に住む二十歳女性の感情が奪われ、その感情を奪還すべく情報を集めている。ですよね?」
南方に位置するクルストリア地区。古くからアルティオという神を信仰する宗教が根付いており、肉を食べることは邪道だと考える人が多い地区である。町並みは閑静でとても静かで穏やかな土地柄であった。
そんな場所で二日前、二十歳女性の感情が奪われるという事件が起きた。現時点でわかっているのは、被害者女性の名前と他の土地から越してきた人物である、そしてクルトリアに強く根付いているアルティオ教を馬鹿にするようなことを言ったという僅かな情報のみであった。
「うん、上出来だね。僕が所属しているメモリースティールは毎年金欠。だから、こうやって地道な足を使っての調査なんだよ。疲れちゃうよね、全く」
ニックは感情を奪還する自警団メモリースティールと呼ばれる集団に所属していた。世間の人々はニック達、自警団のことを奪還屋と呼んでいた。
政府は度重なる感情関連の事件に手が回らなくなり、メモリースティールの存在を黙認している。そのため、多少の法外な行為も許されていた。政府は黙認という形を取っているため、直接的な支援などはなく、資金的状況は良くも悪くもいつもギリギリをいっていた。
そのため、調査員はニックだけであった。これがニックがいつも一人でいる理由だった。シルビアは後方支援的ポジションで、前線に身を置くのはニックただ一人であった。
「それじゃあ、まずは聞き込みをしようか。 いいかい? 聞き込みは根気よくやるのが大事なんだ。例え女性にビンタを食らったとしてもね」
ニックはそう言いながら、また道行く女性に声をかけに行くが、結果は先程と同じであった。
「うん、疲れた。サントリアご飯を食べに行こう。なにか好きな物はあるかい?」
「あ、えっと。私なんでもいいです」
「そうかい? じゃあ僕のおすすめがあるんだ、そこに行こうか」
太陽も少し傾いて、腹がだんだんとすいてくる時間。ニックはビンタをされすぎて心がとうとうポッキリと折れてしまった。サントリアと共に一押しのお店へ向かう。
白い町並みを二人は歩く。石畳の上を歩くサントリアが太ももを労りながら歩いてるように見えたニックは「きつくないかい?」と言うが、サントリアは「大丈夫です」と平気だと言う。ニックはそれ以上は追求することはなかった。
空に雲が漂う気持ちの良い日、二人はただ真っ直ぐに広がる裏路地を歩く。表の大通りとは違った雰囲気が漂っている。右を曲がれば野犬が飛び出してきそうな、そんな雰囲気だ。
サントリアは知らず知らずのうちにニックに近付いていた。
「どうしたんだい、サントリア? 怖いのかい?」
「あ、いえ。そうじゃなくて、えっと。暗いところが苦手で」
「あ〜私かにここは大通りに比べたら薄暗いかもね。 大丈夫さ、お化けなんて出てこないよ。それに君なら勝てるんじゃないか?」
「わ、私にそんな力ないですよ!」
ニックの冗談にサントリアはビビりながらも語調を強めに返す。ニックは笑いながら道をそのまま突き進む。数分すると木の看板が垂れ下がった一際目立つ赤い色の店が見えて来た。店の名前は隠れ家アウクリシア。白い町並みのロールサシベルに似合わない唯一の店であった。
「ここだよ。 ここのハンバーグが美味しいんだ」
「へ、へえ……」
「何、まだ怖いのかい? サントリア、君は本当にビビりだねえ」
「ち、違いますよ!」
「あはは、ごめんごめん。 ほら、入ろう」
ニックはスマートに扉を開けて、サントリアを先に店に入れる。ニックも続いて入る。
「いらっしゃい……」
店の中に入ると、淡いロウソクの光に照らされた白い髭を蓄えた小柄な老人がいた。老人はグラスを拭きながら、ニックを睨みつける。
「あぁ、ニックか。暗くて誰か分からなかったよ」
「ジャム爺、いい加減ロウソク辞めたらどうだい? 僕が来る度にいつも睨みつけるじゃないか」
ニックを睨みつけていたのは店のマスター、ジャム・サイルスであった。
「風情があるから、こっちの方がいいだろ。そんな事より後ろに嬢ちゃんは誰だい?」
ジャムはニックの後ろに隠れているサントリアを指さしながら言う。
「あぁ、今日から入った新入りさ」
「ど、どうも。サントリア・プースです」
「あんたらの所が新人を雇うなんてどういう風の吹き回しだい」
「さぁ、僕に言われても分からないよ」
ニックは椅子に座りながら言う。サントリアにも座るように指で指示をする。ジャムが水を二人の前に置く。
ジャムの言う通り、メモリースティールが人を雇うことは滅多になかった。資金源がギリギリをいつも行っているメモリースティールが、誰かを雇い、そのためのお金を捻出することなんて不可能に近いことであった。二人でもカツカツで毎日四苦八苦している集団が、途端に誰かを雇うなんて異常も異常であるのは明白であった。
「とりあえず、いつものハンバーグを。サントリアも良かったかい?」
「あ、わ、私パスタが」
「ジャム爺、パスタはあるかい?」
「あぁ、あるぞ。ちょっと待ってな」
ジャムはカウンター裏にある厨房に行く。
「サントリア、君はどうしてここに入ったんだい。安月給で福利厚生なんてありもしない場所だよ。お世辞にもいいとは言えない」
ニックは水を一口飲む。氷がロウソクの光を吸収して、ニックの顔が歪む。
「わ、私は取り柄がないんです。人見知りだし、うじうじしてて何時も誰かの後ろに隠れるような人間なんです」
サントリアの拳に力が入る。
「だから、私もちょっとでいいから誰かのために世界のためになることをしたかったんです……。こんな私でも生きてていいと思いたくて」
「僕はそういうことはよく分からないが、君はきっと大きなことを成し遂げているよ」
「大きなこと……?」
「そうさ。まあ、それが分かるのはもう少し先じゃないかい?」
「そ、そうですか」
サントリアはニックの話がよく分からなかった。まるで、誰かの別の人の話をしているかのようなで掴みどころがなかった。ニックはそれ以上は何も言わずにコップに入った氷をずっと見つめていた。
「待たせたな、二人とも」
ジャムが厨房から美味しいしそうな匂いを漂わせたハンバーグとトマトスパゲティを持ってくる。二人は鼻腔を擽る香ばしい匂いに涎を垂らしそうになる。
「ん〜、この匂い。やっぱり最高だね」
ニックはナイフとフォークをハンバーグに入れる。ジュワッと溢れ出す肉汁がいっそう食欲をそそる。堪らずにニックは冷めきらないハンバーグを口に頬張る。熱さと共に流れ込んでくる肉の旨味に溺れる。頬に詰まった牛肉の甘みが体を巡り、全身を幸福にする。堪らず涙がほろりと流れる。
「美味しい……!」
それはサントリアも同じでトマトスパゲティを口に大きく頬張り、口の周りは赤く染っていた。
「あぁ、美味しかったよ。ジャム爺」
「……そりゃよかった。じゃあ、これからも仕事だろう? 頑張れよ」
「サントリア、お会計するから先に外で待っててくれないかい?」
「あ、はい。わかりました」
ニックはそう言うとサントリアを先にお店の外に出す。
「ジャム爺、いつもの宜しくね」
「もう、確信したいのかい。相変わらず優秀だな」
「人手が少ないんだ。早く解決しないと次に行けないから」
ニックはジャムと少し会話をする。ジャムがカウンターの棚から出したもの懐にしまい、外で待っているサントリアの元へ行く。
「やっ、お待たせ。じゃっ、行こうか」
「は、はい」
サントリアとニックはまた歩く。薄暗い雰囲気が漂う裏路地を。そして、大通りには出ずに一方通行の行き止まりの場所へと着く。
「あ、あのここは?」
サントリアは大通りに出なかったことに困惑の色を隠せなかった。ニックはサントリアに向き合うように振り返る。
「まあまあ、そういうお芝居はもういいんじゃないかい?」
「な、何を言って?」
ニックはサントリアに鋭い視線を向ける。先程までのおチャラけたニックの影はどこにも無かった。
「サントリア、君なんだろう? クルストリア地区で事件を起こしたのは」
「え、え、なんのことですか?」
サントリアはニックから放たれた言葉に狼狽える。ニックの視線はサントリアの泳ぐ目を捉えていた。
「まあ、一から説明しようか」
「ま、待ってください。私は事件なんか」
「いいや、君だよ。だって、サントリア。君は子猫ちゃんと言われて怒らなかっただろう?」
「そ、それがどうしたんですか」
「……ロールサシベルではね、子猫ちゃんっていうのは女性を侮辱しているという意味で捉えられるスラングなんだよ。だから、僕は町ゆく女性に子猫ちゃんと言っていたんだ。だって、クルトリア地区から逃げてきた犯人ならそのスラングの意味を知らないはずだからね」
ニックは懐にしまっていたナイフをそっと取り出す。そしてそれをサントリアに向ける。
「それに君ハンバーグを食べなかっただろう? あれはアルティオの教えに背くから食べれなかったのだろう? そして君は太ももを庇うように歩いていた、それは女性を襲った時に付けられた傷。だから、庇って歩いていたんだろう?」
「……わ、分からない。なんのことですか?」
サントリアはニックの糾弾に動揺を隠せない。だが、ニックはその動揺すらも芝居だと勘づいていた。
「サントリア、もう認めたらどうだい。君なんだろう?」
「はぁ、だとしたらどうするんだよ。俺を殺すのか?」
諦めたサントリアの声色が低くなる。太ももに手をかけ、隠していたダガーナイフを引き抜く。微かに拭いきれてない血を見て、ニックはそれが犯行現場から盗まれたダガーナイフだと察する。
「殺しはしないさ。感情の在処を吐いてもらわないと困るからね。それとそのナイフも証拠品としてもらわないといけないから」
「ヘラヘラと推理を語るんじゃなくて早めに俺を殺すべきだったな!」
サントリアはダガーナイフを左に持ち、地面を踏み抜いてニックに襲い掛かる。下から上に切り裂かれるダガーナイフをバク転でニックは避ける。
「なんでいつも手荒な方法になるかなあ……」
ニックはため息を一つ吐き、髪の毛をかきあげる。ニックもナイフを右手に持ち、臨戦態勢に入る。
サントリアが再びスタートを切る。横凪で迫るダガーナイフを受け止め、そのまま受け流し、ニックは鳩尾に蹴りを入れる。みぞおちを打ち抜かれたサントリアは痛みに耐えながらもダガーナイフを強引に振り、ニックの足をはする。
二人は距離を取り、牽制し合う。
「おいおい、僕の大切な衣装に傷をつけないでもらえるかい? 女性にモテなくなったらどうしてくれるんだい」
「へっ、ずっとモテてなかっただろ!」
二人は同時にスタートを切る。そこからは激しい斬り合いになる。だが、技量はニックの方が格段に上だった。サントリアは徐々に血飛沫をあげる。ニックの表情は飄々としているが、サントリアは捌くのに必死だった。サントリアの白髪が紅に染まり始める。
「なあ、もうやめにしないか!」
ニックは無意味な殺生は嫌いだった。サントリアに停戦を申し込むがもちろん聞き入れてもらえるわけがなかった。路地裏に響く鉄の音が嫌ってほどに耳に響く。
サントリアが懐に手を入れる動作を見せ、ニックは咄嗟に危機を察し距離を取ろうとするが、それはブラフであった。サントリアは距離を取ろうとするニックの足を踏み抜きその場に固定し、隠していたダガーナイフをニックの腹に突き刺す。ニックは深く刺される前にサントリアを蹴り、距離を取る。
「ハハッ……やるねえ。僕が刺されるなんて」
ニックは腹を抑え滴る血を止める。血の嫌な匂いが鼻をイタズラに刺激する。傷の度合いは動けないほどでは無いことをニックは確認する。
サントリアは一言も発することなく追撃の手を緩めない。ニックの血を帯びた凶刃がニックを襲う。ニックは腹の傷が突っ張り先程までの優勢じゃなくなっていた。ニックは路地裏に視線を巡らせる。そして、打開策を思い付く。
ニックはナイフに力を込め、徐々にサントリアを路地裏の角に押しやる。後ろへの逃げ場が無くなったサントリアは袋の鼠となる。
「これであの時と同じ状況だね」
ニックはニヤリと笑うとナイフを捨て、サントリアめがけ渾身のストレートを打ち込む。サントリアはダガーナイフでガードするがニックはお構い無しにサントリアの顔を打ち抜き、壁と拳に挟まれ力なく倒れる。
「……はぁ、疲れた。手荒な方法は疲れるから嫌なんだよなあ」
ニックは地面に座り込んで息を整える。滴る血を見ながら溜息を一つ宙へと踊らせる。
「お疲れ様、ニック。酷い怪我だね」
息を整えているニックの元にシルビアがやってくる。後ろには警察が付いてきていた。
「あぁ、シルビアか。かなり痛いね、早く病院に行きたいさ。それよりシルビア、君は最初から彼が犯人だと分かっていて僕に押付けたのだろ」
「お見通しってわけかい。 その通りさ、でも確信がなかったから君に押付けたんだよ」
「そうかい。でも彼はなんで僕たちの組織に来たんだろうね」
「木を隠すなら森の中って言葉があるだろ。狙われている場所に入り、仲間になればバレないと思ったんじゃないか」
「僕たちをあまり舐めないでもらいたいね」
「仕方ないさ、私たちは政府非公認の組織だから」
サントリアは警察に引き渡された。ニックは警察に断りを入れ、サントリアと話す時間を貰う。
「なあ、サントリア。 最後になぜこんな事件を起こしたのか聞いてもいいかい?」
「……アイツは俺の婆ちゃんを馬鹿にしたんだよ。アルティオ様は居ない、そんなものをずっと信じているなんて馬鹿みたいじゃないかって。俺はそれがどうしても許せなくてよ、婆ちゃんは俺のために一生懸命頑張ってくれたんだよ」
サントリアの目尻に涙が溜まる。
「なるほど。君のお祖母様を想う気持ちは素敵だ。だが、やり方を間違えたらいけないさ。出てきたら僕と一緒にお茶でもどうだい?子猫ちゃん」
「へっ、馬鹿言え。それに俺の本当の名前は……」
こうして、感情は無事奪還された。後日サントリアが隠し場所を吐き、取られた女性はリハビリ後無事に社会復帰を果たした。サントリアは大罪を犯したが、心から反省しているということが認められ懲役三十年となった。次、彼が出てくる時、世界の情勢はガラリと変わっていることであろう。
「医療の発達は喜ばしいが、悪用されるのも世界の常なんだろうな……」
この世界は医療が発達し、人々の感情を抜き取れるようになった世界。だが、それを悪用する者も生まれるのも世界の常。
「だけどさ、それを止めるのが僕達だろう? やりがいがある仕事じゃないか。安月給だけど」
「安月給で悪かったね。でも、確かにニックの言う通りだ。だから、私たち奪還屋がいる」
「そうだね。さっ、カッコつけてないで早く病院へ行かないと僕が死んでしまう。発達した医療に助けてもらわないと」
ニック・バンロイスは夕暮れの町に溶け込み、その姿を消した。そして、人々は彼らのことを奪還屋と呼んだ。
ではまた。