・第八話
翌日。
エイブ国の首都は、これまでには無い賑やかな歓声に包まれていた。
あちこちの建物から風船や紙吹雪が飛び、人々が大通りに、出られない人間は窓から顔を出して手を振っている相手は、一人の少女だ。優しげな顔立ちが印象的な少女、ぱりっとしたスーツ姿で、数人のバイクに乗った一団に周囲を囲まれ、緊張した面持ちで歩いている。
だが彼女こそが、この長い戦争を終わらせてくれるかも知れない重大な人物なのだ。
やがて少女と護衛の一団は、首都の外に通じる大きな門の前に立つ。
そこにいたのは白髪の老人。エイブ国の外交大臣、アルソンだ。
少女が歩みを止めると同時に、響いていた歓声も、鳴り響いていた賑やかな音楽もゆっくりと小さくなっていき、やがては完全に聞こえなくなる。
そして辺りがしん、と静まりかえった頃、ようやくアルソンが口を開く。
「エイブ国、外交大臣として、外交官ルシアに命じる」
重々しい口調。
威圧感のある鋭い眼差し。
ルシアはゆっくりと顔を上げる。もともと同年代の女性の誰と比べても一番背の低い自分から見ても、やはり大柄な体型だ。もう老人と言って良い年齢だけれど、鋭い眼光やその体躯は、噂にあるような『昼行灯』という雰囲気は感じられない。
「『レオネ国』との和睦の使者として向かい、必ずや和平を成功させよ」
「はい」
ルシアが頷くと、アルソンはぽん、とルシアの頭に手を乗せた。
「お前には辛い任務となるだろう。だが両国の為、必ずややり遂げて貰いたい」
その言葉にルシアは目を閉じる。
そのままゆっくりと目を開け、力強く頷く。
「はい」
それを見てアルソンは頷く。
そのままゆっくりと集まる観衆達の方を振り返り、アルソンははっきりとした口調で告げる。
「皆、聞いてくれ」
朗々たる声が、静かな大通りへと響く。
「我が部下ルシアが、危険な外交の任務を受けてくれた!!」
その声に観衆達がざわめく声が響く。
「この任務は、恐ろしく危険なものとなるだろう。まだ少女と言っても良い彼女に、このような辛い任務を背負わせる事は、私とて非常に心苦しい、しかし……」
アルソンは観衆を見回す。
「我々は、やらねばならない。もう理由も忘れた長い戦争を、完全に終わらせる為に」
その言葉に、観衆達がまたざわめいたが、アルソンは軽く両手を上げてその言葉を制する。
「それ故に今回、私は彼女を派遣する事と決めた、我が部下の中で最も優秀な彼女をだ」
アルソンは告げる。
「どうか皆、彼女の無事と、両国の和平実現を願ってほしい」
その言葉に。
観衆達が歓声をあげた。
アルソンはそれを聞きながら振り返り、入り口の門を守る二人の兵士に目で合図を送る。
それを見て、二人の兵士は頷き合い、門の横にある操作盤を操作する。
ごうん、ごうん、と重い音が響き……門がゆっくりと開いて行く。その向こうには、大きな装甲車が停まっている。その前に立つのは三人の男達。
「さあ」
アルソンが、ルシアだけに聞こえる小声で告げる。
「行ってくれ」
その言葉に、ルシアは一瞬だけアルソンを振り返った後、力強く頷く。
そして……
前へと、足を踏み出す。
大歓声の響く中、ルシアが完全に街から出た後、再び重い音と共に門が閉じられる。
まだ歓声は聞こえていたが、門が閉じた事もあり、既にその歓声は小さくなっていた。
「よくもまあ」
それを聞きながら、装甲車の横に立つ三人の青年の一人が言う。三人の中では一番小柄で、目の下には酷いクマがある青年だった。
「あれだけ仰々しい演出が出来るものだなあ」
皮肉めいた口調で言いながら、青年はゆっくりと装甲車の運転席へと廻る。
がちゃり、とドアを開け、滑るようにして中に乗り込む。
「あの場にいなくて良かったよ、あんな騒々しい場所にいたら頭が痛くなっちまう」
クマのある青年は心底嫌そうに言い、運転席でコンソールを操作した。
白くて細い指が、コンソールの上をなめらかに移動する中、ぷしゅうう、と音がして後部の扉がスライドしてゆっくりと開く。
「さあ、乗りなよお嬢ちゃん」
クマのある青年が言う。
「……ルシアです」
ルシアは、クマのある青年に、少しだけ不快そうに言う。確かに自分は年下だけれど、子供のように扱われるのは気に入らない。
「それは失礼したね、じゃあルシアちゃん、どうぞお車にお乗り下さい」
クマのある青年は揶揄うように言う。
ルシアはまたむっとした顔になったけれど、これ以上言っても無駄だと判断し、ゆっくりと車内に乗り込んだ。その後に、ずっと黙っていた二人の青年が続く。
三人が乗り込んだのを確認してから、クマのある青年がコンソールを操作する。
どるんっ!! とエンジン音が響き、車体が心地よい揺れに包まれる。
「じゃ、出発するぜ」
その言葉に。車がゆっくりと動き出す。ルシアは車内に佇んだままでぎゅっ、と拳を握りしめた。




