・第三話
『エイブ国』。
『レオネ国』。
この大陸に、古くから存在する二つの国。どちらも高い軍事力と、他国との太いパイプを持ち、東方、北方、南方、様々な国との交流が盛んな国。
だが……
大陸の外の国々との関係が深い代わりに、同じ大陸にある隣国とは、この二国は非常に険悪な関係だった。
一体、いつから二国間の戦争は始まったのか。
一体、何が原因で二国間の戦争は始まったのか。
もはやそれを覚えているのは、両国の首脳部にもいないだろう。百年前、或いは二百年前、はたまたもっと大昔、という説もあるが、いずれもはっきりとした記録は残されていない。
とにかく、そんなにも大昔から、この国は戦争を続けて来た、そして長い年月の間に、様々な武器、技術、兵法が確立されていった。同盟関係にある様々な国から、この大陸には存在していない武器や兵器、或いはそれらを開発する技術なども、次々に取り入れられていった。
さらにはそれらに目を付け、他の大陸から渡って来ては武器を、両国に売りつける、所謂『死の商人』と呼ばれる悪質な『ビジネス』が横行し始めていた。
そして……
他の大陸で、職を失ってしまった者達。
或いは、両国の戦争で故郷を無くしたり、家族を亡くしたり、部隊とはぐれたりした者達。
そうした者達が、『傭兵』として両国の戦に介入する。
そうした者達も、また両国内で、或いは国外で生まれていた。
そんな『傭兵』達は、最初のうちでこそ、両方の国に味方していた、戦況を自分達で見定め、有利な方につく『傭兵』もいれば、金払いの良い方に味方する『傭兵』もいる。
だが……
長い年月の間に、そうした『傭兵』達の行動は、二国間でもたびたび問題視される様になっていた、金や戦況で、すぐに裏切る『傭兵』達は信用出来ない、そんな奴らに『任務』を与えて寝返られたりすれば、結局自分達の国々が危険な目に遭うのだ。それならば正規の軍だけで戦う方が確実だし、金だってずっと安上がりで済む。
そうして、『傭兵』を雇わない、という方針を、二つの国が取り始める様になれば、困ってしまったのは『傭兵』達の方だ。『仕事』が貰えなければ何の為に『傭兵』をやっているのか解らない。
結局、『傭兵』達は、多少危険で、尚且つ期間が長くとも、両国の主張をよく聞き、従おう、と思った方につく、という形で落ち着いた、そうしてきちんとどちらかの国の下について戦っていれば、いずれは正規軍に取り立てて貰えるし、そうなれば危険な『任務』をこなす必要も無いし、『仕事』を探してあちこちうろつかなくても良くなるし、何よりも出世して将校にでもなれれば、『傭兵』であった頃よりもずっと良い金になるのだ。
そうして、『傭兵』達はいつの間にか、士官を夢見てそれぞれの国の下に付くようになっていた。
だからこそ。
未だに、金払いの良い方に味方する、などというスタンスをとっている『傭兵』、或いは『傭兵団』は、ここ最近では二つの国からはもちろん、同じ『傭兵』からも非常に嫌悪される存在になっていた。
例え今は、そんな『傭兵』は非常に少ないとは言っても……
否。
少ないからこそ、そうした者達は名指しで非難される。
そんな、古いスタンスを崩さない『傭兵団』の中で、もっとも名のあるのが……
ディナルは、ゆっくりと……
ゆっくりと、目を開ける。意識がぼんやりとしていたけれど、ベッドの上に身体を起こし、軽く首を横に振って、無理に意識を覚醒させる。『仕事』を終えたばかりとはいえ、仮にも戦場に身を置く者が、朝目を覚ました時に意識がぼんやりしているなど、決してあってはならない事だ。
ディナルはゆっくりとベッドから下りる。
殺風景な、木造の部屋が視界に飛び込んで来る。かつては何処かの金持ちの別荘だったとかで、近くには同じ様なコテージ風の木造の建物が沢山ある、だが戦火が近づいて来た事で、かつての持ち主はこの別荘を捨てて逃げ出し、今では建物だけが残っている、そこをディナルと、『傭兵団』の仲間達で貰い受けた、というよりは勝手に住処にしているだけだ。
ベッドの他には、丸い木製のテーブルしか無い部屋の中を、ディナルはゆっくりと歩き、テーブルの上に置かれた拳銃をポケットにねじ込む。
そのまま床の上に脱ぎ散らかした軍服を身に纏う、その軍服はもうすっかり薄汚れてしまっていたし、勲章が飾られていたはずの胸元には、乱暴に引き千切った形跡しか無い。
それでも、この軍服は、『傭兵』とナル以前からディナルが身につけている物だ、別に愛着がある訳でも無いが、他の服なんか持っていないから、とりあえず着ている。
そして。
ディナルのもう一つの武器。
それは……
ベッドの脇に立てかけられている刀だ。
ディナルはそれを、ゆっくりと手にとり、腰に吊す。かつてとある戦場で戦った、東の国から流れて来たと思われる『傭兵』が持っていた武器だ、この大陸にも軍刀は存在していたけれど、それよりもずっと切れ味の鋭いこの武器が気に入って、ディナルが貰い受けた。
そうして服と武器を身につけたディナルは、耳にいつもの通信機を取り付けた。
途端。
『よう』
通信機から声がする。
『お目覚めかい? ボス?』
聞こえて来たのは『騒霊』の声。
「……何の用だ?」
ディナルは面倒そうに問いかける。
『仕事の依頼が来たぜ、亡霊』
通信機の向こうから、『騒霊』が言う。
ディナルは軽く息を吐く。
「……すぐ行く」
『亡霊』(ファントム)。
ディナルのコードネームであり、この『傭兵団』の名前でもある。
この大陸で、その名前を知らない『傭兵』はいないだろう、二つの国の間でも、自分達は有名だ。
未だに、古いスタンスで、金次第でどちらにも味方する、意地汚い、誇りの無いならず者の『傭兵団』。
『亡霊』(ファントム)という名前は、そんな彼らを揶揄して、誰かが呼ぶ様になったのを、ディナルが気に入った、というのが、名の由来の一つだ、『金の亡者』という事から来ているらしい。
だが。
無論、そればかりが理由では無い。
『亡霊』(ファントム)の実態は、あの『騒霊』が上手く隠しているため、未だにここが拠点である事も、メンバーが三人しかいない、という事も、誰にも全く知られていない、それらのことから、まるで幽霊の様に実態が掴めない、という事からも、そう呼ばれている。
そして。
『亡霊』(ファントム)と戦場で相対した者達は数多くいる。
だけど……
彼らと戦った者達の中で、生き残った者は存在しない。『亡霊』に取り殺されたかの様に、全員が殺されてしまう。
それもまた、名の由来の一つであった。