第一話
ピピ、と。甲高い電子音がディナルの耳に届いた。
耳に取り付けた小型の通信機からだ、ディナルは通信機に手を当てた。
『『ターゲット』確認、そろそろそっちに行くはずだぜディナル』
通信機から聞こえて来たのは、年端もいかない少年の声。ディナルはその声を聞き、思わず顔をしかめていた。
「作戦中だ、きちんと『コードネーム』で呼べ」
その言葉に、通信機の向こうで微かに笑う声。
『そんな事せずとも、どーせこの通信を傍受出来る奴なんかいないぜー、何せこの通信機は俺様特製の……』
長々と喋りそうになる少年に向けて、ディナルは鋭い声で言う。
「……報告が終わったなら切るぞ? 『騒霊』(ポルターガイスト)?」
ディナルは通信機の向こうにいる相手に向けて言う。
『騒霊』、とは彼のコードネームだ、普段から常に騒々しい事から、ディナルが名付けたコードネームだったが、当人も随分と気に入っているらしい。
『へいへい、ったく、真面目だなあんたは』
通信機の向こうから『騒霊』が、軽く笑って言う声が聞こえた。
『どうせ、ディナル、ってその名前も、本当の名前でも無いんだから、問題無いじゃん』
ふふふ、と。
通信機の向こうで『騒霊』が笑う。
ディナルは、何も言わない。それは確かに事実だった。だが。
「今は『作戦』の最中だ」
もう一度。
鋭い口調でぴしゃり、と告げる。
『解りましたよ、ディ——』
そう言いかけて、通信機の向こうの相手、『騒霊』は、一瞬沈黙する。
『『亡霊』(ファントム)』
そうだ。
『亡霊』。
それが今のディナルの『名前』であり、そして……
自分の、全てである。
ディナルは、通信を切り、ゆっくりと視線を下に向ける。
ひゅうう、と。
風が一瞬吹き付ける。
目の前に広がるのは、広い草原地帯と、その草原地帯を横切る街道。
ディナルが身を潜めているのは、その街道から少し離れた場所にある小高い丘の上だ、周囲には樹が生い茂っており、近づかなければディナルの姿は見えないだろう。ディナルはその丘の上から、じっと……
じっと、街道を見下ろす。
ややあって……
けたたましいエンジン音と共に、街道の東側から一台の軍用の四輪駆動車が走って来る。
ディナルは、迷彩服のポケットから双眼鏡を取り出して目に当てる。
エンジン音を響かせて走っているのは、大きな軍用のトラックだ、荷台の部分の側面には、大きく口を開け、こちらに向かって吠えている様な虎が描かれている、虎は自分達の雇い主とは敵対する国を象徴する動物であり、あれがターゲットなのは間違い無い。だけど……
その後ろ。
そこにも、一台の、こちらは小さめの装甲車が、ゆっくりと走っていた。
「……二台、とは聞いていないが……」
ディナルは呟く。
その呟きを聞いたみたいに、ピピ、と微かな電子音がまた響いた。
『正解は、前の大型トラックだ』
『騒霊』の声だ。
「……何故そう言い切れる?」
『確認したよ、俺の……』
くく、と。
『騒霊』は笑う。
『『相棒』達に頼んでね』
ディナルは頷く。そういう事か、いかにも護衛が乗っていそうな装甲車に敢えて物資を積み込み、トラックと装甲車を引き離させる、そしてこちらがトラックの方に取り付けば、その中に隠れていた護衛達が一斉に姿を現して、という訳だ。
「『死霊』(レイス)はどうした?」
ディナルは問いかける。
『問題無い』
『騒霊』が答えるよりも早く。
静かな口調で言ったのは、別な男の声。
『トラックにいる護衛達は、すぐに黙らせる』
「……了解」
ディナルは頷く。
「ならば俺が、装甲車を攻める、『騒霊』」
『はいはい』
楽しげな『騒霊』の声。
「お前も『相棒』達と一緒に手を貸せ」
『了解でーす』
楽しそうに笑って言う『騒霊』。
ディナルはそれに何も言わないで、ゆっくりと……
ゆっくりと、立ち上がる。
そして。
ディナルは、腰に差した刀を抜き放ち。
一気に、丘を駆け下りた。