さらば王都よ、旅立つ第一王子は……魔王復活が迫る中、私との婚約を破棄し隣国の美人のもとへ逃げるクズです
「僕は、フランとの婚約を破棄する」
栗毛が揺れる第一王子が、すまなそうに、私へ言いました。
私と第一王子の間を、遮るように、風が吹きます。
王宮の中庭、聖剣が台座に刺さる記念碑の前です。
(なぜ、旅立ちの挨拶をしたタイミングで……)
第一王子は、貴族たちに旅立ちの挨拶を終えた直後、私との婚約破棄を宣言しました。
私や集まった人々は、全て軍服姿です。
王宮の頭上には、瘴気が広がり、空は朝から晴れているはずなのに、曇り空のように薄暗いです。
私の銀髪も、風に揺れます。
「このままだと、午後には魔王が復活するだろう」
第一王子が空を見上げます。
「なぜ、婚約を破棄なさるのですか」
「政略結婚ではありますが、私に何か問題でも?」
私は、第一王子を見つめます。
「隣国の聖女ならば、この瘴気を浄化できる」
第一王子は、空を見つめたままです。
「僕はこれから、隣国の王女を連れ帰るため、早馬に乗って行ってくる」
「道中は危険が多い」
「僕に何かあった時、貴女を悲しませたくはない」
やっと、私を見てくれました。
貴方が何かするつもりだと、心の内が言葉に漏れ出ています。
そして、貴方に何かあったら、私が悲しむと思っているのですね。……そんなわけないのに。
私は、悲しむフリをして、呆れます。
「この聖剣を抜くことが出来れば、魔王の復活を止められるが、僕を含め、誰も抜くことが出来なかった」
第一王子は、聖剣に手をかけますが、ビクともしません。
聖剣は、魔王を倒した聖戦士が所持していた剣と言われています。
石の台座に、刀身が半分くらい刺さっており、王都の歴史上で抜いたものは、いないとされています。
皆が聖剣に視線を移しますが、聖剣は何も語りません。
なぜ、刺さっている刀身が半分くらいだと、私だけが知っているのか、それは秘密です。
可愛い令嬢が聖剣を抜いたとなれば、色々と面倒なことが起き、困るからです。
私は、目を伏せます。
「僕は、必ず、隣国の聖女を連れて帰る」
第一王子は、力いっぱい宣言しました。
しかし、聞いている貴族たちは、しらけています。
彼の宣言は、魔王の復活を阻止するとか、王都を守ることではなく、聖女を連れて帰ることが目的だと、貴族たちは気が付いたようです。
第一王子は、中庭を去ろうと、背を向けました。
急いで、この国から逃げるつもりです。
私は、悲しみよりも、怒りが湧いてきました。
『力が貯まってくるぞ……もう少しだ……』頭上から、魔王らしき声が響き落ちてきました。
早馬でも隣国との往復に6日は必要です。魔王の復活に間に合うはずがありません。
私は、逃げるつもりの第一王子を睨みます。
風が少し強くなってきました。
「隣国の聖女様のお顔は分かりますか、偽者と区別はつきますか?」
私は、心配そうな表情を作って、彼を引き留めます。
「もちろんだ、隣国との交流会で、しっかり覚えた」
「夢でデートを重ねているから、間違えることはない」
振り返った第一王子が、自信満々に答えました。
彼の頭は、お花畑のようです。
先週、隣国の交流会で、第一王子は、隣国の聖女と踊っていました。
(隣国の聖女は、絶世の美人でした……)
ダンスを、婚約者である私よりも数多く、隣国の聖女に強要しました。これは、彼が一目ぼれしたぞと、会場でささやかれました。
『復活する時は満ちた……』さっきから、頭上がうるさいです。
「兄上、早馬の用意が出来ました」
第二王子が報告に来ました。
黒髪のイケメンで、政治手腕に長けていると貴族間で噂のクロガネ様です。
「護衛たちは王都に残って戦うと言っており、兄上一人の旅になりますが、大丈夫ですか?」
クロガネ様が心配そうな顔で尋ねます。
「大丈夫だ、僕がやらねば、誰がやる! 隣国の聖女は、僕がもらう」
第一王子の鼻息は荒いです。まるで馬のようです。
「やはり、ダメか、抜けない」
第二王子が、聖剣を抜こうと試みています。
「クロガネ様でも抜けませんか。なぜでしょう?」
私は、抜けないほうが不思議です。
「では、僕は、隣国の王女に会いに行くから」
第一王子が、嬉々として中庭から去っていきます。
残る私たちは、彼を、怒りの瞳で睨みつけます。
誰も第一王子を止めません。
『絶望を味わえ……聖戦士の血筋よ……』も〜、頭上の声がうるさいって。
「フラン、貴女なら、この聖剣を抜けるんじゃないのか?」
黒髪と同じ色の瞳が、まっすぐに私の緑色の瞳を見つめます。
「クロガネ様、そ、そんなわけないでしょ。なぜ、そ、そんなことを言うのですか」
彼の言葉にびっくりして、私は少し慌てました。
「フランが悲しむ時と、王都を守る聖なる力が弱まる時が、妙に一致している」
彼は、幼い頃と同じように、私を見つめます。
「クロガネ様は、幼い頃から、私が悲しんでいると、元気付けてくれましたね」
「嬉しかったです。でも、それは、王都を心配しての言葉だったのですか?」
私の初恋は、幻だったようで、少し悲しい気持ちになりました。
「そんなことはない、俺の、初恋の相手を護りたい気持ちに、今も変わりはない」
クロガネ様が、私を見つめたまま、近づいてきます。
こ、これは、キスへつながる予感がします。
「王族として、国民を護る気持ちはある」
「しかし、フランを護る気持ちは、俺個人の気持ちだ」
「王都に残る貴族たち、護衛兵たちは、愛する人を護るため、歯を食いしばって、ここに立っているんだ」
周囲の貴族たち、護衛兵たちが頷いています。
『復活だ……全てを滅ぼしてやろう……』この声、うるさいって。
「うるさいって、このクソ魔王!」
私は、王宮の上に広がる瘴気に浮かんだ、魔王の顔に向かって、怒鳴りました。
「どうした、フラン、何がうるさいんだ?」
クロガネ様は、私の怒鳴り声に驚いています。
私は、聖剣を抜いて、頭上に掲げます。
「バリバリバリ!」
イナズマが、瘴気に浮かんだ魔王の顔に向かって、駆け上がります。
クロガネ様だけでなく、貴族たちも、驚愕します。
魔王の顔が砕け散り、瘴気が消え去り、青空が戻りました。
私と第二王子を、歓喜した貴族たちが祝福します。
私たちは、魔王を倒した英雄となったようです。
◇
王都を出てすぐの街道脇です。
身ぐるみはがされた遺体が、見つかりました。
第一王子は行方不明です。
国を捨てた王族を、神は許しません。
◇
青空の下、王宮の中庭に、着飾った人々が集まり、歓談しています。
聖剣は、台座に刺さったままです。
私たちの結婚式に、隣国の聖女からも、参列して頂きました。もちろん、夫である隣国の王子と、息子も一緒です。
隣国の聖女は、夫と息子がいても、絶世の美人です。
「フランの方がきれいだよ」
新郎のクロガネ様が、私の気持ちに気が付き、元気付けてくれます。
「「幸福なときも困難なときも、いついかなる時もお互いを愛することを誓います」」
王太子となったクロガネ様と私は、聖剣の前で、永遠の愛を誓いました。
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