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ハンドメイド・ブライド

  さて、(くだん)の《プルーク》という生き物。

 私が転生させられた世界では、神の使いとされる生き物(?)らしい。魔法師の爺さんから聞いた話だと、その体長や体色はまちまち。小指サイズから、小山のような大きさのものまで。あまり巨大なものは、長いこと目撃されていないらしいけど、この世界でプルーク自体は、それほど珍しいものではないとか。普段は森に棲んでいるそうな。知能もかなり高く、昔は人里に入り込み、仲良くなった人間の家で暮らすこともあったとか。けれど、二百年ほど前にあったという、大国同士の大きな戦のあと、何故か人族に関わることを避けるようになったとか。

 この世界では、コロボックルとか、妖精さんの類いと考えていいのかな? 

 

  ただ、そんな彼らの中に、特別な存在がいた。この世界(プルーシアス)の創造主のひとり、月の女神プルーシスの祝福を受けた、《魔法師(マギカ)のプルーク》だ。女神から使命を与えられた彼らは魔法の知識に()け、人語を解し、資質を持った人間を見つけては育て、優れた魔法師を世に送り出す……らしい。彼らに見出され、導かれた魔法師たちは、世界の調和を望むプルーシスと、力なき人々のために、その力を持って貢献するという。もちろん、そういう者たちの中には、歴史書に名を残すような魔法師もいた。

 

 今の私が宿る身体は、遠い昔に役割を終え、永遠の眠りに着いたお役目プルークが、長い年月の中で化石になっていたものらしい。

 魔法師のアルバ(長いんだもの。名前)はそれを、自分の畑から掘り出したと言うお百姓さんから買い取ったそうだ。プルークはすごく長生きだし、見た目より頑丈で滅多に死なない生き物だけど、切られ刺され焼かれ凍らされ潰され埋められ締められたとしても。なんて頑丈な生き物なのか。 でも、寿命だけはある(これも無茶苦茶長いらしいんだけど)から、自然の摂理によりいずれ死ぬ。ただ、その身体のほとんどが塵と水に還るとかで、化石として残るなんて、本当に珍しいことだそう。それをとても気に入った彼は、宝石職人に頼んでブローチへ加工させ、以来、あの黒いローブの前を留める、金具の代わりにしていた。そのお役目プルークは、長い月日にすっかり(こご)り、半透明で、身体は乳色の琥珀のように変化し、開いたままの瞳は、青水晶のように光っていて、とても綺麗だったんだって。

 アルバに化石を買い取って貰ったお百姓さんは、古くなった自分の家を屋敷に建て直し、持っていたサトウキビ畑を大きく広げたんだってさ。それでもお釣りが出るくらいだったから、どんなにそれが貴重なものだったか知れるというもの。

 それから分かるように、魔法師というのは妙なものを集めたがるものらしい。資料室には、もう世界に存在しないという魔獣のミイラや、縦長の硝子容器に度数の高い酒を満たし、その中に漬けた魔妖精、竜の胎児とかもあった。どれも見たことのなく、かつグロテスクなものばかり。実はこれ、標本という役割の他、時には魔法薬の材料になるらしい。どんな効能で、どんな時に使うのか、まったく考えたくもない。

「思えば、お主のような根性曲がりの魂が、我輩の《アンナフィカ》に宿らなくて幸いであったわ!」 

 私を閉じ込めたフラスコを鷲掴みにして、爺さんは縦横乱暴に揺さぶってくる。そのせいで私は、硝子のあちこちにぶつかりながら転がった。「ちょ、ちょっと」やめて。目が回る。揺れに酔っ払う。

 それにしても、名前付いてたのか、あの人造人間。

 

 それは、術式実験室でしつらえられた硝子の水槽に眠る、魂無き器。柔らかそうな白い肌、豊かな胸。ふっくらとした形の良い桜色の唇。儚げで可憐な顔立ち、全身を覆い隠せるほどの豊かな、緩やかに巻く金の髪……まるで黄金と象牙でこしらえたような乙女。アルバ爺さんの、若き頃に(いだ)いていた伴侶ヘの理想をこれでもか、これでもかと詰め込んだ、絶世の美少女型人造人間(ホムンクルス)ことである。

 

 魔法の研究、そして著書の執筆に明け暮れていた魔法師アルバは、長いこと独身主義者だった。

 代々魔法師の家系で、生まれながらに優れた資質があり、幼い頃から魔法師となるべく英才教育を受け、長じて王宮に召し抱えられるような、高位魔法師となった……ここまでは立派なんだけど、実は、今までひたすら勉学と修行と魔法研究を一心不乱に励んでたせいで、生涯に渡り色恋沙汰には無縁に終わったってこと!!

 

 若い頃は大した美男子だったせいで、若き王宮魔法師に言いよる女は星の数だったようだ。ところが、当時は魔法師となったあとも仕事一辺倒で異性に目もくれず、独りはいい加減寂しいと気が付いたらこの歳に……だってことらしい。

 か、悲しい……。

 それにしても気付くの遅いよ!!

私だって、元旦那とつきあうまで仕事一筋の喪女だったけど、結婚はいつか絶対するって思ってたよ?!

だから、婚活しだしたときにもちゃんと結婚相談所に登録したり、身だしなみに気をつけてたりと努力はしたよ。運命の出会いなんて、物語の中だけ。口を開けているだけでは欲しいものは落ちてこないんだから。

現実って厳しいものよ?

 なのに、今さら焦ったところで、あんた百五十歳じゃん?!

 ジジイもいいとこだよ!!

 てか、普通はとうに墓の中にいてもおかしくない年齢だよ!! 

 いい歳して、お手製とはいえ、こんな若い娘を嫁にしようとかないわ〜。ない。努力が遅すぎる上に、斜め上なのよねぇ。

 にしても、あのホムンクルスの、ロリ顔ナイスバディ……男の業ってやつかしら。奴の闇も深そうだわ……。

 

 秘密主義が災いして、どんなに()われても弟子も取らず、仕事にかまけて妻子もいない人生。人生も終わりに差し掛かり、ようやく焦った爺さん、弟子と妻子をこさえるには時間が無さすぎる。

「いないなら《妻》兼《弟子》を造ってしまえ」

 となる天才高齢超童貞は凄いなぁ。こわ。

 

「ああ……一世一代、我輩の知識と魔力のすべてをかけて造りあげた、完璧な女体(にょたい)……」

 私のフラスコを力なく机に下ろし、百五十の老怪は肩を落とした。

女体(にょたい)っていうな」

 男性誌でしか見たことない言葉に、思わず突っ込んでしまった。

「だが、この我輩の叡智と魔法技術をもってしても、ただひとつ、魂だけは造れなんだ。(聞いちゃいない!!)いいや、時間さえあれば、いつかやり遂げる自信はある。だが、老い先短いこの身では叶わぬこと……。死者の魂を扱うことも考えたが、それはやはり、卑しい死霊使いの所業に過ぎん。生者から魂を抜く外道、吾輩にはとてもできなんだ」 

 

 そこで考えたのが、どこかで死を免れない人間の、魂の糸を人工使い魔に切り取らせ、虚ろなお人形さんへ注ぎ込むという方法。

 まあ、三分の一くらいは成功。

 誤算は、「死にかけている女の魂を持ち帰る」のような単純な命令しか理解できなかった使い魔の残念なお(つむ)、狩場の範囲をプルーシアス世界に限定しなかったこと(爺さん(いわ)く、次元を跳び越えて異世界にまで行くとは思わなかったらしい)、魂を別の肉体に移動させるための術式の詠唱を、緊張のあまり僅かながら間違ったってことか……。

せめて、召喚する魂に、肉体に応じた年齢設定をしておけば、また結果は違ったかもしれない。十五、六の若い女の子が、お爺ちゃんのお嫁さんになりたがるかは……(はなは)だ疑問だけど……。


と、まあ、こんな感じで。

爺さんの予想の範囲外、《訳の分からん異世界に住む、さして若くもない瀕死だった女の魂を、間違ってプルークのブローチに謝って突っ込む》という事案が起こったわけだよ。そのときの魔力衝撃で転んだ魔法師の胸元、金具から弾け飛んだときには、そのプルークは《私》になってた。

 元旦那の浮気相手に駅の階段から落とされるという、報われない死を迎えた私は、こうして、流行りの異世界転生を遂げた……遂げさせられてしまったのだった……がっくり。

 

 当日はわけも分からず暴れまくった。鏡を見せられたあと、ヒステリックに、説明しようとする爺さんの顎に体当たり食らわしたり、説明聞いたあとも散々、その不手際を罵ったりした。それに閉口したアルバ爺さんは最終的に私を近くに転がっていたフラスコに閉じ込め、封印術をかけて資料室へしまい込んだの。

 

 プルークは基本、大気中の魔素(マナ)を吸収してるから、飲食しなくてもまったく平気だし、前述の通り、放置したって滅多に死なない。この世界へ召喚され、魂の移し替えの術式の中に、魔法師は自分の妻兼弟子として必要な、あらゆる知識を魂に付与したから、私はこの世界の言葉も分かるし、魔法も扱える。その中には、造物主に逆らわない、という制約もあったらしいけど、それは上手く働かなかったみたい。使い魔にしようにも、ちっともいうこと聞かないポンコツの出来上がりというわけだ。

 当然、扱いに困ったんだろうことは簡単に想像がつく。

 

魔素(マナ)一粒も通さぬ銅製の箱に閉じ込めて、地面深くに埋めてやっても良かったのだぞ。そうなれば再び、化石に戻るやもしれぬ」

「人の魂を拉致って変なものに突っ込んだ挙句、その不始末を隠蔽か。そんなことするなら祟るから」

「まったく、口の減らん!! そなたの世界の女はお前のような輩ばかりかなのか?! 嘆かわしいことじゃ」

魔法使いの爺さん――もうアルバでいいや――は、私の入ったフラスコの底を両手のひらで包むように持ち上げた。私と、アルバの目がまともに合ったのはこれが初めてかも。

彼は老人だけど、瞳が緑でとても美しい。アルバも、私を見つめながらため息をついた。

「……それにしても残念だ。もう吾輩には、もう一度あの儀式をおこなう力は残っておらぬ。王宮を辞したのも、魔力の回復が酷く遅れるようになったからじゃ」 

 彼は、そう言いながら机に備え付けられていた、アンティークな装飾付きのふるめかしくも豪華な椅子に、くたびれた身体を押し込んだ。

「このままひとりで、年老いて死んでいくのか……。魔法の探求に励むあまり、後進を育てることもせず……蓄えた知識がこのまま朽ちるというのか……情けなや。口惜しや……」 

 白い眉に覆われた目元から、ぽつりと涙が零れる。

「思えば、家族に恵まれぬ人生じゃった。魔法師の名家に生まれても、偉大な魔法師として名を残しても、幸せではなかった。生まれた時から魔法師になることを定められ、ただひたすら学ぶことを強いられた。両親の顔を、じっくりと見た事もない。五歳で神童として魔法学院へ放り込まれ、成人しては修行の旅へ。戦に駆り出されることもあった。あれは百三十年ほど前……」

あ、もしかしなくても、これ長くなるやつや……。

「その話、まだ続くの?  三行くらいでまとまらない?  それこそ時間の無駄じゃない。語るより、休めば? ご飯食べたのお爺ちゃん?  その方が魔力が溜まるんじゃないの?

「主の血は何色なのじゃ……?!」

「さあ〜?」

 ふっと表情の消えた顔で、爺さんが机の引き出しから銅製の赤茶色の箱を取り出した。多分、さっき言ってた魔素(マナ)を通さないという(アレ)。ヤバい。封印するつもりだ!!

「イヤン。お爺様っ!! お話聞きたいわ〜〜!!  」 

 プルークは寿命が来ない限り死なない、と知った後でも暗い中に閉じ込められるのは怖い。我ながら情けない〜……。


 こうして、私はしばらく爺さんの昔話と人生の愚痴を、三時間に渡って聞くことになったのだった……。

 

ああ……神よ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

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