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アディウム



 彼女がその姿を骨に変えた時、男はイーヴァの力を吸収して以前の神であった姿へと変化し、同時にすべてを思い出した。

 かつて自分がアディウムと名乗っていたことを。イーヴァを作り出したことを。そして主神に罰として、いくつもの世界を転生させられていたことを。


 そうだ、罰だ。アディウムが自分の力を削って何かをしていたことに気付いた主神は、アディウムが自分の力を取り戻したら、再び神として元の世界を見守るが良いと言っていた。主神としては、アディウムがその力を削ることにより、この世界の繁栄に力を貸せなくなることを疎んじたのだろう。

 勿論アディウムは事前にいくつか世界を見守るためのものと称するダミーを作っておいたので、主神もアディウムが何に自分の力を削っていたかまではよくわからなかったはずだ。イーヴァのことは厳重に目隠しをしておいたので。


 おそらく主神は、人へ転生させられ不自由を感じたアディウムが、早々に何かしらに与えていた自分の力を取り戻すと狙ってのことだったはず。

 ところがアディウムは、記憶を持って転生しなかった。主神の手違いからか、神から人への転生という、神が持つ有り得ないほどの知識を人の脳内に移行しきれなかったため起こった現象であったのかは分からない。しかし、そのせいでアディウムは人として色々な星々をひたすらに転生するはめになっていたのだ。そして今回地球人として転生し、アディウムがかつて治めていた世界へと召喚された……。



 イーヴァ!

 骨を抱きしめ、アディウムは嘆く。

 どれほどの時間を待たせてしまったのだろう。新しく来る神を悪しき者だと教えたのはアディウムだ。それ故にイーヴァは、それから逃げ、邪神へと身を窶すしかなかった。

 すべてはアディウムが何も思い出さず、ただ転生を繰り返していたため。


 愛してる、とイーヴァは最期に呟いていた。

 おそらくイーヴァは気付いていたのだろう。神であったときの姿とは全く異なる黒目黒髪の純日本人の姿だったが、それでも自分がアディウムであったことに。

 そう、自分を殺せるものとして召喚されるのは、神々の力を持つ者しかいないのだと。記憶のないアディウムを見て、イーヴァはもうこれ以上待てなかったのだと分かる。おそらく瘴気がイーヴァを蝕んでもいた。彼女はもう限界だったのだ。


 愛してる、とアディウムは叫ぶ。けれど、その言葉はイーヴァには届かない。

 どれほど叫んでもアディウムの手の中にあるそれは骨のままで、かつてのイーヴァの姿を見せてはくれない。アディウムの目から涙が零れ落ちていく。



 ……今の骨に肉を与えたとしても、現れるのは全く新しい別な娘だ、とアディウムは本能で理解していた。自分にはまだ神としてイーヴァを復活させるほどの力はない。だが、もっと知識と経験を積めば、いずれこの骨からかつてのイーヴァを作り出せるはずだ。


 必ずかつてのお前を取り戻すから。今度は決して悲しませることはしないから。ずっと傍にいるから。

 自分をひたすらに待ち続けてくれたイーヴァを、今度は自分が待とう。だから、イーヴァ。それまでゆっくり休んでいて。



 アディウムは自分の神気を放出し、空へと向ける。

 転生していた過去の記憶を取り戻したアディウムは、以前神であったときに比べ、劇的に自分の神気が上がっていることに気付いた。

 空から感じる神の気配が、一瞬怯え、そして消えた。主神との取り決めは、アディウムが力を取り戻したらこの世界の神へと戻って見守れ、ということだった。つまり、代理の神はもう不要だということだ。空にいた神も、アディウムが戻ったことに気付いたのだろう。すぐさま消えてくれた。


 さて、空に戻るか。そう思いかけて、ふとアディウムは、自分にこっそりと追跡確認魔法と生存確認魔法がかけられていることに気付いた。生存確認だけであれば心配してと言い訳もできるかもしれないが、追跡確認は明らかに逃げ出すことを警戒してであろう。なにより勝手にこっそりとかけているのが忌々しい。あの筆頭魔導士め、とアディウムは吐き捨てる。このまま空に戻ったら危ない所だった。

 やはり人間は信用ならないな、そう思ってかけられている魔法を解こうとして、待てよと思った。


 自分が神として空に戻って、このままこの世界を見続ける意義が果たしてあるというのか。勇者として召喚した者にすべてを丸投げしたくせに、その行動を信じず一方的に追跡魔法をかけるような者たちが住んでいるこの世界だ。王族と神殿も不仲で一触即発の気配もある。魔獣という共通の敵がいたからこそ団結していただけで、それがなくなれば今度はおそらく彼ら同士が争いを起こすであろう。そんな奴らの繁栄を望みたいとは決して思えない。


 幸い、今の自分は転生していた過去すべての記憶を取り戻している。

 この世界とは全く異なる価値観、魔術構築方法、進歩・発展の仕方……。世界毎に在り方は多種多様であった。


 たとえば今のアディウムは地球で病原菌の研究をしていた。必要な機器さえ揃えば、悪意を持って病原菌をこの世界にばら撒くことも可能だ。人であった頃の自分では無理であったが、神へと戻った自分が記憶している量は人間の頃の比ではない。今なら、必要な機器類をその材料から作り出すことができる。

 神は、上から見守るだけだ。けれど、この世界が衰退するまでただ空の上から見守るだけの生活を送る気になるだろうか。たった一人で! そんなのはごめんだ、と思った。



 自分は勇者としてこの世界に来た只人だ。少なくとも周りはそうとしか認識していない。貰ったベルを叩き割り、迎えに来てもらおう。そうして、人としての生活基盤を整えるのだ。

 勿論、彼ら人間は信用ならない種族だということはよくわかった。だが、それも踏まえてこちらも対応すればよい。そうやって人として暮らしながら、こっそりと病原菌を流出させてやろう。

 いや、病原菌だけではない。アディウムは過去の世界では、兵器製造の要職についていたし、それ以前は魔導士として、この世界とは全く異なる魔術の構築に携わっていた。人間時代に得た使える知識は何でも使ってやろう。そして、少しずつこの世界が衰退へと向かうよう、さりげなく煽っていけばいい。


 アディウムはイーヴァを殺すことになったこの世界に見切りをつけた。悠長にこんな世界の監視などする気はない。自分はもっと知識や経験を積んで、イーヴァを取り戻さなくてはならないのだ。


 主神の賭けで行われているような惑星が、早々に衰退したところで何ら問題はないはずだ。主神が異次元の主神に負けたくないだけで、実害は全くない。

 アディウムはこの世界を衰退させて、結果を報告し、もっと難易度の高い仕事を手に入れようと目論んだ。



 人としてどの世界に転生しても、自分は何か貪欲に学びたかった。そして、より高い権力を手に入れたかった。出産直前に亡くなった赤子に意識だけ入れられて、それこそ何千、何万もの世界を転生した。

 野心を持った神であった自分は、人間になったところで何も変わりはしなかった。変わらずに貪欲で上を目指していた。ただ大きく違ったのは、神でいた時は大局的にしか物事を見ていなかったのに対し、人として生きていたために、かなり濃く深く自分の力とすることができたものがあった。それは腹黒さだ。


 そうだ、自分が神であった時は、野心を持ち貪欲ではあったが愚直であった。自分より神気ある上のものには従う、それだけだ。他者を蹴落としてでも上へあがろうとする考えは人間の生で培ったものだ。もっと狡猾たれ、とより一層あくどくあることがどこの世界でも推奨されていた。


 今回の命令も神として見守れと言われたが、人として生活するなとは言われていない。

 繁栄のために過剰に手を貸すなと言われただけで、衰退のために手を貸すなとも言われていない。ならば自分が人間としての立場で、過去の知識や経験を使いこの世界を衰退させたところで何ら問題はないはずだ。


 そうか。以前主神に呼ばれた時も、自分を補佐する者を作るのは禁止事項として言われていなかったと主神を突っぱねればよかったのか。さすがに女神を勝手に生み出すのは問題かもしれないが、力を抑え補佐する者程度として作っていたのだと述べれば何とかなったのかもしれない。素直に罰を受けた自分が情けない。腹黒さをもっと磨くべきであった。それに交渉術も。自分の欲しいものを得るために、もっと貪欲にならねば。



 そう、貪欲に手に入れよう。だから、イーヴァを諦めるなど決してしない。知識や経験が足りないのであれば補おう。それでもまだ足りないというならば、他の神の力を奪うことも吝かではない。相手の神気を手に入れ、知識経験を得られるならば。そして、それがイーヴァを取り返す方法の糧となるならば、どんな手段でも構わない。


 あぁ、先ほどの神は追い払うのではなく、力を奪うべきだったか。

 物騒なことを思ったアディウムだが、直ぐに首を振る。あんな弱い神を殺したところで得られるものはない。殺るならばもっと上位の神か。だが、ばれないように殺るにはやはりもっと自分が賢く立ち回らないと。

 そこでハタと気が付いた。先ほど閉じた空間の裂け目。これは明らかに異次元に通じている。そしてこの異次元は、主神が酒を飲んだ神とはまた別な次元であろう。世の中にはそれこそ無限に次元は存在する。

 そして、これほどの長期間綻びに気が付いていない異次元の神ということは、この次元の主神ほど大きな神気ではないはずだ。異なる次元であれば足も付きにくいし。よし、異次元の神を順に屠ろう。


 目標が決まった。この瘴気は消えるまでにはかなりの時間を要するであろう。誰もがこの森に入れないその間に異次元に行き、その次元の神を少しずつ殺し、神気を奪っていこう。それと同時に、人としてこの世の衰退のために一つずつ手を打っていかねば。



 貪欲に、確実に。

 アディウムは神に戻ったその姿から、先ほどまでの黒目黒髪の人間の姿へと擬態する。そうして、手にしていた骨に口づけを一つ落としてから、ハンカチで包み大切に胸ポケットにしまった。


 お休み、イーヴァ。あまり長く待たせないから。


 それから、色々な計画を胸に描きながら、貰ったベルを叩き割った。こんな世界など、さっさと衰退してしまえと呪詛を吐きながら。


誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。

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