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イーヴァ



 イーヴァはアディウムの帰りを待ち続けた。地上を見たいと思う気持ちはなかったが、イーヴァは彼の手伝いをするよう言い付かった身分だ。だから、何一つ楽しみを見いだせなかったが、ひたすらに地上を見続け、人間がより高度な知能を有していくのを見守り続けた。いつか戻ってきたアディウムに報告するためだけに。



 そうして、地上で人間がそれなりに知的生命体らしく規範を作り、国という集団で活動をするようになった頃、空から地上を見ていたイーヴァは自分がいる場所よりもっと上の方から何かが降りてくるような恐怖を感じた。何がどう危険かは分からない。けれど、何かがこの場所を狙っているような気がして、イーヴァはアディウムに言われた通り、地上に逃げ込むことにした。


 彼はいなくなる前に言っていた。自分がいない間に悪しき者が代わりに来るかもしれない、と。だからイーヴァは、悪しき者が来たのだと思った。そこで彼が言った通り、人間に紛れることにしたのだ。本当は、主神がアディウムを罰している間代理として遣わした新たな神であったが、勿論イーヴァはそんなことは分からない。

 逃げる、それしかイーヴァの頭の中にはなかった。


 イーヴァには分からないことであったが、代理で来た神がかなり怠惰であったことは幸いであった。新しい神は地上を見ることにあまり熱心ではなかったのだ。そのため、イーヴァに危険が及ぶことなど実際にはなかったのだが、勿論それはイーヴァの知る由もないことで、イーヴァはひたすら隠れ続ける日々を送っていた。



 時代は巡る。アディウムに命を与えられていたイーヴァは、その美しさとほぼ不老不死のため、地上で長期間一ヶ所に留まることができなかった。10代後半にしか見えないイーヴァは、何年たってもあまりにも若々しすぎるのである。その美しさゆえに町の有力者に求婚されたり、監禁されかけたりでその街を逃げ出さざるを得ないことも多かったし、身元不明な平民ながらあり得ないほど多くの知識を持つイーヴァは、時には魔女として捕らえられそうになったことも一度や二度ではない。

 だがアディウムの守護を受けているためか事前に危険を察知することができ、早めに別な場所へとイーヴァは逃げ出すことができたため、大して危険とは思っていなかった。勿論、万が一捕まったとしても、イーヴァの生命に害を加えることは人間のレベルではできなかったと思うこともそれほど恐怖を感じなかった理由かもしれない。なにより、空の上のほうがかなり危険な気がして、イーヴァは地上に居続けるしかなかったのだ。


 アディウムはいつ帰ってくるのだろう。人間に紛れろと言ったからには、空にいないと分かれば地上を探してくれるはず。イーヴァはひたすらにアディウムを待ちながらあちらの町、こちらの村と見つからないように移動しながらひっそりと暮らしていた。



 人間はどんどん国を発展させていく。いくつもの国々がしのぎを削って争いを行う。そして神に自国の勝利祈願を行う。アディウムがいないというのに。

 そんな中、神託が下されたらしい、という噂を耳にした。


 何故?

 イーヴァは信じられない思いでその噂を聞いた。ある大国に、戦を終わらせるための神託が下りたという。その神託の通りにすれば、各国が協力し合うことができるのではないか、と。


 アディウムが神託を下していないならば、それはおそらく空にいる悪しき者が行っていることだ。

 そう考えた時、イーヴァは悪しき者の力に恐れを抱いた。神託を下せるほどの力を持つ者。もしアディウムが戻ってきたときに、悪しき者と戦うことになったらどうしよう。アディウムに何かあったら許せない。

 なんとかして神のふりをしている悪しき者の力を削がねばならない、とイーヴァは決心した。悪しき者が神を名乗るならば、私は邪神と名乗ろう。そして悪しき者を倒す。そのためには、まず悪しき者を神と祀る国々を滅ぼすことでその力を減らせないだろうか。



 そこで、イーヴァは人間から異形と呼ばれている魔獣に目を付けた。彼らは異界の森と呼ばれる、瘴気に塗れた場所から生み出されたこの世の理とは異なるもので、知性はなく無秩序に荒れ狂うものたちと言われていた。彼らの存在は時に歪んで見え、またその攻撃は鋭く、人間が剣を振るっても魔法を当てても効かないことの方が多く、人間が恐れるものたちであった。

 だが、彼らは異形の森から出ることはほとんどなく、時折人里に迷い込むくらいでしかなかった。また現れる魔獣が複数であることはなかったので、人間側が傭兵や魔導士を集めて集団で対応すれば、何とか撃退することが可能であった。そのため魔獣という存在は認識していたものの、国上層部は彼らに対しては、異界の森近くの冒険者たちで対処できるとしてそれほど問題視はしていなかった。


 イーヴァは自分の居住の地を異界の森へと変えた。もともとイーヴァは基本死ぬことはない。アディウムや他の神々であればイーヴァの命を刈り取ることが可能だと思うが、瘴気から生まれたこの世の理と異なる魔獣の攻撃を受けたとしても、神ほどの威力を持っていなければイーヴァが死ぬことはないはずだ。そう信じて彼女は魔獣たちに接触を試みた。知性がないと言われている彼らとコンタクトを取ることは困難ではあったが、長い年月をかけて何とか集団へと纏め上げていく。


 イーヴァはアディウムから力を譲渡されていることは知らない。だから、どうして彼らがイーヴァに従ってくれるかは彼女にはわからない。ただ、イーヴァはアディウムのために何とかして悪しき者の力を削がなくてはならない、とその一心で魔獣に声を掛け続けた。


 だが、異界の森の瘴気は、死ぬことはなくても少しずつイーヴァの心と体を蝕んでいった。段々自分が何故魔獣を纏めようとしているのか、人間に攻撃を仕掛けようとしているのか、何もかもが曖昧模糊としていく。それでも自分は隠れ続けなくてはいけなくて、そして悪しき者に携わる者たちをやっつけなくてはいけないとの思いがイーヴァの歩みを後押しする。



 数千年が過ぎ、人間と魔獣たちの争いはかなり激化していた。邪神と称したイーヴァの献身で魔獣たちは知性を持ち、今はイーヴァが手を出さずとも自らの特性に合わせ部隊を組んで人間へと奇襲をかけ、相手を翻弄することができるようになった。

 しかし、人間はかなりその数を減らしたものの、共通の敵を得たことによって各国は団結力を増し、より一層の発展を遂げようとしていた。また稀に下される神託により、異世界から勇者を召喚することに成功するようになっていた。そして一旦勇者を召喚すると、そこから百年は魔獣はほぼ壊滅状態まで追い込まれることとなる。勿論かなりの魔力を消費するため、数百年に一度程度しかできない最終奥義のようなものではあったが。



 そして、今回は今まで以上に年月をかけ、総力を挙げて魔力を練りに練って、魔獣を完全に殲滅できるほどの力を持った勇者を召喚するつもりなのだとか。


 異界の森で暮らしているイーヴァではあるが、定期的に食料を買いがてら色々な場所に様子を見に行っている。そして、ある大国の王都に顔を出したときに、そういった噂を耳にした。いくら魔獣が知性を持ったとしても、人語を介するものはいないと思っているのだろう。勇者召喚の儀を間近に控えて、早くも勝利を確信しているのか、街は既に明るい雰囲気に包まれていた。


 …魔獣を完全に殲滅できる勇者。


 今まで召喚した勇者より、はるかに格上の者を召喚しようというのだろう。

 かつての勇者の際には、魔獣たちが異界の森には勇者を入れず、入口付近で乱闘を繰り広げたようだった。そして、イーヴァは彼らに守られるように異界の森の奥へと誘われていたため、直接勇者たちと対面したことはない。

 けれど、魔獣を完全に殲滅できるというならば、おそらく今回は異界の森の瘴気にも耐えうる者が召喚されるはず。そのようなレベルの者が来たら、おそらく魔獣たちでも敵いはしないだろう。


 召喚を阻むか?

 けれど、どうやって。ここまで噂が流れているということは、召喚までもう日がないということだ。

 それはすなわち、召喚のための祈りと魔力が十分に集まっているということに他ならない。仮に今回一旦阻んだところで、その魔術を消し去らなくては、直ぐに再度召喚儀式が行われてしまうだろう。どうしよう。どうすればいい。


 それに、魔獣たちも人間たち同様、今までの戦いで実はかなりの数を減らしている。異界の森が瘴気に塗れているため、人間たちにその数が知られていないだけだ。彼らもかなり疲弊しているのは事実だ。

 こちらには、起死回生の一手はない。


 異界の森で蝕まれていたイーヴァは疲れていた。そして狂っていたかもしれない。


 姿を隠しながら移転魔法を使い、召喚の儀の責任者にあたる人物を探した。自分が何故そんなことができるのか疑問に思うことすらもうない。そうして見つけた人物の頭の中に一つのことを吹き込む。


 『召喚すべき人物は、魔獣を殲滅できる人物ではない。魔獣を唆している邪神を殺せる人物だ』、と。



 アディウム、会いたい。アディウム、助けて。

 頭の中を回るのは、もうそれだけ。

 瘴気はイーヴァの思考をどんどん曖昧にさせ、また体は息をするのすら苦しくなってきている。それでも死ねないイーヴァは、ぼろぼろの体でその生を続けなくてはいけない。

 待っていてと言われたけれど、生きているのはもう辛い。ごめんなさい、アディウム。でも、会いたいの。

 脈絡のない言葉が、イーヴァの頭の中を掠めていく。数千年も前、まだアディウムと一緒に地上を眺めていた日々が、まるで走馬灯のように繰り返し思い出される。



 イーヴァは、虚ろな思考のまま勇者召喚の儀が執り行われる日をただ待っていた。


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