アルセルド視点2
連れて行かれた執務室にはレオナルドの従者が居たが、レオナルドが手を上げると既にアルセルドが来ることを聞いていたらしく、礼を取って下がっていった。
レオナルドはソファに座るとアルセルドに対面に座るよう促し、足を組む。
「何故呼ばれたか分かるか?」
アルセルドは、最近の自分が怠慢であると伝えようとしたもののその原因を思い出し、つい口を閉じる。
ニコニコと笑うレオナルドはしばらく回答を待っていたようだが、アルセルドが何も答えないと分かると立ち上がった。
「最近お前がおかしいと噂が立っている」
「申し訳ありません……」
「いや、今のままでも充分よく働いているから怒ってはいないさ。ただ皆が困惑しているだよ、理由が分からないとね」
「……」
アルセルドの額にじわりと汗が浮かぶ。
「けど私は分かるんだ。原因はメルビーナ嬢だよね?」
「……」
「お前のあんなに動揺した顔を見たのは初めてだよ。すまないね、まさかお前が気にかける令嬢が居ると思わなかったんだ」
「……」
「アルセルド、お前は今までも私や父に何も要求した事は無かっただろう。意見した事も、否定した事もないはずだ。私はそれが寂しくてね」
「それは、お二人の事を尊敬しているからで」
「私はお前の意見を聞いてみたい」
優しそうな青碧の瞳を真っ直ぐに向けてくるレオナルドは、周りを否定するアルセルドにとって唯一本心を吐露してしまう相手であった。
本当は抑えなければならない気持ちも、彼の前だけは制御が難しいのである。
「……メルビーナ嬢の事が、好きなんです」
「一目惚れかい?」
「恐らくそれも、ただ彼女は……」
アルセルドは彼女の笑顔を思い出して顔を伏せた。
どうなるかは分からないが、今だけは純粋に彼女の事を思い出す事を自分に許せたからだ。
「輝くような笑顔を向けてくれる唯一の存在でした」
その後、ため息をついたレオナルドに、まだ婚約は発表していないからまだ間に合うと言葉を漏らした。
だが、アルセルドは首を振る。
「リオティほど公妃に相応しい女性はいません」
「ふぅん、お前が名前で呼ぶ女性と結婚しろと?」
「い、いいえ、不注意でした」
「意地を張るんじゃない。彼女を逃したらお前は一生結婚できないぞ」
「ええ、もとより結婚するつもりはありませんでしたので」
「全くお前は……」
額を指で抑えたレオナルドは先程から何度もついたため息と、この弟の頑固さに頭痛がしてきそうだった。
「ああ、そうか。なら私がメルビーナ嬢と結婚しても心から祝いの言葉を述べられるんだな?」
「……」
「夜の話が届いても乱さずに過ごせるんだな?」
「兄上……!」
「それが出来ないのにくだらない意地を張るな。そもそも私がこんなに気を遣っているのに受け入れない方が不敬だぞ」
「……っ」
「ははっ!なんだその顔は!」
アルセルドは泣きそうとも言えるほど瞳は潤み、頬を染めて兄を睨んでいた。
いや、縋るような目を向けていたと言った方が正しいだろう。
最早崩れ去った真面目な顔は必要ないだろうと、アルセルドは髪をかきながらため息をつく。
楽しそうに笑う兄の顔を久々に見たなと恨めしげな瞳で見つめると、レオナルドは一枚の書類を差し出してきた。
「陛下にも許可を貰っている。実はメルビーナ嬢もかなり気落ちしていてね。きっとお前のせいだよ」
「……」
「分かっていたのなら、深く反省して絶対に逃さないように。彼女の事を陛下も私も気に入っているんだ。逃したら許さないよ?」
「……かしこまりました」
即座にアルセルドはメルビーナ家に婚姻を願う手紙を綴っていた。
今まで抑えていた何が溢れ出し、早る気持ちのせいか幾度か筆がブレてしまう。
全ての感情の十分の一以下の文面を丁寧に丸め込み整えた手紙は書き始めてから約三時間後に従者によってメルビーナ家に送られた。
だが、戻ってきた手紙には、許可できないという文字が書かれているのみであった。
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