アルセルド視点1
歴史書に記述が無いほど遠い昔、この世界にも魔法という物が存在していたらしい。
その世界では吸血鬼という血を糧に生きる魔物が存在し、血を吸われると惑わされ狂ってしまうことから、人間には大層怖がられていたそうだ。
現代になっても人は黒い髪と赤い目を持つ人間を本能的に怖いと認識し、恐怖を抱いてしまうようだった。
「今日は私が主催するパーティーなのだから、アルセルドも出てくれよ」
「皆が怖がるだけです。様子だけ見に向かいます」
「全く、我が弟は周りに気を使いすぎるな」
アルセルドは祖先帰りだと言われた黒髪と赤い目という外見のせいで、多くの者に怖がられてきた。
まだ吸血鬼がいた時代、どこかの皇族が吸血鬼の娘に手をつけ、皇族の中に稀に黒髪と赤い目を持った子供が産まれるようになったと言われている。
ただ、だからと受け継がれるのは外見のみであり、世間では噂される様な『人ざらなる力』などはアルセルドには一切引き継がれる事は無かった。
周りの恐怖心に応えるように体を鍛え、いつしか皇族騎士団の団長にまで上り詰めたアルセルドは、無意識に周りの恐怖の対象となるような期待に応えていたのかもしれない。
そんなアルセルドの努力を現陛下とレオナルドは高く評価し、アルセルドもそんな2人の為に生きていこうと決めていた。
その日開かれたパーティーは皇太子となったレオナルドが主催し、皇族達を全員招待した催しとなっていた。
本来であれば必ず出席すべき場であるが、アルセルドはこの外見のお陰で国の大々的な催し以外は出席が免除されている。あまりの劣悪な視線に、アルセルドはストレスで倒れた事があるのだ。
今では恐怖の対象となる事に慣れ、ストレスはかからなくなったが、当たり前となった事で他人との距離は大幅に開き、誰も近づかせない冷徹な皇子として知られてしまった。
そろそろ良き令嬢をとレオナルドから言われているが、すぐに怯えられるこの外見のせいで、父と兄としかまともに話す事ができない。アルセルドはとうの昔に結婚は諦めていのであった。
アルセルドはいつものように会場の近くの部屋で時間をつぶしていたが、何故かその日は会場の庭でも見ようと立ち上がる。
パーティー会場の近くにある廊下へと足を運ぶと、目の前に庭を眺める令嬢が立っていた。
波打つような白銀の髪を片側の肩に流し、遠くから見ても分かる長いまつ毛は少し重そうである。
パッと驚いたように顔を向けると、彼女はエメラルド色の透き通る瞳でアルセルドを見つめた。
(また逃げられてしまうだろう)
そう思いながら、アルセルドは彼女を眺めていた。
大体の令嬢はアルセルドと目が合った段階でウサギのように逃げていくものだ。
そんなアルセルドの考えとは裏腹に、彼女は綺麗に礼を取った。
「殿下にご挨拶申し上げます」
そう告げられたアルセルドは、驚き、しかし稀に恐怖に怯えながらも権力に従順な女が居ることも思い出して冷静になった。
「気にしなくていい、顔を上げてくれ」
「ありがとうございます」
顔を上げた彼女は、全く悪意なくそのまま微笑んでいる。
アルセルドがどんなに観察しようが恐怖で顔色を変えることも、無理矢理引き攣った笑顔を向けることもしない。
じっと見つめるアルセルドに、彼女の方が困惑した様子で口を開いた。
「あの……何か」
それは単純な疑問のようだった。
怖いから立ち去りたいなど一雫も含まれない声色に、アルセルドは心臓が少し高鳴る。
「ああ、いや。貴女は私の事が怖くないのか?」
「怖い……?いいえ、怖くなどございませんわ。とても美しく在られるので、緊張してしまいますが」
頬を染め、ニコニコと笑いながら話す彼女からは本物の言葉が語られているようだ。アルセルドはソワソワとした気持ちが芽生え始め、必死に抑えた。
「美しいなんて、ちゃんと兄上を見てきたのか?それにメルビーナ嬢の兄弟も大分麗しい外見をしていたはずだ。冗談はよせ」
「まさか!貴方ほど美しい方に会ったことなど……あ、いえ、その……レオナルド殿下の事を卑下したのでは無く」
ハッとした顔で慌てて訂正する姿はあまりにも嘘偽りなく、つい言葉にしてしまったと顔に書いてある。
そんな姿にアルセルドはつい彼女に近づいて顔を覗き込んでいた。
「……いや、すまない。本心で言われてるとは思わず、貴女の言葉を否定した。ありがとう」
「……!!?」
みるみる内に染め上げられる首筋に、添えたくなる手をぎゅっと我慢したアルセルドはその日初めて、『また話したい』と思える令嬢、リオティ・メルビーナと出会ったのであった。
恋を自覚するまでは随分早かった。
恐らく彼女の瞳を目に写した瞬間からきっと好きだったのだろう。
何も怯える事もない令嬢だから、だけではない。
くるくると変わる表情、自らを見つけた時に嬉しそうに駆け寄る姿、そして、蕩けるように甘い柔らかな笑顔。
それら全てがより深くアルセルドを落としていった。
目立たないように皇族が参加するパーティーのみで会う。
色々な場所に顔を出すレオナルドにあやかり、月に数回会っていると、すれ違い会えなかった日の落胆は酷いものだった。
「た、隊長……。どうしましたか?」
「ん?ああ、いや、何でもない。少し寝不足なんだ、気にしなくていい」
「そうですか、もし頭痛があれば早めに言ってくださいね」
「……わかった」
会えなかった翌日はいつもより眉間に皺が出来ていると部下から指摘されていた。思い出せばリオティと会えなかった日の次の日に調子が悪い。
あまりにも分かりやすい自分にため息を吐き、次に会った時に想いを告げようとしたその日、アルセルドはレオナルドに呼び出された。
「メルビーナ家の令嬢と婚約しようと思う」
「……メルビーナ家」
「ああ、お前は知らないかもしれないがとても美しい令嬢でね、他の令息とも変な噂はないし、会話する限り頭も良さそうだったよ」
「……」
「アルセルド?」
リオティの事を言っている事はすぐに分かった。
メルビーナ家に令嬢はリオティしか居ない。
レオナルドが積極的に婚約者を探していることは分かっていた。なにせ将来公妃になる娘だ。なかなか見合う令嬢が居らず、リオティであればレオナルドに相応しい人物だとアルセルドは十分に理解できた。
しかし、他の娘達と同じ場所で同じように評価され、だだ『美しく賢そうな』令嬢と言われたようで無意識に怒りが込み上げ、そして、手が届かなくなった彼女を絶望する心で目の前が暗くなる。
アルセルドは下を向き、「おめでとうございます」という言葉を告げると、急いでレオナルドの部屋を後にするしかなかった。
その後は記憶がない。
無心に剣を振り、多量の酒を飲んで死んだように寝ていたようだと噂で聞いた。
皇太子の妻となれば将来は約束され、リオティはきっと幸せになるだろう。
そこに、余計な人物は必要ない。
レオナルドは優しく、真面目な人物である。万が一今彼女が自分に好意を持ってくれていたとしても、レオナルドが相手なら問題はないのだろう。
周りから怖がられ、疎まれるような自分が相手よりも絶対に良い未来を描けるはずである。
そして、リオティならば素晴らしい公妃としてレオナルドの支えにもなるはずだ。
「アルセルド様、わたくしは……」
だから、最後となる2人の密会でリオティが口にしようとした言葉は聞いてはいけないと言葉を遮った。
「次会う時は、初めて会った事にしよう」
言葉にしたのは、自分に言い聞かせるためでもあった。
本心ではない言葉は次第に心を蝕み、彼女と視線を合わせる事すらできない。
最後震えた声で礼を取った彼女を見る事が出来たのは、人混みに消えゆく瞬間であった。
それから数日後、リオティが王城へと上がりレオナルドと正式に対面したらしい。
失恋をした部下達が力が出ないなどと呟いていた時にまるで理解が出来なかったが、今まさに自分がその状態なのだろうとアルセルドはため息をついた。
このままでは城で何か起きた時、何も守る事はできないはずだ。
(リオティもここに住むようになるのだから……)
そう考えて気持ちを切り替えようにも、彼女がレオナルドと楽しげに過ごす姿が浮かび全く集中できない。
ふと顔を上げると、レオナルドが立っていた。
「どうしたんですか、訓練場に来るなんて」
「我が弟に話があってさ。ちょっといいかな」
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