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リオティ視点

短編ものです、よろしくお願いします!

娘はすました顔を1ミリも動かさずに、必死に感動を心の中に留めていた。


トロトロになるまで煮込まれた牛肉がコクのあるソースと絡み、そしてナイフで切った時にギリギリ保たれていた形は口の中で簡単にほぐれていく。

娘の心の中はきっと、『これを無表情で味わえるなんて頑張って淑女の修行を積んだ私を誰か褒めて然るべき』などと思っている事だろう。





彼女は食事を食べ終えて部屋へと戻ると、パタリとベッドへ倒れ込んだ。


「今日も美味しい物が食べられて幸せな1日だったわ」


そんな言葉を呟きウトウトとしていると、慌てた様子の侍女が寄ってくる。

侍女達にせっつかれながら寝る準備を整えると、メルビーナ家長女、リオティ・メルビーナは眠りについた。






黒髪に赤い眼、尖った牙から覗く真っ赤な長い舌。

リオティ、いや、リオティの前世は吸血鬼と呼ばれる魔物であった。

その世界には多数の魔物が存在し、人間達も魔法を使い暮らしていた。稀にやってくる『とうばつたい』の人間も長い棒などから火や水を飛ばしていた記憶がある。

今思えば、あれはリオティ達を倒しにやってきた人間だったのだが、吸血鬼達は存外平和主義で人間達がやってくると自らの姿を隠すことでやり過ごし、特に戦争になった記憶は無い。

当時リオティは吸血鬼として平穏に暮らしていた。









目が覚め、朝の日の光を浴びつつリオティは両親の怯えた顔を思い出した。


前世を思い出してまず初めに思ったことは『魔法を使ってみたい』だった。


基本的に吸血鬼は、吸血鬼特有の力しか利用出来なかった。

内容は透明化、飛空、記憶消去、そして吸血の4つ。


ちなみに、吸血鬼は好きな相手には吸血欲求が生まれたらしいがそれは一旦置いておこう。


人間から身を隠す能力にしか長けていなかった吸血鬼は人間の魔法に非常に憧れを持っていた。

だからリオティは前世を思い出してすぐに両親に訊ねたのだ。


『どうしたら魔法が使えるの?』


最初は物語の話かと微笑ましく聞いていた両親も、聞いたことのない具体的な世界の話しに前世を疑いはじめ、『絶対に誰にも話してはいけない』と念を押した。


『利用する人がいるかもしれないのよ』という言葉はその通りで、前世の記憶がある人は何かしらの幸運を持っているらしい。


リオティがこの件について口にすることは無くなった。





前世の事もあり、リオティは大変過保護に育てられた。


17歳の今でも婚約者が居ないのは両親と同じく自分を溺愛する兄と弟に阻止されていたからだ。

伯爵家で外見が美しい娘として良物件のリオティは、あわよくば恋仲になろうと下心を持つ男性にそれはもう狙われていた。

兄弟は、リオティと自分たちとのダンスを終えるとすぐに友人達の輪に彼女を投げ入れ、密かに護衛を行う事で下世話な男たちを近づけさせなかったのである。


自分の外見に疎いリオティは、褒められてもお世辞だと流し、デートに誘われても社交辞令だと断って、自ら守りを固めていたことも幸いしたのだろう。



そもそも人間全員が同じ様に見えるリオティには、男性だからと恋をする対象ではなく、友人達との会話で十分に満足していたのだった。








そんなある日のこと、王家が勢揃いするというパーティーが開かれ、リオティの家も招待を承った。




いつもの倍以上の人数がひしめく会場、色々な人から匂う香水の香り空気の悪さに酔ったリオティは、風に当たるために庭に面する渡廊下に出ていた。


澄んだ空気にホッと息をついていると会場とは反対側からカツカツという足音がする。

リオティは驚いて音がした方向を向くと、そこには睨む様な視線を向けてくる男性が立っていた。



「……」



互いに見つめ合い、沈黙が流れた。

リオティは、この世界で初めて見る黒髪と赤い眼に感動すら覚え、だがふと思い出して礼を取る。


「殿下にご挨拶申し上げます」

「気にしなくていい、顔を上げてくれ」


黒い髪と赤い眼を持つ者は人とは思えない能力を操る化け物だと言われているが、王族でその外見を持って産まれた人物が居た事をリオティは思い出したのだった。


(確か第二皇子……)


確かに黒い髪と赤い眼はあるものの、その外見は彫刻のごとく美しかった。

癖のある柔らかそうな髪から覗く切長の瞳から見つめられれば、前世であればどれほどモテていただろうとリオティは感嘆の息をつく。


「ありがとうございます」

「……」



顔を上げ、ニコリと微笑んだリオティを第二皇子は黙って見つめてきた。



「あの……何か」

「ああ、いや。貴女は私の事が怖くないのか?」

「怖い……?いいえ、怖くなどございませんわ。とても美しく在られるので、緊張してしまいますが」


もちろん皇族だから、という理由であれば怖いし、より緊張している。

だが、彼の聞き方は『皇族だから』という理由では無い気がしてリオティはそう答えていた。


間違った事を言っていたらと、ドキドキと返答を待っていると、第二皇子は「ははは」と声を出して笑った。



「美しいなんて、ちゃんと兄上を見てきたのか?それにメルビーナ嬢の兄弟も大分麗しい外見をしていたはずだ。冗談はよせ」

「まさか!貴方ほど美しい方に会ったことなど……あ、いえ、その……レオナルド殿下の事を卑下したのでは無く」


自分を知ってくれていた事に興奮し、つい言ってはいけない事を口にしたリオティは顔を真っ赤にして俯く。

ただ、第二皇子の兄、第一皇子であるレオナルドと比較してきた彼に本心を告げたかっただけであったが、レオナルド殿下を否定した事は確実に不敬である。

どうしようかと慌てる彼女に第二皇子は近づくと、俯く彼女の顔を覗き込んだ。


「……いや、すまない。本心で言われてるとは思わず、貴女の言葉を否定した。ありがとう」

「……!!?」


自分の中で最上の美形である彼に至近距離で微笑まれたリオティは、顔だけでなく首まで赤く染め上げるとハクハクと口を動かした。

身体中の血液が忙しそうに駆け回り、頭の中が真っ白になる。


「ああ、私の事を美しいと思っているんだったか。……こんなに赤くなるとは思わなかった。ハハ、大丈夫か?ちゃんと息をしろ」

「……はぁっ、す、少し離れていただけますと」

「これでいいか?」



一歩体を離した第二皇子はクスクスと笑いながらリオティを眺めた。

彼女は必死に首を縦に振り、手を頬に当てる。

興奮で温まった手を頬に当てても全く冷めない顔に、もう、どうにでもなれと口を開いた。



「あ、あの、殿下」

「兄上と被るだろう、アルセルドで構わない」

「……アルセルド殿下」

「ああ、なんだ?」



先程までピリリとした雰囲気を纏っていたアルセルドは柔らかに表情を崩し、庭に面した廊下の柵に手を置く。

どうやら話を聞いてくれるらしい。



「もう、パーティーには参加されないのですか?」

「私を追うつもりか?」

「いいえ、その、お目にかかれるだけで心が潤いますため……」

「今後も目にするだけで良いと?」

「はい」



今回よりも前から、アルセルドがパーティーに参加している所を誰も見た事が無かった。

今回も王家が勢揃いするという名目にも関わらず、先程の広間には居なかったのだから、今回2人が出会えた事は偶然だったのだろう。

リオティは、もう二度と彼を目に出来ないのであれば、今のこの姿を目の裏に焼き付けたいとすら考えていたのだった。



「それは残念だな。私はまた貴女と話したいと思っていたのに」

「……え?」

「他意はない、私を怖がらずに話せる人物は陛下と兄上だけなんだ。二人とも全く怖がっていないかは定かではないしな」

「……そうなのですか?」

「ああ、だから、また話してくれないか?」


目の前の彼が微笑めば、誰しもが従順になるのではないかと思うほど引き込まれる微笑。美しいだけでは足りないほどだとリオティは心臓を抑える。


「もちろんです」


リオティは本心からそう、答えていた。







それから2人は皇族が招かれるパーティー会場で会うようになった。

アルセルドは、皇族が向かう場所に護衛騎士として必ず付き添っているようだった。今までも顔を出さないだけで会場には来ていたらしい。


始めは緊張で視線を合わせることも出来なかったリオティだが、アルセルドの気負わせない雰囲気は次第に彼女の緊張をほぐしていった。

いつしか2人で会う事が目的となったパーティーは、リオティにより充実した日々をもたらしたのである。



そしていつも、庭の隅でたわいも無い話を2人は密かに楽しんだのであった。










______




「アルセルド様」

「……リオティ」


その日も2人は人の目を掻い潜り会っていた。

だが、アルセルドの表情は暗く、リオティもどこかぎこちない。


「……」

「……」



2人は無言で見つめ合い、何かを悟ったようだった。


「もう会うのは止めにしよう。流石に、兄上の婚約者となる貴女と会うのは気が引けるからな」

「……」


悲しげに微笑むアルセルドに、リオティは口を閉じる。



彼女は2日前に父から告げられた言葉を思い出した。


『リオティめでたいぞ、レオナルド殿下の婚約者に選ばれた。陛下と皇后様がお前を気に入ったらしい』


言われた時のリオティの衝撃は大きかった。

何せその時に初めて、アルセルドの事を好きだと気がついたのだから。


貴族として、いつか誰かの元へと嫁がなければならない事は分かっていた。

将来が約束された皇太子殿下の妻などこの国の誰もが羨まむ場所だろう。



でも、どうしても嬉しいと言葉には出来なかった。

そして、皇族からの言葉など、拒否する事は出来ないともリオティは理解していたのであった。



「アルセルド様、わたくしは……」

「リオティ」

「……」

「次会う時は、初めて会った事にしよう」

「ではもう、このようにお会い出来ないのですね」

「……」



瞳に溜まっていく雫を必死に堪えながら、リオティはアルセルドを見つめた。

だが視線が合うことの無い彼に、これ以上の迷惑をかけたくはないと拳を握る。


「分かりました。短い間でしたが、2人で過ごせた時間を心に隠して参ります」

「ああ……今までありがとう」



リオティは座っていたベンチから立ち上がり、視線が下がったままのアルセルドに礼を取るとゆっくりと会場へ足を向けたのだった。






アルセルドと別れた数日後にレオナルドと対面し婚約の話が行われた。レオナルドはとても優しく、彼自身もリオティに良い印象を持っているらしい。

リオティとは是非このまま婚約を進めたいという言葉をいただいた。



それから、リオティは未来の妃としての勉強に明け暮れ、そして他では塞ぎ込むようになった。

あんなに好きだった食事も全く喉を通らず、自然と笑う事が出来なくなっていたのだ。



「リオティ、どうしたんだい。お前の好きな食べ物ばかりだろう。最近全然食べていないじゃ無いか」

「お父様……ごめんなさい。食欲がないのです」



リオティの両親は顔を見合わせる。

いつも美味しそうに食事をしていたリオティがこうなってしまったのはレオナルド殿下との婚約の話が出た時からである。


皇族からの手紙には、いつもレオナルドににこやかに笑いかけるリオティは、この婚約をきっと喜んでくれるだろうと書かれていた。だが、実際は喜ぶどころかどんどんと顔色は悪くなるばかりである。



「リオティ、レオナルド殿下との婚約はそんなに辛いのかい?」



父からの言葉にリオティは、はっと顔を上げた。

(ひそ)められた眉からはリオティが困惑している事が窺える。


「どうしても嫌なら断っても良いんだよ」

「いいえ、お父様。皇族の方からの申し出を断るわけにはいきません。それにレオナルド殿下は、とても素敵なお方ですもの」


辛そうに微笑む娘の姿をリオティの父ライモンは心苦しく見つめた。

彼は自分の力の無さを心の中で嘆き、どうか娘が幸せになる事を願うしか無かった。







それから二ヶ月後のこと。




その日リオティは、入り口から聞こえて来る言い争いの声で読んでいた本から顔を上げた。二階にある部屋から入り口に降りる階段は割と近く、ホール状になっている玄関から声が響いて来たのだ。


何事かとゆっくりと階段の上から玄関を覗くと、そこにはリオティの父ライモンとアルセルドの姿があった。



「アルセルド様……?」


つい口から漏れた心の声は、アルセルドに届いていたらしい。

父へと向いていた顔を勢いよくリオティへ顔を向けた。

先ほどまでの無表情で訴えていた様子とは違い、目を大きく開き、にわかに動揺したような様子である。


「リオティ……」


アルセルドの視線につられ、ライモンも顔を二階へと向ける。そこにはいつもよりも頬を染めた娘がアルセルドへと視線を向けていた。


少し早い足取りで階段を降りたリオティは、一度も父へと視線を向ける事はせず緊張した面持ちで礼を取る。



「アルセルド殿下にご挨拶申し上げます」

「……ああ」


2人の様子にライモンは、誰にも聞こえないようため息をついた。

初対面では無い事は見るからに明らかである。

それでも、ライモンはリオティの意思を自分の耳で確認しなければならないと思った。



「リオティ。もしアルセルド殿下とも婚約できるとしたらどちらが良いかな?」

「お父様!?」


いきなり何を言い始めるのかとリオティは父を見るが、存外真面目な顔をした父と目が合う。

なんて不敬な質問だろうと思ったが、冗談では無い問いのようだった。


リオティは必死で頭を働かせた。


きっと、この様な機会は二度と来ないのだろう。それならば答えはもう決まっている。


「もし……わたくしの我儘を聞いてくださるなら……」

「……」


握りしめた手が震え、リオティはぎゅっと目を瞑る。

これほどの勇気を出した事は前世(まえ)も含めてあっただろうか。

いいや、無かっただろう。

だからこそ、恋人の血を求める友人の気持ちなど、今まで理解出来なかったのだから。



「わたくしは、アルセルド殿下と共に居たい……!」



彼の名前を口にした時、彼と目が合った。

その美しい赤の瞳は、今まで見たことがないほどに開かれ、そして……。


「ああ。良かった……」


赤く染め上げた頬を隠す様に片手で顔を覆った彼は、声を震わせながら、そう呟いたのだった。







お読みいただきありがとうございました!


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