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この私が付き合おうって言ってるんだけど? 


 帰宅途中にスマホを忘れた事を思い出した俺は、放課後の教室に戻る。

 明日は土曜日、さすがにスマホが無いと困ると俺は慌てて教室の扉を開こうとした。

 すると扉の窓から教室に誰かがいる事に気が付く。

 放課後の今、学校に残っているのは部活や委員会等の連中だけの筈。

 俺は誰が居るのかとその人物に注目すると、それは俺のずっと想い続けている人物、秋風美冬その人だった。


 彼女は一人寂しそうに席に座り物思いに耽る様に窓の外眺めている。



 その秋風の姿を見て俺は教室に入るのを躊躇してしまう。


 遠くから珍しく活動している女子テニス部の掛け声と、学校で唯一力をいれている吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。

 

 窓から射し込む夕日が彼女を赤く染めたいた。


 いつも明るい彼女は窓際の席で何をするでもなくただただ寂しげに一人で座っている。

 

 そのあまりにも美しい秋風の姿に、俺は思わず目を奪われてしまう。


 しかし、いつも明るい彼女のその寂しそうな表情に俺は驚く事は無かった。


 いつも彼女を見ている、ずっと見続けている俺は知っている。

 彼女のこの寂しそうな表情を知っている。


 彼女は時々こうした表情をするのだ。授業中、恋愛相談中、その端々で垣間見えていた。


 俺は教室の外から暫くそんな彼女を見ていた……しかし彼女は窓の外を見たまま動かず一向に教室を後にする気配はない。


 辺りは段々と暗くなっていく、このままだともうすぐ完全下校時間になり、ここにも誰かが戻ってくるかも知れない。


 端から見ても教室を覗く不審者な俺、かといってスマホを起きっぱなしで土日を過ごすわけにはいかない。


 俺は迷った挙げ句に、意を決して教室の中に入る。


「あ、えっと……わ、忘れ物を」

 俺が入ると彼女は窓から俺にゆっくりと視線を移す。

 そして特に驚く事もなく俺をじっと見つめた。


 俺は聞かれもしないのに緊張しながら、ヘラヘラと彼女に向かってそう言う。


 すると彼女興味なさげに俺から目を反らした。


 ずっと同じクラスだったけど、恐らく彼女は俺の名前も知らないのだろうな……と、俺は少し悲しくなりつつも机からスマホを取り出すと、何も言わずに教室から出ようとした……その時。


「ねえ」

 唐突に後ろから声を掛けられた。


「え? お、俺?」

 慌てて振り返ると、彼女は身体ごと視線を俺の方に向けそう呼び掛けてきた。


「他に誰がいるのよ」


「あ、いや」


「ねえ……渡瀬君ってさあ、なんでいつも私の事見てるの?」


「え?!」


「なに?」


「あ、いや俺の名前知ってるんだって」


「そっち? 知ってるに決まってるでしょ? 中等部の時からずっと一緒だったんだから」


「ええええ?!」


「そんな驚くこと?」


「いや、だ、だって……」

 そりゃ驚くよ、まさか俺の存在に、俺なんかの存在に彼女が気付いていたなんて……。


渡瀬航(わたせ わたる)、変な語呂だよね」


「いや、それは親が再婚したからで、って……俺の名前まで知ってるんだ」


「当たり前でしょ? ねえ、そんな事よりも、なんでずっと私の事見てるの?」


「い、いや……それは……」

 バレていた。まさか俺なんかの視線を感じ取られているなんて……俺は彼女にとって石ころなんかと一緒だと思っていたから……。


「何よ? はっきり言えば? どうせ男漁りばっかしやがってとか、ビッチとか思って見てるんでしょ? 言いたい事があれば言えばいいじゃない」


「ち、違う! そ、そんな事思ってない」


「じゃあ何よ!」

 俺はそう言われパニックになる。

 3年間、ずっと彼女と同じクラスだったのに、今このタイミングで話しかけられた事に、そして思ってもいない事を言われた事に。


 『ずっと気になっていた、何故そんな寂しげな表情をするのかって』……そう言えば良かった。


 しかし俺は言ってしまう。



「ず、ずっと、ずっと好きだったから……」

 俺はつい、彼女に向かって……そう言ってしまった。


「は?」


「あ……」


「あ、あなたが私を? じょ、冗談でしょ?」


「あ、いや……冗談なんかじゃない! ほ、本気でそう思って……」

 そう冗談だよって笑って言えばこの場は収まる……と、そう思ったが、慌てた俺はそれを強く否定してしまう。


「……あなたと私じゃ……釣り合うわけ……ないじゃん」


「で、ですよね……だ、だからずっと言えなかったんです……だからずっと見てるだけで……俺は満足だった……」


「──へえ、ふふ、あははは、そうなんだあ、あなたどんだけ私の事好きなのよ」


「……え、えっと……はい」

 もうこうなっては言い訳できない……そして俺自身も彼女に向けていた気持ちに、本当の自分の気持ちにこのように時はっきりと気付いてしまった。

 小学生の時から、ずっと気になっていた自分の本当の気持ちに、ずっと見続けていた理由に……俺は気付いてしまった。


「っ……じゃ、じゃあ……付き合う?」


「え?」


「むう、付き合ってあげる言ったんだけど?」


「いや、でも……秋風さんには彼氏が」


「そ、それは……えっと……そう、別れた、この間……だから今は丁度フリーっていうか、だからあなたと、付き合ってあげてもいいかなって」


「そ、そうなんですか……で、でも、お、俺なんかでいいんですか?」


「良いって言ってるんだけど?」


「……ほ、本当に……で、でも俺、今まで誰とも付き合った事ないですし、付き合うってどうしたらいいか」


「ああ、もうぐじぐじと、私が誰だと思ってるのよ、わ、私に任せればいいわ」


「そ、そうですよね……じゃ、じゃあ……その、宜しくお願いします」

 情けないのは百も承知だけど、でも百戦錬磨の彼女を相手に知ったか振りをしても直ぐにバレるだけ……。


「いいわ、私が恋愛のなんたるかを貴方に教えてあげるわ!」

 彼女はそう言うと俺を見てニッコリ笑う。


 俺に生まれて初めて……彼女が出来た瞬間だった。




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