彼女と俺の格差
彼女はいつも私服組の女子に囲まれていた。
「そうね、でもそういう時は一旦間を開けた方がいいかもね」
「やっぱりそうかな?」
「いくら叔父様のご紹介でもさすがに直ぐにはって思うけど」
「そ、そうなの、やっぱりわかってるね」
「ねえねえ、もういい? 次は私の番! ねえねえ、なんかさあ、付き合う前に婦人科に行けって相手の家族に言われたんだけど、あり得なくない?」
「ちょっと綾さま、私の話がまだ終わってないです!」
「あははは、様付けっていつの時代の人だよ」
「まあまあ……ちょっと待ってて」
私服組と制服組の格差は高等部になっても続いていた。
まあ、それでも俺の中での意識は入学した時よりも薄れていた。
それはお嬢様にも色々あると知ったからだ。
お嬢様でも世間知らずな輩ばかりではない。
中には中等部の途中から服装や喋り方がギャルっぽく変化した者もいたりする。
しかしお嬢様はお嬢様、俺みたいな一般人とは相容れない物がある。
そして、そのお嬢様の中でも一際目立つ存在がいた。
俺が他校に行かず、そのまま高等部に進んだのは彼女がいたからと言っても過言ではない。
休み時間や放課後、彼女の周囲はいつもこうだった。
彼女は見た目は清楚、お嬢様風と言えばしっくり来る。
長い黒髪、整った顔立ち、着崩さない制服姿。
優等生、委員長、彼女はそんな見た目だ。
そして彼女の着ている服は制服だ。
そしてそんな彼女は私服組の中心にいた。
彼女は何故か中等部から制服を着ているお嬢様なのだ。
しかしそんなお嬢様な彼女は周囲とは違っていた。
まずお嬢様の俺なり定義、一言で言えば箱入り娘だ。
ただのお金持ちでは無い。代々続く家柄、家系を辿れば昔の財閥やらお殿様、お武家様、中には海外の王家にまでたどり着く者もいる。
そしてそれは勿論現在に続き、父親が有名企業の社長、財団法人の理事、さらには現職の国会議員や外交官なんて者もいたりする。
当然ながら彼女達は大事に育てられ、安全の為にと家と学校の往復は車で送迎、一人では中々出歩けない。
ボディーガードを伴わなければ買い物にも行けない輩もいる。
そんな箱入り女子も当たり前だが恋もすれば恋愛もする。
勿論相手は俺みたいな一般人とは違う箱入り男子共。
少し話が逸れるがこんな話を聞いた事は無いだろうか?。
AVでエッチの仕方を覚えた奴が始めてエッチをする時、AVで見た様な事をしてしまう……詳しくは言えないが、そういう事らしいと言っておく。
つまりはどういう事かと言うと、箱入り娘と箱入り男子の恋愛は、一般人のそれとは違っている。
経験と知識が足りない輩の恋愛程恐ろしい物はない。
俺はこの3年の間でそれを知った。
そして学校に入学し色々と知識を身につけ、自身と相手の異常さに気付いたお嬢様達はある人物に相談を持ちかける様になった。
お嬢様の良心、経験豊富なアドバイザー。
それが秋風美冬その人だった。
俺は彼女がいるが為に、この学校に残り続けたのだ。
秋風は中学入学時はその辺にいるお嬢様と同じだと思っていた。
しかし、中身は全く違っていた。
噂では小学生の頃から既に大学生と付き合っていたとか……。
現在は某有名ユーチーバーとイケメン青年実業家と二股交際している……とか。
そんな様々な恋愛を経て、彼女は学校内でお嬢様の恋愛を導く良心、恋愛マスターの地位に着いていた。
そして……俺はずっとその彼女を見ている、見続けている。
この学校に入学し、初めて彼女と同じクラスになり、その名前を聞いた。
なんか寒そうだなって、その時はそうとだけ思った。
当時から可愛いさで周囲から浮くほどだった彼女、そして、そんな彼女は思春期に突入したお嬢様達からカリスマ扱いをされ始めた。
恋愛先駆者、経験豊富な秋風は異常な恋愛、彼氏やその親族、果ては自分の家族から異常な要求をされた彼女達に、普通の恋愛とは何か? そして一般的な恋愛とは何か? と、中等部の時にアドバイスを始めたのだ。
その彼女のアドバイスによってお嬢様達は変化を遂げて行った。
俺はそんな彼女を当時からなんとなく遠巻きに見ていた。
それから、偶然なのか運命なのか俺と彼女はずっと同じクラスになる。
しかし俺と彼女の差はお嬢様と一般人のそれ以上に離されてしまう。
成長と共に周囲のお嬢様達の変化を上回るスピードでどんどんと経験を積んでいく彼女、それに比べて俺は……誰とも付き合う事なくただただ時間を過ごしてしまう。
そして高校1年……俺と彼女の差は天と地くらい離れてしまった。
もう今さら……彼女と俺が……なんて……夢のまた夢、あり得ないくらいに開いてしまう。
地位も名誉お金もそして経験も無い俺と彼女が付き合うなんて天地がひっくり返ってもあり得ない程になってしまった。。
そんな事わかっている筈なのに、そんな事中等部入学した時から理解していた筈なのに、何故かそう考えてしまう。
そしてその度に俺は落ち込んでしまう。
そう、そうなのだ……俺はずっと前から彼女の事を意識していた。
何度も彼女に話し掛けるタイミング伺っていた。
俺が彼女に対して意識している事に気が付いた時、既に彼女には……彼氏がいた。
そして、途切れる事のない彼女の恋愛事情。
俺はそのまま、うじうじとずっと彼女を意識し続けていた。
話し掛ける勇気も無い、ましてや彼女とお友達になる事さえあり得ないのに、俺はそれでも制服組の女子や他校の女子と交流する事なく過ごしてしまった。
そしてそのせいで、彼女は俺の全く手の届かない人、付き合う可能性は恐らく、宝くじが当たる可能性よりも、いや、人間が壁を通り抜けるトンネル効果よりも低くになってしまった。
でも……それでもこうして近くから彼女を眺め、こうして彼女の恋愛話に耳をたて聞く事が俺にとって幸せだった。
彼女が幸せなら……それでいいって……そう思っていた。
俺は彼女と一緒にいられるこの時で充分幸せだって、こうして近くで遠い彼女を眺めているだけで、俺の青春は俺の高校生活はそれでいいって……そう思っていた。