第9部分 共存
第9部分 共存
「うん、もういいよ、わかった… ホントはね、アタシもそんな気がしてたの。ムカシトカゲのことなんか、たしかにそこまで興味無かったし、あんなに喋れるワケがない。じつはね自分でもビックリしたんだ、さっき」
「そうだろね… アタシね、さっきカナタと喋ってる気がしたくらいだから」
「いきなり「第3の眼」とか自分の口が動くんだから… アタシの中でカナタが居るってことかなぁ」
「…だな。あ、これはわざと、だよ、ふふふ… セイラはセイラとして生きてるけど、カナタもそこに居るってことだよ、きっと」
「ねぇママ、お水飲ませて… しゃべりすぎたかな、ノド乾いちゃった」
そう訴えるセイラの瞳はプルプルと揺れている。
「うふふ… よくしゃべったわね… はい、どうぞ、ゆっくりね、むせるから」
ミナミは水差しの吸い口をセイラに含ませた
ふぅ… ゴクリと飲み込んだあと、思わず大きな呼気が出た。
「美味しい… いいわ、カナタなら。大好きなカナタだから… ずっと一緒に居られるんだから」
「そうね、まずは様子を見ましょ。まだまだセイラも普段のセイラには戻ってないわ、きっと」
「うん… わかった。ねぇ、ママ」
「どうしたの?」
「あのね、アタシもう泣かない。もう大丈夫、寂しくないよ」
「あらあら、こないだも聞いたわ、そのセリフ… 泣きながら言ってた」
「今度はホントの本物だよ」
「はいはい、あら、本当だわ、きっと。アタシもそんな気がする。なんかオーラみたいなのが変わってるみたい」
「ママもそう思う? アタシもなんかパワーを感じるの」
「じゃそれも様子を見ましょう、ね、セイラ… ああ、そろそろ清拭の時間だわ。身もココロもさっぱりすると良いわ」
「うん、ありがとうママ。ナースさんにも見てもらおうっと… アタシの表情を」
ところで… ミナミとセイラが議論していた「第3の眼」などというものについては、余程の生き物好きか、オカルト好きの方しか聞いたことがないかもしれない。
ちょっと趣きは異なるが、類似でもっと有名なものが「幽遊〇書」に出て来る飛影なるキャラが持つ「邪眼」だろうか。
「邪眼」は見えないはずの遠くの景色を脳裏に写したりする作用を持つばかりではなく、飛影の妖力を増幅したり相手を委縮させ麻痺させたりする作用を持つらしい。
オカルト関係では… Dizneyのクマさんが独裁するボウカン国がかつて侵攻し、鉄道まで引いて現在絶賛民族浄化進行中の内陸部の国だったところ… 昔から彼のヒヤラマ国を挙げて信仰していた「ダラマ教」に詳しい人なら、すでに「あれか」と肯いているはずだ。
かつてのヒヤラマ国のダラマ教では教祖様の「生まれ変わり」を信仰し、教祖様が亡くなると同じクセや特徴、記憶や言動をたよりに何年もかけてその生まれ変わりを国中で捜したという。まさか五体倒地しながらではあるまいが…
こうしてめでたく「生まれ変わり」が見つかると、幾つかの宗教的な秘密の儀式が行われ、最後に「第3の眼」の開眼に儀式が行われたのだという。もっとも「第3の眼」など有りはしないので、額に穴を開ける宗教的な儀式を行い、開けた穴には秘薬や香草などを詰めたのだとか…
こうした儀式と修業を経ると、遠くの地で起きていることが眼前に見えたり、相手の意識や考えが読めたりする「第3の眼」の能力が開眼すると信じられていた。いったい今はどうなっているのだろうか… 非常に気になっているものの、なんせ情報と立ち入りの統制が厳しすぎて皆目見当がつかない。
そしてムカシトカゲ…
この生き物の「第3の眼」は伊達ではなく、本当に存在している。
まずムカシトカゲという生き物はスフェノドンとも呼ばれ、現在ではニュージーランドの限られた離島だけに分布している爬虫類である。昆虫を主食に体長は最大で80cmくらいまで成長するが、成長も呼吸も新陳代謝もごくゆっくりで、成体になるのに10年以上かかり、産卵も4年に1度程度とされている。分類としてはムカシトカゲ目だが、一般のトカゲの仲間…つまりヘビやヤモリ、カメレオン、イグアナ、オオトカゲ等の有鱗目のことだが、そういう仲間とは別物だ、というくらい類縁関係が遠く、背骨の骨格など爬虫類というよりは魚類や両生類に近いくらいなのだとか…
早い話が、単なるトカゲではない、ということだ。
このムカシトカゲが幼体のときには「頭頂眼」とも呼ばれる「第三の目」を持っている。ちゃんと目と目の間の頭骨のてっぺん近くに小さな穴に目の構造があるのだが、成体になると鱗で隠されてしまう。最新の説では「太陽の位置を測定する」ための特殊な感覚器官らしいが、これを「体内時計」を併せて使うと方向が判る… つまり決まった巣穴に帰ることができたりするワケだ。ちなみに「第3の眼」自体はさほど珍しいものではなく、魚類や両生類でもその存在は知られているし、実は人類にも骨の穴こそないものの、その痕跡が見られるのだ。
その昔ドイツ人ヘッケルは「個体発生は系統発生を繰り返す」と言ったとか… これは個体が発生して産まれてくるまでの間に、その種が辿ってきた進化の道筋を大急ぎでもう一度繰り返す、といった意味だ。ヘッケルの実験のスケッチにはフェイクが混じるとの評はあるが、このコトバ自体は名言だと思う。そのヘッケルのコトバを流用するならば、魚類や両生類が持っていた「第3の眼」をムカシトカゲやカナヘビ(トカゲの一種)が持っていても当たり前だし、人類が持っていてもおかしいことはない。ただし人類をはじめとする哺乳類は立派すぎるほどの頭蓋骨を持っているので「第3の眼」が開眼する穴など、産まれたては別として、成長につれてなくなってゆく。
だからこそヒマヤラ国に継承されてきたダラマ教ではわざわざ「開眼」の儀式をするのだろう。
ちなみに人類の「第3の眼」に相当する部分は、ちょうど眉間の位置から.頭の中に入った先にあるあたりで、そこには「松果体」と呼ばれるグリンピース大の赤色の器官があり、体内時計や概日リズムを制御していると考えられている。中にはこの部分を活性化することで “霊力が上がる” “覚醒する” “宇宙と繋がる”と喧伝している本もあるというが… はて、いかがなものだろう。
ただ… 今思い出していただきたい… セイラがケガをしたところはどこか、ということを…
セイラの場合、セイラ自身の松果体に加えてカナタの松果体がそこに混じってサラドンがそれらを癒着させており、さらに頭蓋骨に第3の眼の眼窩ともいうべき窓が開いている。二つ揃うことでさえ奇跡的な確率でしか有り得ないことなのに、セイラの場合は 「自身の松果体+カナタの松果体+サラドン+頭蓋骨の額の穴」という4つの条件がそろってしまっていた。
今後のセイラに何が起き、何を越えて、何を成し遂げていくのだろうか。
おっと… その前に「松果体」の生理学的意味を浚っておくことにしよう。