第7部分 復活
第7部分 復活
このあと《しれとこ》は現地で応急修理をおこなうことになるが、どう考えても三ヶ月以上は掛かるように思われた。やがて日本に回航されてから本格的な修理を施されることになるのだろう。だから来年の11月に日本を発つのは日程的に相当タイトだろうと思われた。
修理に必要無い船員や隊員のうち、無傷または軽傷の者は飛行機で帰国することになった。雷撃の犠牲者の遺体は冷凍して空輸で日本に送ることにした。海に落ちたり雲散霧消したヒトの場合は、気の毒だがどうしようもない。
南戸家の場合はやや複雑だった。
3日ほど滞在したあと、ばぁばとススメとアンナはカナタの遺体と共に先に飛行機で帰国し、ミナミはセイラに付き添ってしばらくフリーマントルに残ることになった。
まだセイラを動かすには明らかに時期尚早だったからである。ススメも残りたかったが、かといって公務を疎かにすることもできなかった。それでもススメが帰国するという当日になってようやくセイラが意識を取り戻したのであった。
「ママ… ま、ま…」
「は、はい… あ、セイラ、セイラ あああああ」
「ま… まま おは… よ」
「せぃ… 」
ミナミはセイラを見ながら涙を止めることができなかった。
「セイラっ、おは… ああああ~ん よかったぁ~」
どころか、号泣が始まってしまった。
「ま、ママ… ありがとう… ダイジョウブ… だよ、まま」
セイラの自発呼吸は雷撃直後からは死体と間違えられるほど弱弱しかったが、今では相当力強いものになっていた。しかし栄養はまだ点滴で入れているし、導尿も行われており周囲にはまだまだ幾つもの電源コードやチューブが残っていた。
ようやく呼吸が正常に戻ったミナミがセイラに話し掛けた
「セイラ…良かった… ねぇパパやアンナのこと覚えてる? ここがどこかわかる?」
「う… ん、覚えてるよ。ここはわからない。日本かオー… ストら」
「そうよ、ここはフリーマントル」
「ねぇ、カナタは?」
「あ、ああカナタはね… カナタは別の病院でにゅ… 入院中だよ。ちょっと重症だから…」
「ふうん… 入院なの? いいの、きっと… きっと死んだ… んだよね、ママ」
「し、死… まさかでしょ。あの子悪運強いんだからダイジョウブヨ、心配しないで」
そう言いながらミナミの目には新たな大粒の液体がみるみる盛り上がって来る。
「ママ… いい、の… わかってるから、ホントのこと… 教えて」
とうとう堪え切れずにミナミが突っ伏してしまう。それをチラッと見てセイラが目を閉じる。その眼から一筋、二筋… 涙が零れ落ちて川のように液体の道ができ、耳の後ろを濡らしてゆく。
しばらくすすり泣きの音だけが響いたあとでセイラが静かに語り出す。
「ママ… カナタがアタシにね、もう行かなきゃっ… て言ったの。カ… カナタがアタシを置いていけるはずがないのにね… そ… も、もうこの世にはいられないんだって… そう言ったんだ」
ミナミは言葉を返すことができなかった。
「だから行ったのはね、あの… あの世なんだってわかったの」
ミナミはセイラの腕を掴み、涙が溢れて見えない目でセイラを懸命に見つめている。
「あたしは… アタシは大丈夫… カナタと… カナタと約束したから。強くね、強く生きるって… カナタの分まで。アタシもさびし… 寂しくて悲しくて… でも、でももう泣かない」
そう言いながらも涙には止まる気配がない。むしろ勢いを増しているようだ。
数分の間母娘はただただすすり泣きのルフランの中にいた。
やがてミナミがそっと告げた。
「セイラ… うそついててゴメンね。セイラの言うとおりだよ」
「ママ… いいの。セイラのことを気遣ってくれたんでしょ… わかってる」
「セイラ…」
「ママ… ママありがとう。あたしダイジョブだから… ダイジョブにするから…」
「セイラ…」
しばし泣いたあと、ミナミが不思議そうにこう言った。
「ねぇセイラ… セイラがなんか… なんて言うのかな、大人になったみたいだね」
「うふふ… セイラはセイラだよ」
「ああそうだ、この際ちゃんと話しておくね。ちょっとびっくりな話だけど落ち着いて聞いてね。体力使わせたくないから、セイラはね、今は聞くだけね、わかった?」
「うん」
「そうね、どこから話そうかな… 魚雷が当たったのは覚えてる?」
「うん… 私の上で…カ… カナタが庇ってくれたの。でも… そこまで」
「カナタがあなたの上に被さって、いろいろ落ちたり飛んでくるのを身体を張って庇ったの。だから背中側がすごい傷跡だったよ、ほら」
ミナミはスマホの写真を4枚ほど見せた。その中には左足をほとんど両断した鉄片の写真も混じっていた。セイラはそれらを虚脱した表情で眺めている。
やがて思い出したように
「カナタ… あ…がと… 」
と小さく言って、目頭から溢れた涙を拭いた。しかし拭いても拭いてもあとからあとから途切れることなく、全くの徒労のようだった。
「いいの… 思い切り泣きな、セイラ… ママもね、ホントは、な、泣きたいんだ…」
「ママ…」
しばらくは不規則な呼吸とすすり上げる声だけが部屋に充満していた。やがてそれは号泣に代わり… 2人が泣き疲れて眠るまで続いた。
ふとセイラが目覚めると、ミナミはまだ隣に座っていてくれた。二人はお互いを見て、自分もこんなふうに泣きはらした瞳であることを悟り、なんとなくテレて笑ってしまった。
「ママ… おめめ真っ赤だよ」
「あんただっておでこに包帯巻いてるし… 若返ったおいわさんみたい」
「あはは、ひどい… それよりママ… 続きを話してくれない? 良かったら」
「いいわ… あれどこまで話したっけ」
「えっと、カナタの傷を見せてもらったとこ」
「じゃあね、カナタの頭の鉄パイプ見たでしょ」
「うん… ああやってカナタが身体を張ってくれなかったら、あれはアタシの頭を貫通したのね」
「そう… 実際2cmほど刺さってたから… でもここが肝腎なの」
「アタシがケガしたこと? 助けてもらったこと?」
「どっちもだけど、3番目の理由があるの」
「3番目?」
「ええ… あのパイプの中にはね…」
「ねぇ、ママ早く」
「あ、うん、そうね… そう、カナタのタチャンがアナタの身体に入ったみたいなんだ。そうアンナが言ってた。セイラの中にはラチャンもタチャンも居るって」
「ええ、あれだけ血も混じったてたら何匹かはアタシの身体に入るわ。きっと」
「実はね、カナタもセイラも死んだと思われててね…」
「あら… アタシも? うふふふ」
「あら、笑う余裕が出てきたみたいね。そう、セイラもよ。パイプがあんなふうに刺さってたら、そりゃそうでしょ」
「そうね、諦めるよ、アタシも」
「あのまま甲板に何時間も転がされてたからね4~5時間位経って、ようやくセイラに点滴してくれたの。でも危険すぎてパイプは取れなかったわ、もうごちゃごちゃでいつ沈むかわかんないし…」
「ええ、わかるわ」
「結局港に入るまで10時間位抱き合ってたから、その間にラチャンがタチャンを呼んだらしくてね」
「じゃあアタシの身体にはラチャンとタチャンが居るのね」
「ええ、たぶんね」
「もともと… けっこう交換しあってたのよ」
「ああ、そういうものなのね」
「うん。アタシが面倒みる。…っていうか、このケガでもサラドンがいっぱい助けてくれたからアタシ今生きてるんだよね」
「たぶんね、カナタとサラドンに感謝だね」
「ええ…」
「さあ、もう一度寝なさい。思ったより時間かかったし、疲れたでしょ」
「ううん… でも寝るわ。みんなに助けてもらった命だから… 大切に生きるから」
「そうね… 偉いわセイラ」
「ねぇママ… お願いが…」
「いいわよ、はいはい」
ミナミはセイラの左手を握った。
「あ、ありがとう。よく解ったね」
「そりゃ…あんたね、何年セイラのママやってると思ってるの?」
「あ、13年、だね… うふふふふ 参りました」
「ほら、寝る寝る」
「大好き、ママ」
「セイラ、ありがと」
「ことん…」
まるでスイッチが切れたかのようにセイラが眠りに就いた。ミナミはセイラの手を握りながらセイラの顔を見詰めている。またみるみるうちに目頭から涙が溢れてきた。
ようやく泣き止むと片手でスマホを器用に操作して、空港にいるはずのススメに電話を掛け始めた。
「あ、ススメ… あのね、セイラがね、安心して… けっこうしっかり話せるようになったから… うん、うん。それにね、手の感覚もちゃんと戻ってきたみたい… うん、良かったよ、ほんと
ススメはどう? うんそうなの、良かった、安心した。じゃあばぁばとアンナは?
そうね、アンナはちょっと心配だね… それと… カナ… カナタのお葬式は待っててね、打ち合わせどおりに。うんセイラが… そうよ、お願いね。アタシだってカナタと… うううう… わかった。じゃあね、お願いね… また掛けるから うん、ありがと。日本に着いたら電話ちょうだい… うん、うん、じゃまたね。気を付けてね」