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ミナミヘ セイラ ~第3の眼の覚醒~  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第6部分 被害

第6部分 被害


 《しれとこ》の損害とその後の顛末てんまつを簡単に紹介しておこう。


 まず発射されたのは旧式も旧式、直径53cmの短魚雷だった。いまどきどの国の軍隊だってこんな魚雷使ってねえぇよ、と言うようなシロモノで、むしろ博物館にいかないと見られないだろう。そういうレトロ兵器の博物館があれば、だが…

 おっと、謎に包まれたあのおそらくテロ首領ドンの支配する地域を除いては…

 

 要するに第二次世界大戦(太平洋戦争)時代と大差ないものが使われたのだ。当時の魚雷は実際に艦底に命中しないと爆発しない信管が使われていた。今回放たれた魚雷は推定4発だが、1発は艦首側に大きく外れ、1発は艦底をくぐってしまったようだった。そして1発は《しれとこ》の左舷を泳いでいた巨大なクジラに命中し、爆発の勢いは大きく削がれつつも「至近弾」のような効果をもたらした。最後の1発が(しれとこ)の左舷中央部に命中して艦底をえぐったのだった。


 《しれとこ》の鑑底はラミングのために計画当初から硬く厚く作ってあり、また船体は二重底を採用していたために、一枚の鑑底はぶち破られても二枚目の鑑底の損傷は「プチ」で浸水が少なかったこと、そして船体の強度が高かったために水圧と、水圧で圧縮された爆風バブルジェットによる強力な「揺れ」にも船体が折損せず、かろうじて沈没をまぬがれたのだった。

 

 《しれとこ》は二重底とはいえ、船体中央部に大穴が開き、マストは折れ、ディーゼルエンジン4基のうちの2基が動かなくなった。また発電機2基のうちの1基とポッド型推進器1基が吹き飛ばされ、スクリュー推進軸は曲がって回転しなくなっていた。自力で動くとしたら残りのポッド型推進器1基が頼りだが、これとオーストラリア海軍に曳航してもらうことで微速ながら移動を始めることができた。他にも艦橋をはじめとする上部構造物や船室、資材庫、食糧庫、冷凍庫や一部の機関室などが原型をとどめないくらいに破壊されていた。


 人員の被害も凄まじい。元々日本からは乗組員80名、観測隊と代表団80名の合計160名を乗せて南極にやってきていたが、このうち南極で命を落としたのは鷺坂代表と赤坂隊員。帰路はさらに某国代表団7人、敵性の怪我人ビート、ラミー、ルイを合わせた10人を「人間として」フリーマントルまで便乗させている。ほかに某国のパラシュート降下兵4人、墜落したヘリから見つかった2人、そしてカナタを狙撃した1人と鷺坂代表と赤坂隊員を「亡骸なきがらとして」冷凍庫に安置してあった。

つまり人間は168名、御遺体9はしらが乗船していたことになる。


 しかしあの雷撃によって乗員と観測隊合わせて158名のうちカナタを含めて30名が死亡、セイラを含めて48名が負傷した。某国人10名のうち8名が死亡したのは、魚雷が命中したのが隔離軟禁していた船室付近だったからだろう。生き残りはたまたまトイレに行っていて難を逃れたピルクとベッドに挟まれて大怪我を負ったビートだけだった。ピルクはサラドンに感染しているし、今後の行動制御のためにビート、ラミー、ルイにも感染するように食事を通じて接触させているところだった。


 そして冷凍庫の御遺体は… 例外も跡形も無く吹き飛んでいた。皮肉なことに日本にとってはサラドンに感染した人間の処置の手間が大部減ったことになるだろう。つまり、南戸家のばぁば、セイラ、アンナ、ピルク、ピートの5人に限られたワケだ。しかし某国を告発するための証拠と証人が激減した打撃は大きかった。これでは某国の言い逃れを許してしまう結果になりかねない。某国の思惑はある意味では達成されたワケである。《しれとこ》には雷撃の舞台裏を知っている者は誰もいないからだ。しかも遺体中のサラドンが回収しようのない海原に放たれてしまったことは、もう絶対に取返しがつかない事態だった。もうただひたすらに「知らぬ存ぜぬ」を通していくか、どこかの時点で公表して遺憾砲をぶっ放すしか道は無かった。


 

 不幸中の幸いというのは語弊があるが、結果として巨大な鯨がまるで身代わりのように《しれとこ》の盾になってくれたおかげで、それでもこれだけの被害で済んだとも言える。あの鯨がいなければ《しれとこ》は船の半ばから船尾にかけて巨大な亀裂が生じ、浮力を確保できずにオーストラリア南海域が墓所になったことは確実だった。沈没すればいかに救援隊が近くにいてもおそらく100人以上の犠牲者を出したに違いない。


 《しれとこ》の曳航が始まってから約2時間後に変事があった。《しれとこ》から西に約15km離れた海域で突如巨大な水柱が上がったのである。近くには「国籍不明」の潜水艦らしきものがいて、オーストラリア海軍の哨戒機が追跡を続けていた。有体ありていに言えば某国の原子力潜水艦である。


 人間のひとりひとりを識別できる手段として有名なのが指紋、てのひらの静脈の形、声紋(声の周波数や波形の特徴)、眼球の血管などがあるのは御存知であると思う。同じように見える船でも潜水艦でも、機関やスクリューの作動音は1艦ごとに固有の特徴、すなわち「音紋」があるため、〇〇国の〇○型の〇番艦ということが識別できるのだ。世界の超大国は自国の潜水艦に他国潜水艦の音紋データを収集させており、そのデータベースで照合すればその音紋はどこの国の何という潜水艦なのかが立ちどころにわかるシステムを運用している。


 この某国最新鋭の原子力潜水艦は一度だけ

『ピッキーン』

という音が出るアクティブソナーで相手の潜む場所を特定した後に魚雷を発射したのである。この間約20秒…


 それから30秒ほどあとには突如海面が盛り上がり、巨大な水柱がそびえ立ったかと見る間に崩れ落ちた。ぶくぶくと泡立つ海面にはやがて重油と思われる油と紙やプラスティックなどが混じるようになり、潜水艦が撃沈されたことを裏付けていた。さらにその約2分後にはオーストラリア海軍のパッシブソナーの担当者が圧壊音を捉えたという。圧壊音とは、多少の防水区画が残った潜水艦が深海に落ちていく時、防水区画が水圧に負けてグシャッと潰される音である。


 これで《しれとこ》を雷撃した不埒ふらちな潜水艦は撃沈されたことになったが、逆にどこの誰が撃沈を命じたのかを示す直接的な証拠が失われてしまったことになる。1000mを超す深海からこの潜水艦を捜して引き上げることなど現代の技術を以ってしても不可能である。


 喫水を深く沈めた《しれとこ》は対潜ヘリに守られ、曳航船に曳かれてゆっくりとフリーマントルの港に入ってゆく。船上にはところどころにまだ煙がくすぶり、鉄骨がねじれ、配線のハーネスや無線のアンテナが乱雑にあちこちに垂れ下がったままだった。ところどころには腕や足の一部がのぞき、煙ですすけた部分や赤黒く変色した血液が固まった部分、それを引きずった足跡などがそこかしこに見え、新鋭艦の船首と透明に近い海水との好対照を為していた。


 そして船尾に近い甲板上には、ブルーシートがかけられていた。その下には鉄パイプに串刺しにされながらも互いに抱き合うカナタとセイラの身体がまだ残っていた。とりあえずセイラには臨時の処置として、生理食塩水にグルコースと感染予防のための抗生物質の点滴が行われていた。

 船尾近くには南戸家にススメとミナミがたたずみ、シート越しにひたすらに祈る姿が見られ、その姿は周囲の心を揺り動かした。

 ただ誰も口には出ししはしなかったが、誰もがもう子供二人はダメだろうと考えていた。


 奇跡なんてそう簡単にあるものじゃないんだから…



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