第4部分 挨拶(さよなら)
第4部分 挨拶
「カナタ…」
「良かったな、セイラ。でもひどいケガだから油断すんな… しっかり治すんだ」
「うんありがとう、カナタ… ねぇお願いがあるの」
「わかってる。ほらさっきからずっと手を繋いでいるよ」
「えっ? じゃあアタシの手の感覚がないのかな… なんでわかったの? やだ、なんか恥ずかしいじゃん」
「ふふ、甘えてくれるとさ、嬉しいんだよオレ… でもねセイラ、もう少しなんだ… 残念だけど」
「ん? どうして? どうしたのカナタ?」
「あのね… もうじき行かなくちゃいけないんだ、オレ」
「またそんな見栄張って… カナタがそんなに忙しいワケないでしょ… わかってるんだから」
「セイラ… 残念… 本当に残念だけどね…オレね、もう少ししかいられないんだよ、この世には」
「何言ってるの… えっ、この世って?」
「セイラ、アイシテル。ずっとずっとアイシテル。だからシアワセにね、セイラ…」
「あ、やだカナタ、カナタ… アタシを独りにしないで… カナタと一緒にいたいの。カナタもでしょ? アタシはカナタとこうしているの、ずっとずっと。だからね、カナタ、カナタ…」
「セイ…ラ アイシテ…」
「いやぁ カナぁっ!」
「ああぁ、気が付いたわ… セイラ、セイラ」
「あ… ま…ま… あ、あ…」
「まだよ、まだ話しちゃだめ。大丈夫よ…ダイジョブ、セイラ落ち着いて」
「kぁ… nぁ… tぁ… wぁ…」
「ああ、カ、カナタはね、カナタはも、もちろん大丈夫よ」
ミナミはさらに言葉を付け加えた。
「カナタは隣の部屋で寝てる…わ。さ、セイラもしっかり休みなさい。まず体力付けなくちゃ、ね」
あちこちの痛みに加えて額の激痛と違和感に混乱の極に達したセイラはそのまま再び眠り込んだ。
あれから… 《しれとこ》の被雷から実に三日が経っていた。
セイラの傍からそっと離れ、看病をばぁばとアンナに委ねたミナミは、ススメの隣に倒れ込み、彼の胸で号泣していた。
「うん、うん… 今はそう言っておくしかないよ… よく… よくがんばったね、ミナミ」
「ス…s」
ススメはミナミの肩を抱いて優しく撫で続けた。そう慰めるススメの頬にも涙が溢れ、すでに肩が濡れていた。
こんなところでちょっと気が引けるが、南戸一家の紹介をしておく必要があるだろう。
南戸 進:カナタとアンナの遺伝的な父である。対某国日本代表団の副団長
南戸 南波:セイラとアンナの遺伝的な母であり、サラドンの発見者でもある。
夫婦ともに3度目の南極観測隊の隊員である、今回は事情によって一家で参加している。
南戸 彼方:昆虫が大好きな中学1年生男子である。セイラより2か月早く誕生
南戸 星良:イモリ好きで観察日記を付けていたお茶目な中学1年生の美少女
南戸 行南:6歳。父はススメ、ハハはミナミ。年齢の割には度胸の良い女の子
ばぁば、椎原 青葉:ミナミの母。小・中の教員免許を持ち、兄妹の教育に当たる
ススメとミナミは前回の観測隊の活動の際に、今までの地球で知られていなかった新種生物サラドンを発見したのは良いが、意図的ではないにしても日本国内に持ち込み拡散させただけでなく、自身の一家に感染を広げてしまった負い目があった。加えてゴリ押しで知られる某国の南極でのゲンパツ計画が判明したこともあって、一家でそろって南極観測隊に参加し、某国のゲンパツ計画を破棄させるための交渉における日本代表団副代表としての地位と役目も追加されたのである。
幸いサラドンの助けを借りて南極での交渉は成功し、とりあえずの危機だけは脱したが、計画が挫折した某国の怒りは凄まじかった。
某国から見れば、新昭和基地を襲わせたもののなぜかロクな武器も持たないはずの日本に撃退され、日本の観測隊に潜入させていたスリーパーに代表団を暗殺させようとしてこれもなぜか失敗していた。今回はある意味戦争も覚悟して某国代表団を乗せた砕氷艦を襲撃させ、雷撃には成功したものの、あと一息のところで沈めることができなかったのである。
これはあとで諸記録を突き合わせてわかったことであるが…
《しれとこ》はオーストラリア海軍から近くに潜水艦が潜んでいるとの警告を受け、直ちに雷撃を避けるための海軍用語で謂う「之の字運動」、いわゆるジグザグ運動を始めたばかりであった。カナタとセイラが見た面舵は最初のジグザクを描き始めた航跡だったのである。
あと30秒… いやせめてあと10秒でも早ければ…
南戸家だけでなく関係者みんなが悔し涙を流し、改めて「見えない敵」への復讐を誓いあったのだった。