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ミナミヘ セイラ ~第3の眼の覚醒~  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第26部分 撃墜

第26部分 撃墜



首都東京で公安が動き始めた。そして内閣調査室や自衛隊の非制服組、通称ヤマも活動が活発化していた。とはいえ士気は必ずしも高くはない。このクルマは某国大使館近くの駐車場から出てきたピックアップトラックを追って、まもなく羽田空港という場所にいる。おそらく空港至近の立体駐車場に向かっているのではないか。


「まさか、とは思いますがね」

「なんか、専用機の外務省の誰かが騒いだらしいぞ」

「ミサイル発射の恐れがあるとか、なんとか… ですか」

「おおかたそんなとこだろ。そしてあのクルマには3人乗っている。だがここは日本だ」

「さすがに… ないですよね」

「まあまあ、結果は出てみないとわからんもんさ。なんたって相手は外基地ガイキチだ」

上司は頭の横で左手をくるくると振って見せる。


「まあ、そうですが…」

「ただし、だからといって任務失敗は許されんぞ。舐めて油断して隙を作ったことになる… あの元首相の暗殺の…銃撃事件を覚えているよな」

「は、はい、モチロンですよ」

「あのあと警備担当は何度か自殺しかかったらしい… 報道はされてないけどな」

「肩身が狭いどころか、形見の品を考えるしかないですね」

「こうして動員がかかった以上、失敗は許されんぞ。少なくとも俺たちの部署ではな」

「は、はい。しかし、なんて日だ… 運が悪いですよ、それが今日なんて」

「そういえば… 沢田よ、明後日結婚式だったな、おめでとう、だな」

「ありがとうございます。でも、ええ、それが?」

「しかしそれはそれ、生き残ったときのはなしだ。今日は気合を入れ直して隙をつくるなよ」


「もちろんです、はい。ですがやめてくださいよ、アニメじゃそういうのって死亡フラグって言うんですよ」

「死亡フラグ? フラグは旗ってことかな」

「ええ、そうなんです、言った方か、言われた方かが…」

「はは、ついでに今日死ぬ覚悟を今のうちにしておくことだ。俺たちの仕事はそういう仕事なんだ」

「死ぬ、ですか? そこまで… 正直死にたくないですよ。でもどうでしょうね…急に、ああ、どうだなんだろう。水野先輩はどうなんですか」


「お前は正直だな。無駄にカッコつけないとこが正直で良い。俺だって実際どうなのか、そんときになんなきゃわからんことさ… 俺だってな、来月にゃ爺ちゃんになるんだ… 死ねないよ」

「ほ、お孫さんが… そりゃ楽しみですね」

「ああ、なのにあのバカどもが変な気起こしやがって… お、奴ら空港丸見えの立駐に入って行ったったぜ。見張りがいるかもしれん… 俺は身を伏せてるぞ」

「了解です… 先輩、でもその恰好であのクルマが見えますか?」

「いや、前はお前の責任で見張れ。俺はバックモニターでこのクルマの後ろを見張る、念のためだ」


『ヘイ、CR、カッパーレッド(呼出符号)!』

「了解… ですが、無線が  あ、こちらカッパーレッド、オーバー」

『もう空港近くだな』

「対象はエアポート第3駐車場の入り口を入りました、上に行きます。我々も追尾します」

『ラジャー見失うな。ただな、CRが出てから3分ほど後に西に、もう一台マルタイが出たぞ。尾行警戒かと思ったが、そいつは西に向かったわ。CRに尾行はないだろうが、用心を怠るな』

「ラジャー、ありがとうございます」


「どういう意味かな」

「もう一台か、変ですね  あ、停まりました。空港側の5階ですよ」

「おい…、バカ減速する奴があるか、行きすぎろ、ジロジロ見るなよ」

「あ、はい失礼しました」

「こんなときこそ基礎基本が大事なんだ。俺が伏せている意味もわかってるんだろな」


務めてさりげなく対象のクルマの前を通り過ぎてみた。しかしピックアップトラックの窓はスモークで覆われ、ほとんど見えない。

クルマは上の階に行きかけて停まり、ドアがすっと開いて水野が中腰でクルマから降りた。例のクルマの死角から行動を見張るつもりなのだ。

沢田は乗車したまま待機し、水野からの無線があれば間髪を入れずに上の階から拳銃を持って現れ、奴らを制圧または追跡するつもりなのだ。


「ヤマがさ、張り付いたってさ」

こちらは別のクルマのなかの会話である。

「ふっ、つまらん。まあここは華を持たせておくか。それでも逃がさんように1階の道路だけは押さえていてやるか」

「あれ先輩、今日は妙に優しいですな」

「優しい? だってヤマの奴らはどうせドジ踏むだろ。すかさず俺たちの出番さだからさ」

「あ、ばか… あっちの彼方をみてくださいよ。サツのバカどもは、なんとポリカーでご出勤ですぜ」

「救いきれんな」

「ファンファン鳴らさんだけまだマシというところかな」

「まあ良い。やがてヤマに追われて逃げてくる犯人を俺たちが上げれば良いだけの話だ。さ、ここで待機しておこう」

「はい… しかし惜しいですね」

「なにが?」

「なにがって… やつらが通報どおりに地対空ミサイルをぶっ放せるか、ですよ」

「それが?」

「こんなに近くにいて自分の手で犯人確保ができないなんて」

「バカ、こういう展開になったなら、あとはもうヤマに任せるしかない。それにぶっ放されたら最後、何百人かが死ぬんだぜ。見ようが見まいが俺たちも腹を切らにゃあな」

「やっぱそうなっちゃいます?」

「不可避だな、うん」



例のピックアップトラックは空港が丸見えになる側に後ろ向き駐車で車庫入れした。無論後ろ側が少し間を開けてある

「おい、いよいよだな」

「兄貴、じゃこのクルマはアレを下ろしたらいったん上に行ってもう一度ここに戻るんですね」

「何回言えばわかるんだ、この野郎」

「しかし、それじゃ…」

「いいか、みんなが飛行機に注目してる隙に、さっさとトンずらだ、ぐずぐずすんじゃねえぞ」

「しかしこのクルマはこのビルの防犯カメラにばっちり写ってませんか」

「い、いやなに、そいつは計算ずくだぜ。そこに気付いたおめえもなかなかやるじゃねえか。」

「計算?」

「おう、実は最後まで言っちゃあならねえと言われてたんだがな、ここの2階に逃走用のクルマがちゃんとおいてあるんだよ。このクルマはどうせ盗難車だしな、これで2階まで降りたら、そいつに乗り換えて悠々ズラトンさ」

「さすがです、兄貴」

「5階だ、さあ、行くぜ… お、見晴らしも最高、ミサイル日和だぜ。まずミサイルを下ろせ」

「はい」


「お、おい、ちょい待ちだ。車が来たぞ。そのまま動くな」

水野と沢田が乗ったクルマが、彼らのすぐ前を通り過ぎたが、水野はすでに姿勢低く伏せていたため、運転手だけが乗っているように見えた。そしてクルマは奥の壁際で右折して見えなくなった。


「よし計画発動だ。いいか、訓練通りにやれよ。せーの ♪新宿は豪雨 あなたどこへやら」

実はこの作戦、椎名林檎の「群青日和」を謳いながら支度すると、ちょうどミサイルの組み立て発射準備が完了できるような訓練を施してあるのだ。二人は慣れた手つきでスティンガーミサイルの発射準備を進めつつ、他のクルマの陰に機材を隠してゆく。そしていよいよバッテリーパックを装着、あとは政府専用機の登場を待つばかりである。ピックアップトラックの運転手は目で合図を送ると再び走り出し、奥の壁際で右折した。残った二人はいかにものんびりと外の景色を楽しむかのような素振りで政府専用機の登場を待つ姿勢になった。無論懐には邪魔者撃退用の拳銃を吞んでいる


ところが… ピックアップトラックは先ほどの話とは異なる行動を見せた。まずたまたまの行きづりを装う水野を後ろからサイレンサー付きの銃で狙撃して即死せしめたあと、6階を素通りして、そのまま2階まで降りて再び停車し、車庫入れしたのである。ここで先ほどは下ろさなかった荷物を引き出したのだ。それは取っ手のついた黒いビニール袋の包みだった。ここではるか上空を見上げるとタイミングよくボーイング777-300ERらしき機体が降下してくるのが見えた。まだ遠すぎてはっきりとはしないが、この機体が政府専用機であるに違いあるまい。

なおも見つめていると、5階と思しきあたりからスティンガーの発射音が響いた。

「ふっ、ごくろうさん。地獄で頑張れ、な」

誰にも聞こえぬささやきを漏らすと、クルマの中のなにかのスイッチを押し、黒いビニール袋の包みを剥いで片手で持ち上げて階段を小走りに地下まで下りた。


とんでもない轟音を共に「エアポート第3駐車場」が滅茶滅茶に崩れ落ちたのは、それから正確に90秒経過したあとであった。



シートベルト着用の合図が「ポーン」と機内に響いた。

そのときセイラが

「待って待って待って!」

と絶叫したのである。そして飛行機の扉まで走り、そこに手を掛けて言った。


屈強のCAがやってきた。

「お嬢さん、どうしたのですか? そこに手を掛けてはいけません。そこから離れてください」

「やだ、あたしのお願いを聞いて、この飛行機、墜とされちゃうよ」

「ダイジョウブですよ。もうダイバートしてるし、心配ないです」

「だから、副島さんを呼んで、お願い。いま事情が変わったのよ」

「わかりました。わかりましたからそこから手を離してください」

副島が駆けつけてきた。

「セイラさん、どうしたっていうんですか?」

「この飛行機、まだ狙われてるんです」

「…」

「本当なんです、証拠はないけど…」


「やはり、ミサイル、かな?」

「たぶん…」

「しかし… それだと… 防ぎようがないなぁ。これ旅客機だから…」

「いえ、あります」

「えっ?」

「私の頭の中で、誰か男の人の声がするんです。チャフだ…チャフだ、チャフだって」


そこに割って入ったのはミナミである。

「チャフって花火みたいなあれですよね、自衛隊の戦闘機なら持ってますよね、絶対」

「そうか、じゃあ自衛隊の戦闘機を何機か付き添わせて着陸すれば良いか」

「お願いします。スクランブルって24時間即時待機ですよね」

「そうそう、ロシアとか中国とかしょっちゅうおいでになるんでね… まったくこっちも」


どたばたと駆け込んできたおじさんが叫ぶように話し始めた。

「あ、副島副大臣! ここに居ましたか。大変なことになりました」

「な、なんだ、どうした」

「は。羽田着陸の寸前に貨物機が墜落したそうです」

「なに?」

「ミサイルの目撃者もいるらしいです。あと地上でも爆発があったとか。しかしまだ確かなことは…」

「わかった、ごくろうだが、なお情報を集めてくれ、お願いしますよ」


「あ、君」

振り向きざまに副大臣がCAに呼びかけた。

「はい」

「どうやら非常事態らしい。この飛行機の着陸は当分見合わせだ。しばらく待機できる空域を周回してもらいたい… そうパイロットに伝えてくれないか」

「は、しかし… それは御命令ですか」

「ああ、私が全責任を取る。命令権は総理にあるが、この場の文民最上階級としての命令だ」

「イエッサー、伝えます」

「ああ、この場の雰囲気はわかるだろう。よろしく伝えてほしい。ああ、あとで話にいくともね」

「はい、必ず」

「頼んだよ」


さらに今度はみんなに訴えかけた。

「さあ、とりあえず落ち着きましょう。まずは席について、ベルトをいたしましょうか」


最後にセイラにむかって

「よく勇気を出して言ってくれたね、おじょうさん」

「お騒がせして、ごめんなさい」

「はは、みんなには今夜は美味しい夕ご飯を食べてほしいからね、家族で、ね」

「ふふ、信用してくれてありがとうございます。席に戻ります、あたし」



「エアポート第3駐車場」の約100m先に、いかにも轟音に驚いて振り向いたかのような原付ライダーの姿があった。

この原付は「モトコンポ」という名前で今から四十数年前に「シティ」という画期的なコンパクトカーを売り出した際に、「シティにも載せられるコンパクトな原付」として一緒に売り出されたものなのだ。もちろん手で持って運ぶことができ、いまでもマニアには人気が高いバイクなのである。

一旦地下に降りた後、道路の反対側に渡ったあたりで1度目の轟音を聞いたが、彼には何が起きたかの見当はついていた。慣れ切った動作でハンドルを組み付けてその原付を持ち、ヘルメットで顔を隠してから地上に出たのである。キックスタートでエンジンを掛け、ちょっと走ったところで2度目の爆音を聞いた。ここでミサイル発射の犯人と運搬車両が押しつぶされたことを確認するだけのことだ。

「よし、任務完了コンプリート!」

そうつぶやくと、時速30kmを守ってゆっくりと走り出した。


その後方には一条、そして右後方にもより大きな一条の煙と炎が舞い狂っていた。



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