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ミナミヘ セイラ ~第3の眼の覚醒~  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第25部分 ダイバート

第25部分 ダイバート



二人に成り代わって説明を試みよう。

もしも… もしもこの政府専用機が対空ミサイル等で撃墜されたとしよう。

某国から発射されたら、疑惑と責任は当然某国に向かう… あたりまえのことだ。


では、日本国の政府専用機が日本国の国土から発射されたミサイルによって日本上空で撃墜されたら…

もし真犯人が某国だとしても、国内の治安上の問題にすり替えてかわすことができる… 少なくとも本気で戦争に至る可能性は低くなるに違いない。

だからこそ二人は

「この飛行機が日本領空に入ってからが危ない」

と思い至ったのだ。



ミナミはつらつらと思い出しつつ状況を整理してみる。

「やば、危なかった、忘れるところだった」

セイラはスイッチが切れたように眠ってしまったが、ミナミにはやらなければいけないことがあることを思い出した。

「これ、副大臣に言わなくちゃ… だよね」



そう思ったまさにそのタイミングで、二人から離れたところで電話していた副大臣が携帯電話をポケットにしまい、こちらを振り向きざまに再び近づいてきた。


「再度ごめんなさい、マーズ。ちょっと相談したいことがありまして、ね」

「あら、忙しいんじゃないですか? でも私たちも相談したいことがあったんです。むしろちょうど良かったかしら、たぶん同じ話題だわ」


「たぶんそうですね… あれセイラさん寝てます?」

「いえ、構いません。国家の大事だいじですから」

「なるほど。じゃ私からですが南戸さん、防衛省の幹部はダイバートした方が良いとも言っているが、肝腎な外務省の連中はそんなみっともないことなどできるものかと言い返してきましてね」

「そりゃそうでしょう。みんな早く帰りたいでしょう」

「なかなか調整がつかなくてですね、すみません、ちょっと返事は保留です」

「でも、予定通りに運行すると、予定外の結果に… きっと家には棺桶で帰ることになりそうです」


「おや、なにやら確信ありげですが…」

「その… それが相談というかお願いなんです。状況をシロウトの二人で考えたんですが、羽田はヤバい気がするんですよ、やはり」

「いや、さすがに羽田はダイジョウブでしょ。日本の首都ですよ」

「そうですね。治安の良い日本の首都だからこそ危ないんです。そう思いませんか?」

「ほほう… どうしてですか?」

「まず大部分の人がミサイルなんてモノを実物として知らない。見たってわからないなら、たとえ堂々とクルマとかで持ち歩いても疑われないと思いませんか?」

「いやいや日本のその辺じゃ、ミサイルは手に入りませんよ」

「でも某国が大使館特権とか密輸とかですでに入手していたら?」

「なるほど、それはそうですが…」


「それにもしもですよ、もし対空ミサイルが日本国内で発射されたとしたら、警備上の責任はどこの国が負うと思いますか」

「それはニホ… あっ」

「ええ、少なくとも他所の国ではないですね」

「だから…」

副大臣はみるみるうちに真っ青になった。

「ええ…」

「ちょっとお待ちください… 電話してきます。まったく俺たちは平和ボケしてる」



さすがに彼もタダ者ではなかった。15分ほどして戻ってきた副島副大臣は落ち着き払ってこう言ったのである。

「ちょっと自分の直感を検証してみようかと思ったのです。私も命は惜しいですからね。悪いですが羽田着陸は私の一存で取りやめます。官邸にそう宣言して了解を取り付けました」

「え、でも… 良いんですか?」


副島は目を覚ましたらしいセイラをチラッと眺めてからこう言った。

「いえ、南戸さんには何の関係もありません。いいですね? 私はただ予定の変更をお知らせに来ただけですから」

そこにセイラの心労への思い遣りを見出して、ミナミは即答した。

「あ… はい。う、承りました。あの大丈夫ですよ、手柄とか功績とかそんなこと私たちには関係ありませんから… 無事に着ければ、他はどうだって良いんです」


それを聞いた副大臣はにこっと笑うと続けて言った。

「お二人は野球のルールってご存じですか」

「やきゅう? ああ、まあちょっとは、ですが」

「いや良いんです。3振だけ知っててくれれば…」

「ははは、そのくらいはダイジョウブです、さすがに」

「野球なら2ストライクまではしくじってもOKですよね。あとはファールで粘るとか…」

「そう… ですが、それが?」


「しかし飛行機事故ってのは1ストライクでアウトでしょ?」

「はは、そのとおりです。縁起でもないですが…」

「だから、ですよ。副大臣権限で官邸には計画変更を了承させました」

「そんな…」

「しかしね、おっしゃるとおり、日本国内だから実は危ないって判ってもらえたんです。もし某国近くでスティンガーが発射されれば非難されるのは某国です。しかし日本で発射されれば日本の国内問題になり、某国の責任は曖昧どころか不問に付されてしまう… ですよね。」

「そうですね。そしてセイラがミサイルのイメージを持った、ということは…」

「いえ、そこなんです。セイラさんはきっかけではありますが、決定要因ではありません。あくまでも私の意志を私の責任で貫くまでです。セイラさんは「しれとこ」まで撃沈しようとしたかもしれない某国の遣り口について私に思い出させるきっかけを作ってくれたのです。ありがとうございます、南戸さん… いやマーズ」

「ありがとうございます。でも… もし間違っていたら…」

初めてセイラが小さな声でつぶやいた。


「ははは、だから私の判断なんです。私も1ストライクでアウトになりたくないからですよ」

「あ、なるほど… 墜とされたら次の機会はない、と?」

「そのとおりです。無論国内でもあの国大使館周辺の監視を強化するように官邸を通じて公安や警察に手配をしてあります。お任せいただけますね」

「もちろんです。ご配慮に感謝いたします、サターン」


「そうそう、肝腎なことを忘れました。厚木にダイバート着陸の予定ですから、ね。厚木ですよ」

「あ、自衛隊の厚木ですか?」

「はい、海上自衛隊と米軍も使ってますよ。でもまだ御家族にも秘密ですよ、言うまでもなく。じつはこの飛行機の大部分もまだ知らないんで…」

「まあ… 」


「あの、こんな大きな飛行機で、滑走路は大丈夫なんですか?」

おずおずとセイラが訊くと、

「もう燃料はちょっとでペイロードも相当軽くなってきましたし、厚木あそこは幅45mで長さも2,438mほどあります。それにこの飛行機のパイロットもコパイもさんざん厚木で訓練したって聞きましたよ」

「あ、これは失礼しました」

ミナミがとっさに娘の非礼を詫びる。

「それにしても… 数字がスラスラでてきて驚きました」

「はは、これも仕事のうちですから… では失礼します」

「わざわざありがとうございました」

「もう少しですが無事着陸できるよう全力を尽くします、では…」


副大臣が去ってちょっと経ってからセイラがそっと口を開いた。

「ねぇ、前にカナタと勉強してたからだいたいわかったつもりだけどね、あのね、なんで厚木に潜水夫さん連れて行くの? これ飛行機でしょ?」

「潜水夫?」

数秒考えこんだミナミだったが、

「潜水士、ダイバー… ああ…」

顔をほころばせて、でも失笑しないように気を付けながら

「ああ、あれは英語だよ。飛行機の用語でね業界用語でね、ダイバート(divert)っていうのは最初の目的地以外の空港なんかに着陸することを言うの。今回の場合なら、羽田からダイバートして厚木基地に向かってるワケ。ちなみにペイロード(飛行総重量のうち、燃料およびヒトと荷物の重量)の意味はわかったと思うけど、コパイっていうのは副操縦士のことよ」

そんな解説を試みた。


「あのね、セイラね、この飛行機大きいから、軍用機の空港じゃ足りないかと思っちゃたんだ」

「ああ、いいのよ。誰もが慌てる緊急事態だからこそ、ちゃんと気が回ってるかどうか確認しておきたいもんね、あの様子なら大丈夫そうだわ」

「うん… そういえば輸送機とか結構大きいもんね」

「うふふふ… これが大きいってことはわかるけどね、どのくらいおっきいんだろ実際…」

何気なく返したミナミだったが、次の瞬間耳を疑うことになる


「そんなママ、科学者としてはアバウトすぎだよ。この飛行機はボーイング777-300ER、幅はざっと65m、長さは約74mで高さは…えっと20mに少し欠けるくらいね。エンジンは見ての通り2つで対気速度は亜音速、時速900kmよりちょっと上… あれ? なんでアタシこんなこと言えるんだろ?」

呆れるミナミの目の前でセイラが改めて驚いている。


次の瞬間、二人の目から熱い液体があふれ出た。

「カナタ… 」

セイラの口から、あの三文字がこぼれ出た。

それを聞いたミナミが泣き笑いで混ぜっ返した。

「だな… おいカナタ、セイラだけ助けたら許さんからね。アタシも守りなさいよ!」

「ママ…」

互いに横抱きになって、肩の上で熱い液体が冷たく冷えていく時間を味わっていた。


シートベルト着用の合図が「ポーン」と機内に響くまで。


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