第21部分 飛行場にて
第21部分 飛行場にて
あれからさらに5日後。セイラとミナミはキャンベラ行きの飛行機に乗り込んだ。ただその前に成田行きの搭乗口で騒ぎを起こすのを忘れなかった。ミナミとセイラは搭乗口まで来てわざとドタキャンしたのである。
セイラが粗く切った玉ねぎを左手に隠し持ちぼろぼろと涙を流す横で、
「申し訳ありませんが、どうしても娘が飛行機が怖いと言い出して、もう聞かないんです。おカネは払いますから、搭乗は勘弁してくださいな」
熱と新型コロナとかを理由にしなかったのは、もちろん検査や身柄拘束で時間を浪費しないための方策であった。彼女たちが立ち去ったあと、そっと搭乗をキャンセルした某国人が12人居た。
セイラの予言によると、彼らのグループは皆飲みかけのPETボトルを持っているのだという。9人がA液を、残り3人がB液を持っており、座席に座るや何らかの悶着を起こして11人が席を立ち、飛行直前に機を降りるつもりだったと言うのだ。ただしこの11人は退席前に「手荷物検査をパスしたPETボトル」を飛行機に残る1人に渡す… ということは、PETボトル12本は1人の手に集中するワケだ。
実はA液とB液は「混合すると爆薬になる」という特殊なプラスチック爆弾であって、これをどこかの海上で混合し、飛行機ごと墜落させようという計画なのだ… と、セイラは説明したのである。
これはヤバい。実際に墜落したら間違いなく大惨事… いったい何人が犠牲になるだろうか。
ミナミはススメと松浦将補を経由して日本領事の手を借り、もっともらしい「テロ計画」の密告があったように脚色して、オーストラリアの警察に通報していたのだった。
グループ12人は人目に付かぬところでそっと拘束されたが、全員が口の中に仕込んでいた毒薬のカプセルをかみ砕き、うち10人がその場でほぼ即死した。二人がやや生き延びたが、胃洗浄等の手当の甲斐もなく数時間後には息を引き取ったのである。残された物証からセイラの予言がおそらく正しかったことも実証された。また彼らをここまで送迎した運転手には行動監視のための何気ない尾行がついたが、実際に拘束されることはなかった。これは無論犯行を予測したものではないことを間接的にアピールするためであり、某国を余計に刺激しない配慮でもあった。
しかしながらこれはあまりにも重大な事件であり、しかも公にすればさらに大きな国際問題に発展することが予想されたため、彼らの死もこの事件自体も公式には「なかったこと」になり、遺体は軍によってそっと処分され、無理に落着させられたのである。
無論某国から照会や抗議が来るはずも無かった。
ここで一週間ほど前のセイラとミナミの会話の続きを記しておこう。
「あ、そうだ。帰国の方法はどうするの」
「知りたい? さっきチケット取ったわよ」
このあとで二人の打ち合わせが行われたのである。
「だからさ、ウチらが乗ると周りの乗客を巻き込んじゃうかもじゃん」
「そこ問題だからさ、このチケットはフェイクよ… ある意味賭けだけど…」
「フェイク? でも買ったんでしょ?」
「だからね、フェイク… 実際は乗らないのよ。搭乗前に理由付けてみんなの前でキャンセルすれば良くない? アタシたちの顔くらいは調査済みでしょ、暗殺するくらいならさ」
「ああ、なるほど… でももったいなくない? おカネ」
「もったいないけど、命には代えられないわ」
「それもそうね… 仕方ないか。でもそれじゃどうやって帰国するの?」」
「そうね、どうしよっかなぁなんてね。あのね、実はアイデアはあるの… 飛行機の」
「だってチャーターは無理でしょ? お金の面で…」
「アタシの予想どおりならね… 大丈夫、政府が出してくれるって言うわ、たぶん」
「そんな、アタシたちのためなんて無理よ」
「それはあたりまえでしょ」
「じゃあダメじゃん」
「だから、その… 便乗するのよ」
「便乗? だれが? だれに?」
「そうねぁ… うん、日本で内閣が変わったの知ってるでしょ」
「う、うん… らしいね」
本当は知らなかったセイラだが、ここで話の腰を折るわけにはいかなかった。
「一昨日位のニュースでね、確か新任の外務大臣と防衛大臣がラリアに来るってさ。クアッドって聞いたことあるでしょ」
「う、うん… クアッドってたしか4つって意味だよね」
「そう、日本とアメリカと…」
「思い出した! オーストラリアとフィリピンだったかな?」
「ああ、残念ラリアとインドだよ… 自由で開かれたインド洋と太平洋って名目でさ、二人が1週間後に来るんだよ。おそらく政府専用機でね」
「へぇ… まさかそれに乗せてもらうの? 無理だよ絶対」
「普通ならね。でもいまのアタシたちはね、日本にとってはね、たぶんVIPだと思うけどな… サラドンのおかげでさ」
「VIP?」
「そう、Very Important Person 。とても大事なヒトっていう意味だよ」
「ふぅん… そんなエライ人たちが乗る飛行機なら途中で撃墜はないだろね。安全かな、確かに」
「でしょ? あとは乗せてくれるかどうかだよ」
そうかっ… と一人合点したあとセイラが言い出した。
「ああ、なるほど繋がったわ… わかったよ、乗せてくれるわ、絶対」
「どうしたの、いきなり」
「ああ、パパがね、だれか偉っぽいと何か話しててね、ふたりで笑って握手してるシーンが見えたの… 3回くらい。あれ予言だったんだ、きっと」
「そのヒト制服着てた?」
「ええ、自衛隊の制服だわ、アレ。階級章はこんなやつ」
セイラは手近な紙に、まるでイタズラ書きのようなマークを書いた。
「あ、この形はたぶん… あの松浦さんね。OK繋がったわ。ちょっと電話してくるね… パパに」
ああ、公衆電話に行くんだな… セイラはそう悟った。




