第20部分 標的
第20部分 標的
某国元首様とギールが対面している。元首様はどことなく嬉しそうでもある。
「元首様、例のテロ首領との話がなんとかまとまりました。条件は報告してあるとおりです」
「ちと高くついたお遊びだったの」
「潜水艦と乗員50名でしたから… それなりに」
ギールは冷や汗をかいている。
「ドル換算で100万ドルだったかな」
「い、いえ、もう一桁…」
元首様はモチロンわかった上でいたぶっているのである。
しかしギールはわからない。なぜ今日はこんなにねちっこいのだろうか。
「ギール、半分はお前が出してくれるのだろうなぁ」
「ええっ?」
「そのくらいは余裕で出せるだろう」
「いえ、はい、あ、あ、そんな」
元首様は唇を下でひとまわり舐め回すと思い切り低い声で語った。
「ギール… 聞くところによるとな、軍の予算と資材がな、帳簿と実際がかなりずれているそうな…」
「は、はぁ… そういう横流しの噂も聞いておりますが…」
少し間を置いてゆっくりと元首様が言い足した。
「ギール、黒幕は誰だと思う?」
「さても怪しからんこと… 厳正に調べさせます」
「よいか、当事者やら犯人だけではない、黒幕もだぞ。そいつはすぐ近くにいるはずだ」
「わかりました、必ず…」
これはバレているな、オレが絡んでの仕業だと…
ギールはペンを捜すフリでポケットに手を入れ、例のリモコンのボタンを押そうとした。これを押せば、かねて用意のクーデターが自動的に展開されるように仕掛けてあるのだ。
しかし次の一言で、ギールは考えを変えた。
「よいか、半分はお前が出すのだぞ」
出せば目を瞑り、不問に付してやる… 元首様は言外にそう言っているのだ。
この瞬間、ギールの欲得計算機はフル稼働した。次の瞬間、腹心のモミデ大佐を切り捨てた。
「わかりました、元首様。必ずや黒幕ごとあぶり出し、そやつらから召し上げたカネで「全額」を捻出できるように捜査いたします」
この「全額」と先手を打つ辺りがギールの卓抜さでもある。
実質を仕切らせていたモミデ大佐にすべてを押し付け処刑して、そうだ…《しれとこ》の件がバレたときにはついでにその分も背負わせて… オレと国家のための犠牲になってもらおう。調べはどうせオレが仕切るのだ。ナニ、ここで失ってもすぐに取り返してみせるさ。今度はもっとうまくやるだけだ。
すばやく心の動揺を立て直したギールは、次の案件を話し始めた。
「ヒヤラマ国王に張り付けている耳からの報告ですが… なにやらセイラという娘に第3の眼が開眼したらしいとか… そう伝えてきました」
「なに、第3の眼? セイラとは何者か」
「どうも先日の《しれとこ》の生き残りの娘… 日本代表団副代表の娘ではないかと」
「もっとはっきりしたことはわからんのか… らしいとかではないかとか、それでは意味がない… だろう?」
「それが… 国王派の連中はメモをとると、メモ用紙は別としてあと2枚を切ってグシャグシャに丸めて捨てる習慣があるのです。いくら頑張っても3枚下の紙に転写される筆圧が弱すぎるので、読めない部分が出てくるのだとか」
「泣き言を聞いているのではない。正確な情報を寄越せと伝えておけ」
「ははっ」
「ちょっと待て… おかしいだろ、なぜ副代表は娘を連れていったのだ? わざわざ南極まで」
「失礼しました。まだお話していなかったですね、元首様。実は一家6人で派遣されていたのです」
「なに… 6人? それはますますおかしいぞ」
「はい、そう私も考えて、あの死んだ鷺坂代表に確認しておいたのです」
「ほう、さすがはギールだの」
「代表団副代表はミナミヘススメといって微生物と分析の担当、その妻はミナミでやはり微生物と飼育の担当です」
「あと4人は?」
「それが… なんでも子供3人連れて行った事情は、極地での子供の耐寒性と耐久性を調べるための… いわば人体実験を行うためという申請が提出されていたそうです」
「人体実験だと? さても非人道的な… 日本では有り得んだろ。我が国じゃあるまいし…」
「ぷっ… あ、いえ…なんでも」
あまりの自虐ネタに思わずギールが吹き出した。
「そしてあと一人は?」
「ばぁさんで… 子供3人の教育係だそうです」
「しかし… 一家6人とはなにか怪しいな。もっと調べてみろ」
「はい、さっそく」
「いや待て… そのなんとか言う娘は今どこにいる?」
「《しれとこ》の事故で大怪我をして、今はオーストラリアのフリーマントルで療養中です。母親が付き添ってます」
「ギール… このままでよいのか?」
「いえ… 第3の眼はたしかに厄介。始末したいところです」
「そうか、よし。オレもそう思う」
「できればオーストラリアで、間に合わなければ帰りの飛行機あたりを狙います。実は彼女らが予約した飛行機をすでに把握しております… まだ空席もあるのでイケると思います」
「ふふ、さすがだな。御手並み拝見といくか」
「お任せください… では失礼いたします」
「おいギール…」
立ち去りかけたギールに元首様が声を掛けた。
「はい、なにか」
「失敗は許さんぞ」
ギールの眼を見詰めてからクルリと椅子を回し、元首様が背を向けた。
再びポケットに入れかけた手を止め、一礼してからギールが返答した。
「たしかに… 承りました」
酷薄そうな薄ら笑いを浮かべたギールが部屋を出ていった。




