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ミナミヘ セイラ ~第3の眼の覚醒~  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第19部分 帰国計画

第19部分 帰国計画


 ミスティとサニサイドとの交流は途切れていた。文面から彼らがボウカン国に監視されていることが伺えたので、こちらからの連絡を遠慮しているからである。いずれセイラの|第3の眼(サードアイ)の能力が上がって来ればテレパシーが実現するかもしれない… その日までの辛抱だ。


 セイラのリハビリも軌道に乗り、体力も筋力も回復が著しかった。一昨日には独りで立ち上がり、ゆっくりとだが歩くこともできるようになってきた。ただし大怪我をした足はまだまだ治りが悪く、もしかしたら一生残る障害になるかもしれなかった。

 それでも自分の意思で歩ける足はとても重要である… ともすれば希望を失いそうになりながらセイラはリハビリに励んでいた。


「たぶんあと一週間だね、セイラ」

「え、何が?」

「帰国だよ… あと1週間もあれば7時間の飛行機旅行はできるでしょ」

「あ、そうか… そろそろ帰国したいよね。友達とも会いたいしな」

「セイラもお勉強とか宿題とか… もうほとんど抜けちゃったでしょ」

「え、お勉強? それってなんだっけ?」

「ふふふ、おトボケだけは上手になったわね」

「ママだってパパと一緒に… えっと… 居たいでしょ」

ちょっと言い淀んだ。それだけでミナミはセイラが言いたかったことを察したが、セイラの前では誤魔化しが無駄であることもわかっていた。

「そうね… 好きな人のそばに居て… 抱かれていたいわね」

セイラももう隠しはしなかった。

「わかるわ… なんていうのかな… カナタが近くにいて匂いを嗅いでいるとなんとも言えない気持ちになったわ… このうえなく安心するっていうのかな。もうどうなってもいいって思ったもん」

「抱かれたかった?」

「うん… 身体の芯の方から熱くなってきてね… 抱かれたかったな。それが心残り」

「そうよ… 女にとってはね、とっても大切でしょ」


 ミナミの声は湿り気を帯びていた。その声のトーンが急に変化して

「こうなるって分かってたら…」

そこに敢えてセイラが声をかぶせかけてきた。

「いいのよ、ママ。誰にもわからないことだったから… 仕方ないじゃん… 」

セイラの声も震えていた。

「ゴメン… ゴメンね、セイラ、カナタ…」

「いいのママ、カナタもセイラもわかって…  わかってるから… ありがと」

静かな病室にしばらく女二人のすすり泣きだけが聞こえていた。



 どれくらい経ったことだろう。病室に差し込む日差しが夕方であることを教えてくれた。

「ママ… だからアタシとカナタはね、ボウカン国を許さない」

セイラの小さな、しかし決然とした声が響いた。

驚いて顔を上げたミナミは、

「わかるわ、セイラ。確かに一番怪しいけどね、でもまだボウカン国の仕業しわざって決まったワケじゃないでしょ」

「うん… ふふふダイジョブよ アタシを誰だと思ってるの?」


「えっ? 誰って… ミナミヘセイラでしょ」

「あははは、正解。ミナミヘセイラだよ」

「ああ、ビックリした。気が触れたかと思ったわ」



 夕食後に東京のばぁばから電話が掛かってきた。

「ミナミ、元気かい? セイラはどう?」

「どっちも元気だよ。アンナとススメはどう?」

「ススメさんはいつものとおり。アンナはちょっと風邪気味だよ。やっぱりママとカナタとセイラが居ないのは寂しいみたいでね、帰ってくるとアタシにべったり引っ付いてくるよ… 可愛いけどね」

「そうよね… アンナを撫でてあげてね、お願い」

「このチャンスにいっぱい撫でてるわ」

おどけてばぁばが気持ちを引き立ててくれる。


「ばぁば、今は家? 外?」

「外だけど… ああ、そうそう… 今日ね自衛隊の人たちが改めて家の中の検査をしてくれてね」

「あら、気が利くわね、なんかあった?」

「なんか電波が出てるからってさ。居間と夫婦の寝室、それから子供部屋からもね」

「家に入れたのは前のインターネットの工事のヒトと自衛隊のヒトだけのはずだけどね。あとは…」

「わかったわ。これからもいえの中では仕事とかサラドンとかセイラの能力のこととかは禁句だからね。そのへんススメにも釘を刺しといてね」

「はいはい、わかったよ」


あとは数件の打ち合わせをして最後にこう言った。

「ねぇばぁば… ばぁばの使ってるスマホってどこのメーカーだっけ?」

「メーカーって?」

「スマホのを機械を作ってる会社だよ。スマホのどこかにかいているんじゃない? あたし操作でわからないことがあってさ、同じ会社なら聞いてみようかなって思ってね」

「アタシに訊いても無駄だと思うけど… ああ、これかい?」

ばぁばはその綴りを発音することができず、アルファベットを一文字ずつ読み上げた。製造メーカーはあの某国の企業だった。

「ああ、その会社ね、じゃあやっぱり違うな… アタシはブドウマークの会社だから。いいわ、ありがとう」

「そうかい、ゴメンね役に立たなくて」

「いいよぉ… たぶんあと1週間くらいで帰国できると思うわ。ばぁばにもいっぱい働いてもらっちゃったけど、もうちょっと頑張ってね、お願い」

「はいはい、任せといてね」

ばぁばの返事は頼もしかった。


「ねぇ、セイラ」

「良いわママ、アタシもそう思う」

「だって、まだ何も…」

「だってこの際必要だよ。ママも大切だし、アタシもまだ死ねないの」

「そうね、特にセイラは二人分だから」

かたきも取りたいしね。ヤラレテばっかりじゃいられないよ… 絶対生きて帰って、かならず… 今はまず情報漏れがあるかどうかだね」

「ええ、まだ漏れてないか漏れてるか。アタシたちの帰国が無事かどうかで判別できるかしら」

「帰国のルートは、飛行機だよね」

「そうね… コアラマークの飛行機会社は、いまだ墜落死亡事故を起こしたことはなかったはずだわ」

「飛行機を襲うとしたら、飛行機… 戦闘機かな」

「さすがに機銃は使わないでしょうね。見えないところからミサイルってとこかな」

「防ぐのは難しそうだね」

「無理ね。撃たせないことしかない」


 少し考えてからセイラが確認するように口を切った。

「そうよね… フレアとかチャフとかは?」

「フレアって赤外線ホーミング誘導ミサイルから防護する兵器でしょ。えっとチャフは何だっけ?」

「たしか電波だっけ? レーダーを胡麻化すアルミ箔の雨みたいなやつじゃなかった?」

「ああ、そう、それそれ… でもそんな兵器は旅客機には積んでないし、発射もできないでしょ」

「だったら普通の飛行機だと防ぐ手段は無いわね」

「そうね… 戦闘機と電子戦機でも出してもらって護衛してもらう位しか思いつけない」


「それにさ、一番困るのは… もしアタシたちが飛行機に乗って帰ってさ、もしそれを狙われたら周りの乗客を巻き込んじゃうことだよね」

「そこ問題だわね」

「大問題だよ」

「あの国は見境無いし、よその国の評判とかどこ吹く風だもんね」

「ええ、《しれとこ》もあやうく沈められるとこだったもんね」

「全く身勝手で迷惑な国だよね… 決めつけるわけじゃないけど… でも他に動機のある国が見当たらない」


「そうだよね… じゃぁさ、他に帰国の方法はあるの? 船はイヤだよ、やっぱり時間掛かるし偶然でもない限りじわじわ沈んで助からない。海って怖いよ、ああいう経験するとさ」

「そうね… 船以外で、と言うと… ロケット?」

「ママ…」

「あはは、冗談だけど… あとは飛行機チャーターかしら」

「まさか… 幾らかかると思ってるの」

「アタシが知るワケないでしょ」

「ううん… それもそうね」


「ああ、潜水艦は?」

「3週間はかかるでしょうね」

「ぐえ…」

「それに襲われたことすら気付かず、沈没後にあとで調査って可能性もあるわね。引き揚げ不可能とか、2年とか掛かるだろな…とか、きっと。だから却下」

「そうか… じゃぁもう打つ手はないかな」


「そうね。一応パパに連絡しとこうか。いきなり帰国したらむこうでも困るでしょ」

「そうね。この間のオーストラリア軍みたいにさ、インドネシアとかフィリピンとかあとは…台湾とかが護衛してくれるとありがたいのにね」

「ええ… それは日本政府の頼み方しだいかもね。ああ、そうか…」

「どうしたの、ママ」

「うふふふ… ちょっと電話してくるね、パパに」

「あ、あ… ちょっと待って」

珍しくセイラを振り切り、ミナミが行ってしまった。スマホはセイラの眼の前にある。

「…とすると公衆電話かな。もう、ママったら…」

セイラのやけに大きな独り言が病室に響いた。リハビリで疲れていたせいか、それから30秒ほど経ったときには大きな寝息が聞こえてきた。


 その日の夕食。今日は魚。コショウをほどよく利かせたバラマンディというサカナのムニエルである。バターの香りが素晴らしく、願わくばもう少し温かい状態でいただきたかったがちょっと病人食とは思えない出来だった。他には温野菜やジャガイモの付け合わせにパンとスープが付いている。


「ああ、これにアイスがあればなぁ。バニラが利いたのが…」

「そうだ、退院できたら一度ステーキのスゴイのを食べに行こうか」

「ああ、それいいかも」

「この間スーパー行ったらね、すごいのよ、この国のスーパー」

「なにがなにが?」

「ジャガイモはこんなでっかい袋で売ってて、それで10ドルとか。果物ジュースのコーナーに行けば、4リットルのPETボトルがどこまでも並んでるし…」

「えっ、ちょっと想像できない」


「お肉コーナ-に行けばさ、草鞋わらじみたいなのがどんどん… ってトレイに詰めてあったさ、それでお値段は日本の1/4くらいなの。もうお肉が主食って感じだね」

「なんか羨ましいな」

「公園とかでもね、BBQできるようなとこがあるの、そのへんに。一回行っとこよ」

「行く行く… 連れてってね、約束だよ」

「良いわ、リサーチしとくから」


「あ、そうだ。帰国の方法はどうするの」

「知りたい? さっきチケット取ったわよ」

ミナミは妙に上機嫌だった。


 二日後、セイラは無事に退院することができた。まがりなりにも独りで歩けるし、トイレにも行けるようところまでは回復していたが、歩行時には右足を引きずってしまうのがちょっと悔しかった。

「いいわ、しっかりリハビリして絶対元の身体に戻すんだ…」

セイラは密かに決意していた。


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