第14部分 知らんぷり
第14部分 知らんぷり
二時間ほど経ってススメからミナミに電話がかかってきた。研究のこと、アンナやばぁばのこと、昼の電話のこと… そして最後にこう言った。
「今日の夕方にさ、都内のホテルで暗殺事件があったんだよ… と言っても未遂だけどさ、狙われたのは誰だと思う?」
「その口調ならススメじゃないわね」
「…まさかすぎるだろ」
「総理大臣?」
「そっちじゃない… ミナミも知ってる人間さ」
「三谷さん?」
「残念… 某国暗殺隊の…」
「えっ、あのビートさん…だっけ」
「そう、それとピルクっていう女」
「あ、あの代表団の巨乳美人? ススメのタイプでしょ?」
「うっ… まさか… オレはミナミ一筋だけどさ、その二人だ」
「未遂ってことは、助かったの」
「ああ、軽傷で済んだらしい」
「よかったわね、ススメ」
「なんかトゲがあるなあ… あの二人、どうやら婚約してるらしいぞ」
「じ… あら残念ね。でも殺されなくて良かったわ… 貴重な証人だし、代表団の生き残りでしょ」
「まさにそうなんだ。狙ったのは誰だろうね」
「そりゃ言うだけ野暮ってもんでしょ、誰が見たって」
「…だな」
「じ… ああ、ススメも気を付けてね」
「ああ… ミナミもセイラもな」
「ええ、ありがとう… お休みススメ」
「おやすみ、ミナミ ちゅ」
「ちゅ」
娘の前で投げキスの音を響かせてから電話を切り、ミナミはガッツポーズをして見せた。
「セイラの言ったとおりになってたよ」
「うん、話の感じでそうかなって思ってたけど… これでなんかちょっと自信が付いたわ」
「あたしも嬉しくってね、実はっ…て危うく何度も言いかかっちゃたわ。知らんぷりって意外としんどいものだったんだね」
「うふふふ… カナタ、サラドンありがとう」
この事件に関するセイラの「予言」について、ミナミがススメに告げなかったのにはワケがある。
ひとつにはセイラの予言能力をススメや松浦将補に話すのはまだ「時期尚早」だと判断したことだ。まだまだ確実性に関する信頼性に乏しかったし、信頼性が実証されたとしても「奥の手」はできれば最後まで隠しておく「秘密兵器」として温存したかったからだ。
二つ目には万一の盗聴に備えたせいだ。二日後の「ネット回線の確認」の際に盗聴器がセットされるとするならばまだ家電は大丈夫かと思えるが、とりあえず今のうちから用心するに越したことはない。
ススメから電話があるまでの間に母娘の間でそんな打ち合わせをしておいたのだ。
たしかに今回のこの件についてはセイラの予言が的中した形にはなっていた。しかしまだまだ分からないことや不確実なこともたくさん残っていた。
予言とは「今後対策を取らなかった場合に起こる事態の啓示」である。つまりそれを知っただけでは予言の価値はほとんどない。しかしそれに対して対策を取ったり周囲に漏らしたりした場合、それぞれのヒトの行動は「変数」として以前の思考行動とは変わり得るものになってしまう。すると来るべき未来自体も変わってしまうのではないか。
例えば… ドッジボールをやっていたとする。
ⅰ あ、Aくんが投げられたボールを受け取った。
ⅱ きっとすぐ近くで躓いたBさんを狙うに違いない。
ⅲ そう考え「油断していた私」のところにボールが投げられた。
ⅳ ボールは私に命中しアウトになってしまった。
しかしⅱの段階でAくんの狙いが私であることが分かったらどうだろう…
私が身構えるなり避けるなりすればⅳの未来は訪れずに生き残れたかもしれない… そういうことだ。
セイラとミナミの哲学的な暫定的結論は、
①いざというときに限り
②なるべく少人数で
③秘密を厳守しつつ活用するものだ…
というものだったので、ミナミはススメに告げるのをガマンしたのであった。




