第13部分 開眼
第13部分 開眼
まずミナミの通報は結果として間に合っていた。ホテルはまるで転送するように警察に連絡したため、17時の7分前にはノブリウスホテルのロビーには3人の刑事が座っていた。1人は新聞を読み、あとの2人はカップルを装い、寄り添ったまままるで婚礼の予約の相談をしているかの様子でときどき周囲を警戒していた。そしてホテルを遠巻きにした周囲の道路には、後部座席に身を隠した刑事を乗せた3台の車がハザードを焚いて待機していたが、それはいつもの風景を大した違いを産むほどのものではなかった。
17時を2分ほど過ぎたとき、例の某国軍人だったビートと某国代表団だったピルクが腕を組みながらエレベータを下り、部屋の鍵をフロントに預けたあとドアボーイのお辞儀に応えながらホテルの扉を出たとき、つかつかと歩み寄った二人の男が居た。何かを感じたらしいビートはピルクを背中に隠すように手を引いたが、そのときには襲撃者の1人はナイフを腹の前に擬してビート目掛けて突っ込んできていた。ビートは危うくこれを躱し、背中に手刀を叩き込んだが、体勢が崩れていたために威力は期待できなかったし、そんなことで倒れる相手でもなかった。
ビートは壁際に追い詰められた形になり、そこにくるりと振り向いた襲撃者がすばやく迫っていった。その横から回り込んだもう一人の襲撃者は悲鳴をあげて逃げ出すピルクに刺突を試みて肉薄したが、ナイフが彼女の背中を捉えた瞬間ピルクが足を滑らせて転び、逆に致命傷を負わせる絶好の機会を失ってしまった。
たまたま近くのソファーに座り今後の打ち合わせをしていた屈強のレスキュー隊員二人が立ち上がるなり
「おい、なにしてるんだ、よせっ!」
すごい剣幕で怒鳴り付けながら争いの場に割って入ろうとした。
そこへ張り込んでいた警官と外に待機していた警官が駆けつけて警棒を構えながら間に飛び込み、
「やめろ、動くな」
と大声で制止した。
さらに別の警官が拳銃を空に向けで構え、2発の威嚇射撃音が響いた。別の数名も拳銃を襲撃者に擬して構え、攻守しばしのにらみ合いになった。徐々に増える警官の数に不利を悟った襲撃者二人が選んだ道は…
彼らはナイフを肩まで上げて構えた。
すっと振り返った次の一瞬、繁華街の路上に深紅の二条の血煙が立ち上った。結局襲撃者はナイフで自らの首を掻っ捌いたのである。レスキュー隊員は血止めと応急処置を試みようとしたが、あれほどの大量出血による即死状態には為す術もなかった。それでも一応救急車を呼ぶだけは呼んだようだ。
襲撃者たちは東洋人らしい外見と風貌を持っていたが、現場検証と所持品検査に励んでも身許を示すものは何一つ見つけることができなかった。
しかし自決までして彼らの背後を消そうとするということ自体が、逆に抜き差しならぬ深刻な関係があったことを暗示している。おそらく「依頼」どころではなく「厳命」だったはずだ。つまり彼らの背後はビートやピルクの背後とも深い闇の繋がりが存在することを連想させる事件だった。
ビートとピルクを守り切った警察の評判は良かったが、実際の警察の立場で言うならば「オーストラリアからの密告国際電話」で麻薬取引を見張っていなければ、ビートとピルクは暗殺されていた可能性が高く、まさに冷や汗三升の感があった。国民にはバレずに済んだものの、某国のビートとピルクの身の安全を担保できなかった日本の警備体制の根底には大きな油断と観測の甘さがあったことが露呈したからである。
以後二人の外出は原則として禁止され、やむを得ない場合には護衛が付くことが急遽決められた。
ちなみに暗殺者が銃でなくナイフを使ったのには充分な合理性があった。第一に致命傷を与える観点から見ると、ナイフで「突く」という行為の方がずっと優れている。銃弾は当たったならば優れた結果を残すが、実はなかなか当たるものではないからだ。第2に拳銃はその銃固有の銃痕が弾丸に残ってしまい、後に入手経路などが洗い出されることになって結局面倒が増えるのである。




