第12部分 実証実験
第12部分 実証実験
かつてこう書いたことを御記憶されていることだろう。
セイラの場合、セイラ自身の松果体に加えてカナタの松果体がそこに混じってサラドンがそれらを癒着させており、さらに頭蓋骨に第3の眼の眼窩ともいうべき窓が開いている。二つ揃うことでさえ奇跡的な確率でしか有り得ないことなのに、セイラの場合は 「自身の松果体+カナタの松果体+サラドン+頭蓋骨の額の穴」という4つの条件がそろってしまっていた… と。
翌日のこと。セイラがミナミに言い出したものである。
「ねぇママ… いまってばぁばっちはもう日本にいるんだよね」
「ええ、そう言ったでしょ」
「前の、あの住宅でしょ」
「そうよ」
「あの家を見てるっていうのかな。そういう人が居る夢ばかり見るの、何回も」
「あら、懐かしくなったの? あのお布団大好きだもんね」
「うん… それもそうだけど… 違うの、そのことじゃないの」
「どういうこと?」
「なんかさぁ、眼が笑ってないようなヒトたちだから心配なんだよ」
「じゃぁ見てるっていうか、複数で監視してるみたいな?」
「そうそう… でアタシにはわからないコトバで話して入れ替わるんだ。見張られてる感じがするの」
「見張るって… 気のせいだわよ… うちを見張っても何の得もありゃしないわ」
「ほんとうにそう思う? ほんとのほんとに?」
ミナミは絶句した。改めて振り返れば充分な心当たりはあった。相手は日本が誇る観測船を撃沈しようとした… たぶん某国だ。
まだサラドンに完全に乗っ取られる前のシェ二―あたりがミナミヘ一家のことを報告していた可能性は無くはない。他の団員が公的または私的に連絡を取り、交渉や日本代表団の様子などを伝えていた可能性も大きい。日本代表団の鷺坂団長は日本を裏切り某国に便宜を図るつもりであった。しかしそれはサラドンを通じてセイラの父母であるススメとミナミに漏れ、ススメたちは逆にサラドンを感染させて密かに某国を裏切らせたが、その報復としてだろうか、鷺坂の東京の家族は消されてしまった。こうした経過を経て団長自らは新昭和基地を自らの意思で抜け出し、南極の夜をさまよい歩いて緩慢な自殺を遂げているのである。
某国から見てこの日本代表団長鷺坂の行動がすでに怪しいとするならば、いったい誰が団長の動向を操ったのだろうか… 当然某国はそう考えるだろう。
では…副代表は誰だ。ミナミヘススメ、つまりミナミの夫でありセイラの戸籍上の父そのヒトだ。おや、ミナミヘ一家だけが、なぜ南極に一家6人で派遣されたのだろうか… そんな疑問はどんな素人でさえも思いつくだろう。思いつけば調べるはずだ。
「セイラ… そうね、たぶんアナタの言うとおりだろうな。あとで電話掛けとくよ」
「ママ、あとでじゃなくて、いま…」
「そうね、今がいいね、今するよ」
そう言ってミナミはスマホを取り出し、指紋認証でロックを解除した。ちょっと迷ってまずばぁばのところに掛けることにした。第3回目の南極行きの前は近くの家で別居していたが、今はアンナの面倒とススメの夕食や洗濯などの世話の必要もあって、ばぁばが臨時で同居して協力することを申し出てくれたのである。
用件を告げるとばぁばは
「おやおや、セイラがねぇ、そんなことをねぇ… わかったよ、アタシも気を付けて見てみよう… セイラが言うなら、きっとホントだよぅ。ミナミもそっちで気をつけなさいよ」
と反応した。そして
「ススメさんにも話してね、何とか言うススメさんの上司にも伝えた方が良いと思うよ」とアドバイスしてくれた。
「ああ、松浦さん… そうね、そうするわ… ありがとう、ばぁば」
そう言って通話を切ろうとしたときばぁばが
「あ、ミナミちょっと待って… そういえば今朝ね」
「えっ… うん、どうしたの?」
「関係あるかわからないけどねぇ… ウチの裏側の斜向かいに空家があるだろう。
あそこの駐車場に黒いクルマが停まっていたの。朝アンナを送ったついでにコンビニに寄ってね、その帰り。珍しいこともあるもんだなってさ、新しい方でも入るのかな、と思ったけどさぁ、そんな話聞いてないし… ちょっと気になってね」
「気になるって… 何か変わったことあった?」
「ほら、こっちは3月でまだ寒いだろ? 他の車は窓とボンネットが凍ってるのにその車は…」
「まさか凍ってなかったの?」
「ええ… そうなのよ」
「それはおかしいかもね… それにあそこならウチの玄関の様子はほぼ見えるわね」
ミナミは考えこんでしまった。
「そうなのよ、ミナミ」
「ばぁば、ありがと。さすがだわ… ね、ばぁば。私ススメと松浦さんにこのこと話すからさ、ばぁばは気付いたことに気付かれないように普通に生活してくれない?」
「仕方ないねえ、イイヨ。老い先たいして長くもないから安心して任せて頂戴」
「やだ… 大切なばぁばだから気をつけてほしいの。でもそっと松浦さんが調べてくれると思う。あとは… あ、そっちの家の中ではこの話はNGね。話しがあれば筆談でね。カメラとか盗聴器とかも警戒しなくちゃね」
「盗聴ですって?」
「ええ、電源のタップとかタコ足配線のコンセントとかヌイグルミとか、今はいろんなものに盗聴器が仕込めるって聞いたわ」
「ああ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「そういえば明後日10時に電話屋が電話機とネット回線の配線の確認をしたいからって言ってたわ。なんか南極に行ってる間に規格が変わったからって説明してくれたけど…」
「まさかでしょ? それ近所の… 電話の会社か… 近くの誰かに聞いてみて… そんなのあるかしら… おかしいわ、逆に」
「そうかもしれないねぇ… 時期が時期だけにねぇ」
「わかったわ。それも含めていまからススメに電話する。それにすでに盗聴とか盗撮とかされてるかもしれないからさ、家ではその話はしないでね。ススメにも言っとくから…」
「ああ、わかったよぉ… ミナミも気を付けるんだよ」
「うん、ありがと、ばぁば。さすがだわ。気を付けてね。あと暗くなったら独りで歩かないで」
「ああ、それじゃ電話とセイラをしっかりお願いね」
「ええ、アンナとダンナをお願いね」
「あら、韻を振んだね。余裕あるわ、さすがミナミ」
「それに気付くばぁばもただ者ではないわ」
「あはははは、じゃぁね」
「じゃぁね」
続いてススメにも電話して、ようやくミナミは少し落ち着くことができた。ススメはすぐに松浦将補に告げることを約束してくれたし、そうすれば松浦は見張りか陰の護衛者を付けてくれるに違いなかった。
ふと横を見るとセイラもこちらを見ていた。なにかまだ不安の影を残している表情だった。
「これでいいかな、セイラ」
「うん… 当面はね」
「当面?」
「だってさ、ママだってアタシが言うこと信じられないでしょ」
「そんな… 信じたから電話したのよ… ヘンなこと言わないで」
「大丈夫よ、ママ。でもアタシね、自分でもこれが本当のことなのか信じられてないの」
「うん、まあそうかも知れないけど」
「アタシね、今実験中なんだ」
「実験? 何を」
「アタシが言うことが本当に起きるかどうか、を」
「えっ?」
「そうだ、スマホで録画して、私を」
「まさか… 予言するの?」
「その、まさか。実験しないと自信が持てないじゃん」
「そうかも知れないけど…」
「さあ、早く」
「いいわ… 録画っと。 どうぞ、セイラ」
「ありがとう、ママ。じゃあ言うわね… セイラの頭の中に見えたことを話します。今日の17時ころ、某国代表団で生き残った男女2名が都内のホテルのロビーで覆面の2人組に襲われます。でもたまたま近くの部屋に居たレスキュー隊員2人が悲鳴を聞いて駆けつけるので、男性は無傷ですが女性は腕と背中に軽傷を負います。でもそんなに大事にはならないはずです」
「いいわ、ばっちり撮ったけど、これ大変なことじゃない? すぐ日本に知らせなくちゃ」
「ママ、未来が変わってしまうかもしれません」
セイラはこの時だけは一人前のテレビキャスターのような話し方をしていた
「でも…」
「そう、たしかに犯人は捕まえておきたいわ」
「たしかノブリアスホテルだったかな。今は… まだ35分あるわ。なんとか手は打てるはずよ」
「…だな。ロビーに警察とか居てくれれば良いのにね」
「そうそう都合良く行かないわ。あ、でも居るようにすれば良いじゃない」
「えっと… 喧嘩、強盗、詐欺、麻薬… どれが良いかなぁ」
「麻薬取引とか良いんじゃない? 警察も見張りはするけど途中では絶対手を出さないはずだよ」
この辺はミナミの年の功というヤツだろうか。
「でもさ、それをどうやって警察に知らせる」
「ラリアに公衆電話なんてあるかなぁ ちょっと調べてみようかしら」
「そうか、鼻摘まんで掛ければいいよね… そこのホテルのロビーで喧嘩が起きて、その隙に麻薬取引があるとかなんとか…」
「うふふ… あるある。まさかラリアからタレコミがあるとはね… そうだ、ホテルに掛ければ警察に掛けてくれるよね。アタシのアシは残らないし… ちょっと行ってくるね、セイラ」
「いいわ… お願いね、ママ」
幾分うきうきした足取りでミナミが病室を出て言った。
セイラはうふっと笑うと、静かに目を閉じ胸の前で手を合わせようとしたが、傷の痛みで思わず顔をしかめた。それからそっと右手を挙げて額の辺りを触ってみた。
「これで良い? カナタ…」




