第一話 転生
こ、ここはどこなんだろう……これからどうなってしまうんだろう……。
そんな不安の中にぼくはいた。理由は簡単で、見ず知らずの場所に、裸でいるからだった。大きな庭のなかにいる。遠くには城壁が見えた。塔が隅に作られており、その壁と塔で囲まれた内側の庭にいるのだ。
幸い裸なのはすぐ解消された。近くにいる人が毛布を差し出してくれたからだ。まさしく衛兵といった姿だ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございますっ」
顔は日本人、いやアジア人とは思えない。いわゆる白人みたいな顔だ。ずいぶんうまく日本語をしゃべれるんだな、と感心しているとその衛兵さんは上官と思われる別の兵士(被っているヘルメットにツノが付いている)に向かって「言葉はしゃべれます!」と報告している。ん? この人たちも日本語が母語? 頭が混乱してきた。どう解釈すればいいのだろう。
貸し出された毛布を身につけて裸をつくろっている者はぼくを含めて七人いた。大柄な男、少年、女性さまざまだ。アジア人なのはどうもぼく一人らしい。ただ僕以外の六人も事態を呑み込めてはいないようであった。
そうやって戸惑っていると、衛兵の雰囲気が一瞬で変わった。整列し誰かを迎えようとしてる。程なくしてその誰かが分かった。王様、が来たのだ。
白髪が混じった立派なひげを生やした中年の男性だ。服装は現代とはとても思えない。中世、いや正しくは中近世、ルネッサンスあたりの服装なのだろうか? 衣服の歴史について詳しくは知らないので正確には判断できない。ただ、数百年は前っぽかった。
どうやら王様も困惑しているようだ。その隣りにいるローブ姿のおじいさん(たぶん、60か、あるいは70歳くらいだ)としきりに話をしていた。
「おい、おっさん」
ぼくと同じ毛布をかぶった女性がイラ立ちながら文句を言い出した。王様に向かっておっさん、と言っているのだ。す、すごい度胸の人だ……。向こう見ずなだけなのだろうか?
「貴様、口をつつしめ!」
当然、衛兵に怒られる。だがその赤毛のショートカットの女性は引き下がらない。
「こりゃなんなんだ? ここはどこだ? どうしてあたしは裸なんだよ。こら」
衛兵たちは手に持っている槍を構え直し、女性に向かって穂先を突きつけた。しかし、やはり女性は平然としている。いやむしろ闘志まんまんといった感じだ。信じられない勇気だ。
「やめよ」
王様が命じると、衛兵たちは大人しく槍を以前のように構え直し、整列し直す。
「すまない。異常事態が起きているのだ」
「あんた、名前は」
女性が王様にぶしつけに訊ねている。周囲の兵士は眉に怒りのしわが寄っているのが分かった。関係ないのにハラハラするよ。汗がじんわりとにじんでも来る。
「我はアロイス、このクラクス王国の王だ。そして、君たちを異世界から呼び出した張本人でもある」
い、異世界? と戸惑っているぼくをそのままに王様は説明しだす。
今、この世界は魔王の逆襲にあって危機的状況を迎えようとしているらしいのだ。五十年前に新しい魔王に代わってから西の端に追いやっていた魔王の勢力は東に向かって急拡大している。
「すでに幾つかの西にあった王国が滅んでいるのだ」
王様はそうとも語った。ただ人間側も手をこまねいているわけではない。軍隊を強化し、魔王軍に対抗している間に古代の秘術を発見し、対魔王のために術を行使したのだという。それが、勇者召喚の儀式、なのだった。
転生したけどいきなり追放される主人公の物語です。そしてすぐに死にます。でも物語は続きます。そう、幽霊として。
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