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それは密やかに

作者: 桜町雪人

その木こりが大木を伐ろうとした時、

大木はメキャメキャと音を立て、その幹に目を見開き、そして口を開いた。


しかしその木こりは、普段から何があってもあまり驚かず、

また何も気にしない性格だったので、

その出来事についても『特に感想はない』といった風にするだけであった。


大木はその木こりのリアクションにちょっと不満そうにしながらも、

その木こりに対して、自分はこの森の守り神だから伐らないで欲しい、

というようなことを言った。


しかし、その木こりはそれに納得せず、

あなたを伐らないことには私が生活できないと、臆せず淡々と反論した。


大木は辺りを見回し、なるほど、もう『大木』と呼べるような木は、

自分以外全てが伐り倒されてしまっていることに気付き、

一度はその木こりを憎々しげに見つめた。


だがその木こりが、自分には妻とそして小さい子供がいて、

家で腹をすかせて待っているのだ、などというようなことを語られると、

案外、情にもろかったその大木は、あっさりと伐ることを認めてしまった。


しかし条件として、今自分が付けているこの実を伐ったその後に埋めて欲しい、

ということを木こりに約束させた。


木こりは大木を伐り倒した。


さすがは森の守り神、思いのほか伐り倒すのに手間がかかり、

木こりはすっかり疲れて果ててしまっていたので、

その日は実を埋めずに家へ持ち帰った。


帰ってから木こりは、

その実を無造作に机の上に置くと、風呂に入った。


それが間違いの始まりだった。

元々木こりは忘れっぽい性格だったのだ。

湯船に浸かりウトウトしている間に、

実のことも、大木との約束のことも、すぐに忘れてしまった。


そしてその実は食べられた。

風呂上りのビールのつまみにバリボリと。


実は埋められなかった。


守り神を失ったその森は、急速に衰えた。

土地は痩せ細り、木々は次々と枯れていった。


木こりは困窮した。

まだ若い小さな木にも手を付けなければいけなくなった。

それがさらに悪循環を招いた。


木こりは職を失った。


やがて妻は愛想を尽かし、子と共に家を去った。


木こりは家族も失った。


貯蓄も底が見え始めた。


もう駄目かと思った。


だがまもなく、時代はバブルに突入した。


木こりはその森の土地を驚くべき高値で売却することに成功すると、

その金を元手に会社を起こし、都会へと引っ越していった。


会社は時流にも乗り、大成功を収めた。


そしていよいよ栄え始めるかに思えたある日、

買ったばかりの某別荘へ宿泊中に原因不明の火災に遭ってしまう。


木こりは幸い一命は取り留めたものの、

翌日から控えていた大事な商取引に出席できなかった。

全てが白紙になった。


それをきっかけに会社の経営は傾き始めた。

さらには長引く不況が追い討ちとなって、ついには倒産してしまった。


木こりには莫大な借金だけが残った。


ちなみに、木こりは気付いていなかったが、

火災のあったあの別荘は以前、大木が立っていた場所であった。


大木の復讐は密やかに遂行されていたのである―。


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