表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

2. 授業中の君

授業合間の小休憩の時間。

隣の席のシリル君は、チャイムの音と共に教室を出て行ってしまった。


長机に取り残された私は、前の授業の課題を確認しながら教本を鞄にしまう。

一息ついて外をぼんやり見ていれば、突然後ろから声が掛けられた。


「おーい、ティナ。準備しなくていいの?」

「準備、ですか?」


後ろの席のメリッサの言葉に、私は首を傾いだ。


あれから、彼女とは休み時間に雑談をしたり、放課後に街で一緒に寄り道をしたりする仲になった。

一方的にかもしれないけれど、私は友人だと思っている。


私の反応を見た彼女は、あれ知らなかった? とでも言うように私と同じ方向に首を傾けた。


「なにをしているんだ、お前たちは」


後方からメリッサの席に近づいてきていた別の少女が、そう言いながら彼女の頭上に手刀を振り下ろす。


「あだっ、リリちゃん酷い」

「その呼び方は止めろ」


素っ気なく返した彼女は、リリィという。

長い綺麗な金髪を無造作に一つに括っている、率直に言ってすごく美少女だ。


メリッサとは本人曰く腐れ縁で、よく私が振り回されて無理をしていないか心配してくれる。


「次は、移動教室だろう」

「え、あ……そうでした」

「もう、また敬語になってるって」

「癖なのだろう。別に、無理に直さなくてもいい」


そう言って、リリィは私に優しく微笑んでくれた。

頬を膨らませたメリッサは、文句を言いたげに口を開く。


「リリちゃんは、もうちょっと柔らかい表現を覚えた方がいいと思うけど」

「その呼び方は止めろと言っている」

「もー、またそういうことを言う」


じゃれ合う二人は、けれど恐らく私の準備が整うのを待ってくれているのだと思う。

教室後ろの黒板に書かれている時間割を確認して、私は少しだけ憂鬱になった。






――今日は、この学校に編入してから初めての薬草学の調合実習だ。


正直に言うと、私は薬草学が苦手だ。

特に調合に関しては、自分でも才能が一切ないと思う。


「それじゃあ今回は、前回教えた眠り薬を調合するよ。まずは、二人一組のペアを作ってー」


先生のその言葉で、教室内は一気に騒がしくなった。

椅子を引く音や話し声がしばらく続いて、あっという間に教室内にグループが出来上がる。


「え、っと……」


少しずつ静かになっていく教室を見渡して、けれど私は立ったまま動くことができない。


後方の席でメリッサとリリィがおいでよと手を振ってくれたが、私が加わっては三人になってしまう。

小さく首を横に振れば、メリッサはむすっと頬を膨らませる。


ふとリリィの口元がなにか言葉を形作っていることに気づいて、私はじっと彼女を見た。


『と、な、り……?』


首を傾いで私の隣を見れば、そこには先程の先生の言葉でも一切席を立たなかった黒髪の少年が座っている。

ペアを探す気もないようで、教本を見ながら鍋やナイフを準備している。


私は一度持ち上げた鞄を机の上に置き、椅子を引いて座ると隣を見た。

気配に気づいてか、シリル君は億劫そうに顔を上げると私を見る。


「ええと、ご一緒しても良いでしょうか」

「…………」


無言のまま、視線を逸らされる。

状況的に、これは拒否ではないのだと思う。


「よろしくお願いしますね」


私が笑顔でそう言えば、彼からは短い溜息が返ってきた。


「ええ。くれぐれも僕の作業を邪魔しないでください」

「はい、頑張ります!」

「そうですか……」


本人から許可は下りたので、私は少しだけ彼との席を詰める。

シリル君は諦めたように、長い息を吐いて僅かに肩を落とした。


「ペアは出来たかな。それじゃ、はじめるよー」


そう言って、先生は各机に紙の包みを置いていく。

シリル君が中を開けば、そこに入っていたのは教本に描かれた薬の材料だった。


彼はその中身を丁寧に教本に書かれた順に並べていく。

私も慌てて自分の教本を取り出して、今日の授業で作る眠り薬のページを開く。


まず、眠り薬は三つの調合薬で構成されている。

薬のベースとなるものと、それに別途処理をした上で中盤と終盤で加えるものが一つずつ。


ざっとページに目を通して、私は一度手を止めた。


「あの、シリル君……」


おずおずと声を掛ければ、彼は無言で脇に置いていた彼の教本を机の中央に置きなおした。

徐に手順後半の番号に赤いインクで印をつけると、私を一瞥する。


「あなたは最後に加えるこちらを作ってください」


それだけ言うと、彼は一番手順の多いベースの調合薬の作成に取り掛かった。

手際のよい手元に呆気にとられて数秒固まって、我に返った私は印の場所に書かれた材料を手に取る。


「最初は、これを刻むのですね」


念のため、教本の写真と実物をしっかりと見比べた。


干からびた小さな三つ編みニンジンのようなそれを、葉を右にして置いてナイフを手に取る。

すると、隣からどこか呆れたような声が飛んできた。


「……違います。それは根だけを刻むと注釈に書いてあるでしょう」

「そうなのですね。ありがとうございます」


顔を上げてお礼を言うが、真剣な表情で鍋を混ぜているシリル君とは全く目が合わない。

忠告に従って左右の向きを入れ替えて、教本に記載がある通り、等間隔で輪切りにする。


「ええと、次は……」


これを沸騰した鍋の中に入れて左右に三回ずつ混ぜる、と。

机の上に置かれた精製水をきっちりと計ってから自分の鍋に注いで、基礎魔術で火を点ける。


鍋底から気泡が上がるのを待って、先程刻んだ根と葉を鍋に入れようと両手に掬った。


――瞬間、隣で魔力が動くのを感じる。


かと思うと、なぜか私の目の前の火が消えた。

続いて、隣の席からの鋭い視線が私に突き刺さる。


「怪我をしたいんですか、あなたは!」


普段静かな彼の大声に、私は思わず固まってしまった。

周囲の視線が、一瞬こちらに集まる。


けれど、一拍置いて私達の斜め後方の席で派手になにかが割れる音がして、教室がざわめいた。


「あちゃー、やっちゃったね。それは火を止めて入れるって、去年教えたやつだよ」


教壇の上で苦笑する先生の言葉が聞こえた。

私はふたつ瞬きしてから、隣に座るシリル君を見る。


今はガラス瓶に入れた2つ目の調合薬の出来を確認している横顔しか見えないけれど、多分、いや間違いなく、私の鍋の火を消してくれたのは彼なのだろう。


「ありがとうございます。心配して、火を消してくれたのですよね」

「なんのことですか」

「シリル君は、優しいですね」

「違います。あなたに失敗されると、僕が迷惑なだけです」


シリル君は小さく眉を寄せると、私とその目前に並んだ調合用の材料を見た。

少し考えるように目を眇めて、それから手元のノートになにかをさらさらと書きつける。


几帳面な字だなと思いながら見ていれば、彼はおもむろにノートを一枚破って私に差し出した。

私は反射的に受け取った紙を見て、そして再びシリル君を見る。


「あの……」

「いいから、黙って手を動かしてくれませんか」


シリル君は自分の次の材料を刻みながら、こちらは見ずに言い放った。

私は渡された紙にもう一度目を落とす。


そこに記されているのは、私が作る予定だった調合薬の作成手順。

過去の授業で解説があったのだろう材料の特性や使用方法も、丁寧に書き込んである。


最後に小さく添えられているのは、よろしくお願いしますの文字。


「はい。ありがとうございます」


両手の中にある無機質な紙は、けれど少しだけ暖かいような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ