宇宙の甲標的
思考する。
パッシブスキャンによると、敵艦隊がこのままの速度で移動するならば、『私』の隠れている『デルタ小惑星地帯』を横切るのは、一時間七分三十秒後のことだ。その間、『私』の周囲や射線上を通過する小惑星は無い。
敵艦隊の陣容は、駆逐艦十隻を前方に偏らせて配置し、中央やや前方に補給艦、中央やや後方に護衛空母が配置された、典型的な前方警戒型球形陣だ。前方に多く配置された駆逐艦が索敵を担うことで、比較的少数の艦で安全を確保する、というものだ。その証拠に、先頭の駆逐艦のやや後方上下に存在する二隻の駆逐艦のリアクターの反応は、索敵に特化した、最新型の駆逐艦『サーチャー級』だ。他の駆逐艦のリアクターの反応が、対空戦闘に特化した『エアロ級』であることから考えると、ほんの少し違和感が残るが。
『エアロ級』は、帝国軍の二世代前の駆逐艦で、当時銀河中で流行していた、戦闘機を用いた対艦隊撹乱戦術に対抗するために造られた艦だ。だが、戦闘機による攻撃は、直ぐさま戦闘機と軍艦を共同して用いる混合戦術に取って代わられたことで、『エアロ級』の出番は無くなっていったのだ。
そんな時代遅れの『エアロ級』が最前線にほど近いこの宙域にいることに違和感が募る。アクティブスキャンをしたくなるのを必死で堪えつつ、パッシブスキャンの情報を詳しく調べる。
(ほう……)
『エアロ級』全艦に大がかりな改造の跡がある。特に、武器庫の反応から見るに、対亜空間爆雷を積んでいるようだ。今までに、この航路上で私が二回、仲間が七回帝国艦隊を襲撃し、戦艦二隻、輸送船三隻、補給艦一隻、駆逐艦二隻を沈めているので、警戒を強めているのか。亜空間爆雷を搭載した、ということは、敵はこの襲撃を亜空間潜航艇によるものだと睨んだ可能性が高い。となると。
(囮、か?)
この艦隊自体が囮の可能性がある。補給艦なんて、亜空間潜航艇の第一目標だ。場合によっては、補給艦は何も積んでいないかもしれない。更にパッシブスキャンの情報を精査する。
(……ビンゴ!)
重力波の反応を見るに、補給艦は何も積んでいない。
(なら、)
どれを狙えば、一番被害を与えられるだろうか? こちらの武装は必殺の光子魚雷二発だけで、それらは一斉に放たなければ狙った所に進まない。チャンスは一度きり、狙える獲物は一隻だけだ。
まだ数の少ない『サーチャー級』か? それとも護衛空母か? 三十分程演算すると、思っていたのとは異なった演算結果が出た。
(補給艦、か)
補給艦のやや船首寄りに光子魚雷を撃ち込むと、発生したデブリがその後方にある護衛空母に九十二パーセントの確率で直撃して沈み、七パーセントの確率でかすって護衛空母は航行能力を喪失し、一パーセントの確率で回避出来るもののデブリを処理仕切れずに船体が損傷し、戦闘機を発艦させられなくなる。又、同時に船首側のデブリが前方で警戒に当たっている駆逐艦五隻のうち一隻にでも命中し、メインエンジンを損傷させる確率は七十パーセント。そのうちメインリアクターの損傷まで至るのは三十パーセント。つまり、補給艦を沈めれば護衛空母も沈められ、運が良ければ駆逐艦も沈められる。狙わない手は無かった。
『私』は、パッシブスキャンを続けつつ、最適な位置、敵艦隊の真横からやや後方に位置取れるまで待つ。遅々として進まない敵艦隊に僅かな焦りと恐怖を感じる。見つかってはいないか? 進路を変更されたりしないか? 考えたところでどうしようも無いのだが、考えずにはいられない。
(来た!)
とうとう、その時がやって来た。魚雷発射管解放。射線上に障害となるデブリ無し。
(発射!)
『私』の思考と同時に、光子魚雷はその後方に搭載された固体化ヘリウムが液化し、すぐさま気化することで生じた爆発的な推力に押されて宇宙空間へ飛び出す。
通常の軍艦等に積む魚雷はコイルガンで加速して射出するが、隠密性を重視する艦では、物体を気化させることで推力を得ている。特に、固体化ヘリウムは隠密性、加速性共に最高峰のものだが、固体化ヘリウムを推進力に用いた光子魚雷は、固体化ヘリウムの値段がその六割を占める程高価だ。なので、私や同僚の乗る『特殊潜入攻撃艇』では、通常のものよりも固体化ヘリウムの量を二十パーセント減らしている。結果として、加速性は悪化したものの、隠密性は増し。
結果として、敵艦隊は自分達を狙う死神に気付かず、補給艦が大爆発を起こした。
光子魚雷に搭載された反物質による爆発はもの凄く、パッシブスキャンが一瞬ダウンする。再起動したパッシブスキャンが捉えたのは、補給艦の残骸が直撃し、連鎖的に爆発する護衛空母と、デブリの散弾を食らってメインエンジンをズタズタにされて火を噴くか、状況を把握出来ずに右往左往する駆逐艦達だった。
(良し!)
作戦が成功したことに歓喜しつつも、私は魚雷発射管を閉じ、パッシブスキャンのレベルを落とす。何故なら。
艦隊後方にいた艦は混乱せず、亜空間爆雷をこちら側、『デルタ小惑星地帯』に向けて滅茶苦茶に放って来たからだ。
亜空間爆雷は、その爆発を亜空間へ伝えるため、パッシブスキャンを通常稼働させているとスキャナーが焼き切れるのだ。代わりに、その爆発範囲やまき散らすデブリは少なく、直径一.七メートル、長さ五メートルに過ぎない『私』に直撃さえしなければ『私』が沈むことは無い。それでも、細かなデブリが『私』に衝突するせいで、『私』は揺れに揺れる。
私は、いつ終わるとも知れない爆雷の揺れにうんざりしつつ、終わるのを待った。