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二人ぼっちの部屋


「ん…。」


暖色の明かりが仄暗く天井を照らす。

窓から射し込む光は無く、今の時間が夜だと知る。

下腹部の辺りに少しの重量感があると思い首を曲げて見るとそこには、黒を帯びた深みのある蘇芳の美しい髪が横たわっていた。


「んぁ…。起きました?」


「ごめん、起こしたか。」


目を擦りながら茜は眠たげに笑ってみせる。

春人は上半身を上げる。酷く喉が乾いている、と思った矢先に茜が水を差し出した。

嚥下する音が部屋に響いた。飲み終わると彼女が喋り出す。


「大丈夫っすよ、うたた寝してただけなんで。それより体調は!?」


「…迷惑掛けたな、もう大丈夫だ。ありがとう。」


「どーいたしまして!」


「この部屋は?」


「救護室らしいっす、洗面所完備っすよ。豪華っすよね。」


コップを寝台の隣にある机に置く。そこには既に冷めきった豆のスープとパンが置いてあり、彼女が長い時間付きっきりで看病していてくれていたことが分かる。


「…お医者さんもほぼ完治って言ってたんすけど、フラッシュバックは何が引き金になるか分からないっすね。先生はストレスが原因だって言ってたんすけど…」


「フラッシュバックじゃない。俺が変な所に来てストレス感じる様な奴に見えるか?」


「まぁ、そうっすよね!遠征で県外は何度も行ってたし。」


茜は口を噤む。少しの静寂。春人は一呼吸大きく吸うと、ゆっくり話しだした。


「…神官の女に誘導されるが儘に従ってたら、頭の中に俺がみたいな奴が現れて、非難された。内容は俺が感じてきた事全部だ。抽象的だったが、それしか思い付かない。」


「…気味が悪いっすね。」


「んで、無理矢理その、催眠状態?を解いてそいつをとっちめようと思ったら、向こう側に俺がいて…首を絞めらたんだ。それで息が出来なくなって…。おかしな話だろ?…話してても馬鹿げてる。意図も分からない。」


「めちゃめちゃリアルな妄想とかっていう線は?」


「…無いな。」


「…ファンタジーっすね。」


「ああ。ほんと、その言葉に尽きる。」


春人の顔には脂汗が浮かんでおり、顔は血の気が引いていた。

妄想と片付けるには余りにもリアル。茜同様、ファンタジーと片付けるしか無かった。


「ともかく、看病ありがとう。」


「大丈夫っすよ、別にやる事ないし。あ!ほらご飯!お腹空いてるっすよね?アーンして食べさしてあげますよ!」


素直に礼を伝える春人。

茜は少し頬を赤らめながら照れ隠しなのか少し声を大きくしながら棚にあったプレートを指さした。


「馬鹿か、一人で食える。飯もありがとうな。後は一人で大丈夫だ。はい!ほら帰った帰った。」


額に浮いた脂汗を拭うと春人は寝台から立つ。少しよろけたが茜がすかさず支える。


「ほら!よろよろおじいちゃんじゃないすか!」


「うっさい!大丈夫つったら大丈夫なんだ、ほら。」


春人は茜の手を払うとその場でジャンプしてみせ、健康っぷりを見せ、そのまま扉の方まで茜の肩を掴み押しながら彼女を部屋から追い出そうとする。


「ちょ、ほんとにまって!待ってください!」


「なんだよ、改まって。」


茜は振り返ると頬を掻きながら言った。


「…もう寝る所ないんですよ。」


「はぁ!?嘘つけ!苦しいぞ?」


「ほんとっす!先輩が倒れたっていうからピリピリしてて、消灯時刻とか設定されちゃったんすって!メンタルケアがうんぬんかんぬんって!」


「お前…黙ってきたのかよ!…道理で燈先輩が黙ってる訳だ!」


「うっさい!と、とにかく!私寝る所ないんです!だから…」


「はぁ、分かった。分かったよ!」


「うわぁヤッター!!!」


諦めた、といって頭を抱える。茜は飛び跳ねて喜ぶと素早く寝台に座り、早く食べましょう!と春人に声をかけた。



――――――――――――――――――――――――



手早くパンとスープを平らげる。粛々と寝る準備を進める。

茜は既に春人が起きないつもりで来たようで寝具や寝る準備はしてきた様だ。


「じゃあ…俺寝るから。」


「え!?は、はぁ。」


不服そうに春人を見つめる。


「なんだ?」


「な、なんでもないっす。」


寝台の掛布団を捲り入る。寝台の横にある灯を消そうと手を伸ばすが、茜は寝台に腰掛けていてまだ寝る様子は無いので、その手を引っ込め壁の方に向き「寝ないなら最後消しとけよ」と言う。

返答は無く数分間、精神的に疲れていたのか瞼は自然に重くなり、春人は意識が朧気になる。


「…。」


微かな振動と共に、背後に柔らかな手の感触が服越しに微かに伝わる。茜が布団に入ってきたと気づいた時にはもう彼女は背後にいた。


「…なんだよ。」


何時もなら追い返しているところだが、何故かそんな気は起きなかった。酷く眠かったからか、それとも人肌が恋しかったのか。春人は向き変える事も瞼を開けることもなかったが、ゆっくりと言葉を発した。


「先輩、私怖かったんです。」


「…なんで?」


「先輩が取り乱してた時、昔みたいに自暴自棄になっちゃうんじゃないかって。


「…ごめんな。」


「先輩も被害者だって私、前にも言いましたよね。」


「…お前がそう思っていても俺は思ってない。全てを救える立場にいて、何が被害者だ。」


「…何時になったら、戻ってくれるんですか?昔みたいに…」


茜が触れていた春人のシャツを少し強く握った。

声も幾らか震えており、掠れていた。


「…俺は何時だってこうだ。」


「私は!先輩が!」


大きく息を吸ったが、それ以降の言葉が喉から出ようとしなかった。声を出そうとしても、喉を締め上げたような言葉になっていない声が出るだけだ。

背中を睨みつけながらシャツを掴む力を強めた。


目頭が熱くなり気づけば頬から涙がにシーツに零れていた。


「俺は、お前らから憎まれるべき相手だ。」


「だから俺はこれからだってずっとこのままだ。悪夢にうなされ、他人に迷惑を掛けながら、汚く生きていくんだ。」


「だからって!」


「俺は、…もう寝る。」


茜を一瞥もせずに、春人は瞼を閉じた。

不意に背中から強い衝撃が伝わった。茜が思いっきり殴りつけたからだ。「グフッ!?」と情けない声が漏れる。


間を開けず二の腕を捕まれ、縋るような形で抱きつかれる。茜はシャツに顔を埋めたまま何も喋らなかった。


「ごめんな…橘。」


すぐ側にある手を触れようと、手を伸ばしたがすんでのところで止める。

この自らの悩みを理由にして彼女に身を委ねてしまいそうになる。春人は固く拳を握ると、遮るように瞼を強く閉じた。

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