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トラウマ


「おはよう!いい朝だねぇ!」


水平線から日が昇る。

光芒が窓から差し込み、柔和な朝を演出する。日差しに背を向け。後光が差す燈を目を擦りながら見る春人と総司。

時刻は地球でいう朝7時程であろうか。

かくも異世界の朝は意外に早い。


昨日の誓いの後、祝賀会は夜十二時時程で無事に終わる。

その後、転移者一行は従者の方にこれからの寝床となる宿舎に案内された。

宿舎は女子寮と男子寮に別れており、大体が四人部屋となっている。内装は質素だが生活に支障はない程で居心地は存外良さそうな部屋だった。


転移者の男子は生徒四十三名、引率の先生 (中本優)一名、そしてバスの運転手が二名、総勢四十六名。


女子は生徒三十三名、引率の先生 (源奈絵)一名の総勢三十四名。


男子は先生である中本が大人は三人で固まるので、生徒の部屋割りは適当でいい、と言ったので生徒達は四人班を作る事に。春人は総司、燈で固まり、あと一人は...と誰か探していたのだが、どうやら余りはいなく、三人で四人部屋を使う事になった。棚から牡丹餅という事で総司は喜んでいたが、合宿感を楽しみたかった春人にとっては残念な事であった。


そんなこんなで夜は明け、異世界二日目なのだがどうしてこんなに早く起きたかというのは、よくわかって

いない。


「ん...なんすか、まだ朝早いっすよね?」


「はぁ...わかってないねぇ。早起きは三文の徳だよぉ?朝食を食べに行くよぉ。」


「いくら快適だからと言っても、異質な状況下に置かれていることは変わりないですからね。ほら、用意しよう春人。」


頭をガシガシ掻きながら燈に反論するが答えが抽象的であやふやだ。だがそれに総司が補足し春人を言いくるめようとする。


「ふぁ〜...腹はそんな空いてないけどな。二度寝したい。」


「僕はお腹ペコペコ。」


「僕もお腹が空きました。二対一だ、ほら起きた起きた。」


そういうと総司は春人の掛布団をひっぺ剥がす。あぁ、と情けない声を上げる春人だが、反抗するのも面倒くさくなったようで、


「はぁ、わかったわかった。行く!行くから少し待てって。」


と遂には折れてしまった。

部屋に置いてあった寝巻きから制服に着替えると、足早に部屋を後にする。

出たのはいいが、ここは異世界、しかも城。

当然どちらに何がある等は分からず、右往左往するはずだと思ったが、燈は少し立ち止まると、右の方向へ歩き出した。


「出たのはいいっすけど、先輩何処が何処だかわかってんすか?」


「んー、多分そろそろ聞こえてくるよぉ。」


暫く実のない会話をしながら廊下を歩くと、突き当たりの方に昨日の祝賀会で見かけた従者と優が喋っていた。


「あれ、中本先生誰と喋ってんすかね。」


優に悟られないようにそーっと聞き耳をたて近づく。


「昨晩はこの城の施設などは説明しておりません故、大変心苦しいお心持ちにしてしまった事、王であるエクウス様に変わり、お詫び申し上げます。今朝は朝食を取ってからエクウス様よりお話があるそうなので、転移者の方々にそうお伝えして頂けるよう宜しく御願います。」


どうやら業務連絡の様だ。


「朝食は今すぐ食べれますかぁ?」


「えぇ、もう準備は出来ておりますので先にお召し上がりになっていても大丈夫ですよ。」



「うぉぉ!?あ、燈くん起きてたのかい。聞いてただろ?僕は各部屋に伝えにいくから先に行っといてくれ。くれぐれも問題は起こさないように、宜しくね。」


いきなり現れた燈の質問に淀みなく答える従者、流石城勤めと言ったところだ。中本は肩を飛びあがらせて驚く。


「わかりましたよぉ、先生も宜しくお願いしますねぇ。」


「では御三方、食堂の方に案内するのでこちらへ。」



突き当たりの方の階段を降りる。この転移者専用の宿舎は三階建てとなっている様で部屋の造りは質素であるが、廊下や階段などの装飾はなかなかのものである。今降りている階段も込んだ装飾で作りこまれた階段手すりがあり、柱の装飾、階段上部からはめ込まれたステンドグラスから光が差し込んでいる。どこを見ても職人の趣向が凝らしてあるのが伺える。

一階に降り、そこから少し奥に進むと両開きの扉が出迎え、中に入るとそこには、五人程座るように設計された長机に皿に盛られたパンやサラダ、魚料理、肉料理、果物が順序よく並べられていた。


「やっぱり豪華だねぇ。」


「へへへっ!タカシ。」


「なんだよ。」


「へへっ!」


「腹たってきたな。」


先に隅の方の席に座ると他の生徒より先に朝食を食べ始めた。

数分すると他の生徒もやって来て、食堂には朝の学校の様な喧騒が響く。他の生徒よりは少し遅めに沙耶と茜がやって来て、五人が揃う。


三十分程すると、ほぼ大体の生徒が食べ終わり、それを見計らって源とエクウス、セシル、テイルが生徒が座っている机の一番前に立ち、話を始める。


「皆さん、少し食べるのと片付けを中断してください!」


大きな声で源が言うとまだ食べている生徒達はすぐに食べるのをやめ、源の方へ向き直る。

エクウスは源に会釈すると転移者達に喋り出した。


「おはよう。我々が用意した宿舎の寝心地はどうであったかな?我としては熟睡出来たのなら御の字なのだが。要望等があれば言って欲しい。どうやら、朝食には満足して頂けた様で安心した。今日は早速座学に取り掛かってもらおうと思う。如何せん貴方々はこの世界の道理や歴史、現状について知識が乏し過ぎるからな。と、言う事でテイルの執事、兼専属教師をしていたオーソンに来てもらった。」


「昨日から居たのですが、挨拶が遅れてしまいました。これから皆さんにご指導させて頂きます、オーソン・ウェルズと申します。どうぞオーソンとお呼びください。」


「では早速だが、フルール神国の歴史と諸国の現在の状況、その他について説明してもらおう。我は公務に向かう、宜しく頼むぞ。」


「かしこまりました。ではこの世界の状況からお話しましょうか。」








オーソンの話は数十分に渡って行われた。内容は大まかな世界の人種形成と歴史についてだ。


現在、この世界にはおおまかに三つの人種が生存していると考えており、別々の領域を支配している。



まずは人間(ヒューマ)。今現在この世界において最も数が多い人類とされており、比例するように支配する領域も大きい。


次に亜人(デミ)。極東に位置する小さな島を中心にその周辺を支配している。数は少ないが、魔力とは別の特別な力を持っていると考えられている。


最後に魔人(ジーニ)。海を跨ぎ、西にある大きな大陸を支配していると考えられているが、国や種族どうしの争い等で百年ほど前から親交が断絶している。交通等でも気象や不思議な現象が渡航を阻み、この交通の難も親交が復活しないひとつの要因となっているそうだ。魔法に長けていると考えられている。


そしてここが重要なのだが魔王は魔人の王という訳ではない、人類では無い事だけが明らかになっている。


ここまでがオーソンの説明だった。


「何故魔王が人類では無いという事が言いきれる理由とかはあるんですか?」


「それはですね、ソーマ神の神託があったからです。」


質問をした源と生徒達は、また神からの神託か、と呆れた顔だ。

その顔を一瞥しセシルが間に入る。


「ソーマ神は未来を見通す神であり、これまでも歴代の巫女を通して数々の国の危機を救ってきました。記録を記した物もあります。」


「…では、私にこの後記録書を見せてください。」


「あっ、僕も見たいです!」


「はい、ナエ様とマサル様はセシル様とご一緒と言う事で。」


二人はオーソンに会釈すると、従者とセシルと共に食堂を後にした。


「さて、皆様は今から”魔力の感知”を行ってもらいます。神官も待っていますので大聖堂に参りましょうか。」



――――――――――――――――――――――――



オーソンに連れられ一行は、白亜の大聖堂に着く。

そこには神官がズラっと20人程並んでおり、一行を見るやいなやすぐに深いお辞儀をした。

すると代表の長い白髭の大老程の男性の神官が前に出る。


「私は此処の神官を束ねているロークズ・ストラじゃ、宜しく頼むぞ。」


「ここからは皆、個別に部屋に入って魔力の感知を行います。早速、行いましょう。」


少しどよめきもあったが、ローグズが「簡単な問診と検査みたいなものじゃ、すぐに終わるぞ。」と落ち着かせる。

オーソンに従い、あいうえお順で懺悔室のような小部屋に入って行く。部屋は7つあり、時間は5分程しか掛からない様で直ぐに春人の順番が回って来た。




緊張の面持ちで中に入ると、映画で見たままの懺悔室の様な内装だ。扉を閉めて席に着く。


「席に着きましたか?」


「あ、ハイ。」


「では灯りを消しますね。」


女の神官が春人側の灯りを消すと暗幕をもって部屋を完全に区切る。完全に真っ暗になると神官が喋りだした。


「では、今から魔力の感知を始めます。目を閉じてゆっくりと自分を想像してください。したら返答してください。」


神官の言う通り、暗闇の中に自分を想像する。

スっと制服姿の春人が現れる。自分の場所だけがスポットライトが当たっているようになっており、一寸先完全な闇だ。


「しました。」


「では、その先に大きな姿見がありますので見に行ってください。」


「…」


春人は想像の中の自分の目の前、10m程先に大きな姿見があることに気づく。

恐る恐る踏み出だし側まで近寄る。大きな姿見だ。鏡面を触れ、見る。


「そこには誰がいますか?」


鏡なのだから自分に決まっているだろ、と何時もの春人は思うだろうが神官の言う通りそれは映っていた。



それは春人であり、春人では無かった。

何時もの洗面所で見た冴えない顔でも、寝ぼけた顔でもなく、顔は醜悪な笑みを浮かべており、想像した制服姿では無く、あの日決別を誓った試合着の姿でそれはそこに立っている。

顔から血が引いていくのが感覚でわかった。汗が頬を伝い雫となって落ちる。


「な、なんだこれ!こっ、これ関係あるんすか!?ちょっと、なぁ!!」


返答はない、何故か目を開けれない。

何とか想像を消そうとするが、どうにも消せない。

と言うより、想像と現実が混濁して、線引きがよく分からなくなってしまったという方が正しいだろう。


不意にガシッと肩を掴まれる。もうワイシャツは汗で身体にへばりついて、体験したことの無いような悪寒が走った。


「…ッ!」


振り返っても誰も居ない。正面に姿見も無く、わけも分からず立ち竦む。


「どういうつもりだ…?」


こういう試練的なノリなのかと思ったが、ローグズが言うに、簡単な問診と検査という事だったのでその可能性を省く。

暗闇の中にポツンと佇む。


『よく、能天気に笑えるな春人。お前は未だ道を正せると信じてるのか?』


「…は?」


澄んだ声がよく響いた。

声の方向に振り返ると、そこには先程姿見に映った試合着姿の春人が先程と同じ顔で立っていた。


『忘れたのか?手前勝手であの子の心は死んだ。死んだ死んだ。心の無い空虚な人形だ。病床で目覚めない人形。あの子だけ置き去り、お前は何も見ないように笑って、目を塞いで前に進んでる。栄えある未来をお前が殺した癖に。』


口角は上がっている、たが声色は全くもって笑っていなかった。

つらつらと責め立てる。


「…うるせぇよ。なんだ?トラウマ治療のセラピーなら要らねぇ。失せろ。茶番はいいからとっとと黙れ!」


汗ばんだ手を固く握り、殴り倒したい衝動に駆られる。爪を腕にくい込ませ自制する。血が滴った。


『贖罪は無意味。罪は洗われない。あの子は奪われて何も感じない。お前が奪った。』


「何がわかんだ!ふざけんなっ!!俺はっ!!」


我慢し切れず、声を荒らげた。額には青筋が浮かぶ。力任せに相手の胸ぐらを掴もうとする、がそれは煙のように四散し、叶わない。


『認めろ。傲慢を。嫉妬を。お前自身の放縦さを。』


「…っ!!!」


虚無に響く身勝手な言葉に怒りを表す。言葉も出ない程頭に血が上った。

頭を掻きむしり、頬を引きちぎる勢いで掴む。


「はァっ…!?はっ、は、は。うっ…いってェ…。」


瞬間、春人は眼を無理矢理開け、暗闇の空想から抜け出すことに成功する。代償なのか定かではないが、頭が酷く痛んだ。

しかし、それよりもこのような無意味な悪夢を見せた元凶を、と覚束無い両手で暗幕を乱暴に引きちぎり、格子を無理やり破壊し開け、上半身を乗り出す。


「おい!アンタ一体どういう…って」


目を疑った。そこには神官の女はおらず、先程まで対面していた、”それ”がいた。暗闇の中でもハッキリと分かる。醜悪な笑みを浮かべて、こちらに手を伸ばしてくる。


「今までの自分は殺せない。俺は死なない。消える事でしか、過去は清算できない。死者はもう、何も語らない。諦めろ。」


「う、え…」


喉に手をかけられる。脳では抵抗しなくては、と危険信号を送っている。それなのに身体はピクリとも動かない。気を抜けば腰も抜けそうだ。それでもなんとか手を引き剥がそうと腕を”それ”の手に伸ばす。


「苦シメ、諦メロ。」


力は入れられていない、だが徐々に呼吸は荒くなり、息苦しくなる。酸素が頭に行ってない。


「や…めろぉ…。」


ぼやけていた視界は徐々に黒に染め上げられ、意識を喰らい尽くしていった。



――――――――――――――――――――――――



「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」


「「春人!」」「春ちゃん!」「春人先輩!」


暗闇の中から意識が戻る。目にチカチカと光が2、3回点滅する。頭痛に吐き気に、身体も思った様に動かない。


「はぁ…はぁ…はぁぁ、あぁ」


意識しないと呼吸出来ない。心拍数も自然と上がり、頭に血が上る。息が苦しくなり、胸ぐらを強く掴み引っ張る。周りを確認したいが音も煩雑であり、目も未だに朧げで焦点もあっていない。何が何だか分からない。


「…先輩?」


「うるさい!触んなッ!!」


茜が肩に手を置こうとすると、春人は反射的に手を払い除ける。力は無いが、確実にそれは拒絶のサインだった。


「なんでッ!なんで俺だけッ、こんなッ!うっ…うぅ…。何時まで俺はッ…。ふざけんなっ!!ァァ…ああああ!!!」


目頭が熱くなる。嗚咽が響いた。顔はグチャグチャになり、涙と鼻水をなんとか袖で拭う。

それでも止めどなく流れる涙。感情はごちゃ混ぜにした絵の具の様だ。何度も脳内であの言葉が反響し、その度に背中に悪寒が走った。


「先輩!」


「だからっさわんな」


春人は再度手を弾こうとすると、茜はその手をとり、そのまま春人に抱きついた。


「大丈夫です、大丈夫、皆います。味方です。先輩。ほら、温かいでしょ。先輩が言ってくれたんですよ。橘は手が温かいって。ね?」


肩を寄せながら耳元で春人に囁いた。涙ぐみながら茜は春人の冷たい手をまるで存在を示す様に何度も揉んだ。


「あか、ね…?」


「そうです、茜です。ちゃんとここに居ます!幽霊じゃねーっすよ!」


胸に手をあて、茜は涙を隠すように笑った。口調は何時もの安っぽい下っ端の口調に戻っていた。


呼吸が漸く安定し始め、視界がすうっと開ける。

白いシーツの寝台の上、傍には茜の他に総司や沙耶や燈がいた。沙耶に至っては涙を流し、春人以上に大泣きしていた。


「…っ。そう、か。ごめん橘、俺は…橘、俺、お」


「疲れたら、また寝てください。私はここにずっといます。」


「…。」


力が抜ける様に茜に力を任せる。

すると急激な眠気に襲われ、瞼が重力に逆らえず自然と眠りにつく。

瞼の裏に焼き付いた彼女の何時もの満足気な顔に何処か安心感を覚えながら。

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