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剣と魔法とお兄ちゃん

長くなってしまいました。

 

 言われた言葉の意味が理解出来なかった。そもそもフルール神国という国にも聞き覚えがない。疑問が頭を埋めつくした。


「ちょっと、意味がわかりません!ここは日本では無いんですか?てっきり私はドッキリか何か、かと…」


 生徒達の集団から一歩手前に出た源が玉座に座る王の様な男に質問する。男が顎を撫でながら少し考えていると、その質問に先程春人を案内した女性が答える。


「.....転移前の出身国ですか?ここにはニホンという国は存在しません。」


「そ、そんな嘘!」


 女性は嘘をついているような素振りではなかった。源もそれを見て口を噤む。同時に閉口していた男性が話を再開する。


「すまないが話を続けさせてもらうぞ。今回、あなた方を召喚させてもらったのは、経緯は色々あるのだが…我々が崇拝しているソーマ神からの啓示であり、我々人類の敵である魔王を討伐して貰う為である。」


「そっ...そもそも!私も私の生徒達も召喚なんかに応じてませんよ!」


「みっ、源先生...一旦話を聞いた方が...」


「いやいや!聞けませんよ!そもそも魔王だがなんだか知らないけど、そちらの世界の問題ですよね?そんなの私達が知ったこっちゃないんですよ!今すぐこの茶番を止めてください!ドッキリかなんかでしょ?」


 食い下がらない源に対し、男子生徒が落ち着かせようとするが焼け石に水であった様で、更にヒートアップする。


「ふざけないでください!私も私の生徒も召喚なんかに応じた覚えはないですし、今すぐ元いたところに返してください!」


「............恐れながら、私が考えるに召喚に応じた覚えがなかった、という所に関しては、こちらの世界に転移しなければあなた方は何かしらの不幸に巻き込まれていたのではないですか?」


「なっ、なんでそんなこと...」


「私達の崇める神ソーマ様は非常に慈悲深い神です。ですから、あなた方が何かしらの危機から救い、その代償としてこちらの世界に転移させた、というのが私の推論です。どうですか?どこか当てはまる所もあると思うんですが。」


 法服の女性は一つも顔色を変えずつらつらと源の疑問に対応する。

 だがそこで引き下がる源ではない。


「ッ.....だとしても、私達があなた方に協力する理由にはならないじゃないですか!」


「いや、あなた方は是が非でも魔王を討伐したくなるはずです。其方に関しては、ソーマ様からご神託を賜りました。『魔王を討伐した暁には、転移者達の願いを叶えよう』と。あなた方の願いは決まってるはずですよね?『元の世界に帰る』という。」


「信憑性がないです!ふざけんのもいい加減にしなさいよ!」


 遂に堪忍袋の緒が切れたようで、口調も先程の丁寧な敬語ではなく荒々しくなる。顔にはうっすらと青筋が浮かんでおり、放っておくとこのまま掴みかかる勢いだ。

 だか生徒達の集団を掻き分け、前に出てきた総司がそれを制する。


「先生、つまりはこっちに呼べるんだから返す事もできる可能性が高いって言いたいんだと思います。一旦話を聞いてからでも遅くはないです。ここは落ち着きましょう。」


 総司がそう言うと、源は女性を睨みながら食い下がった。


「とは言っても、俺はあなた方の肩を持ってるわけではない事をゆむゆめお忘れなく。」


 総司は玉座に座る男の方に向き直り、軽く頭を下げた。男は気にする様子はなく、話を再開した。


「気にするでない。我らとしても、あなた方には納得するまで説明するつもりだったからな、手間が省けた。我がフルール神国としては、是非とも魔王を討伐して貰いたい、そこまでの実力に達する支援もする。衣食住は勿論の事だが、必要とあらば我が国ができる範囲で支援する。」


 だが総司がおもむろに手を挙げ、訝しげな表情で男を見つめる。男は「む、何かまた質問か?」と総司し質問する事を許した。


「恐れ多くも、私達にはそんな巨悪と対峙する力を持ち合わせておりません、向こうの世界ではただの一般人でしたので。」


 転移者達は皆一斉にざわついた。なんせ現実世界では平々凡々の生活を送っていた一般人達ばかりだからだ。当然そんな巨悪と対等、いやそれ以上に圧倒する力等は到底もちあわせている訳がない。

 だが男は「ハッハッハ!」とその疑問を笑い飛ばした。


「案ずるでない、あなた方には神から『天恵(てんけい)』と呼ばれる類まれなる力を与えられている筈だ。神託にも伝記にも記されてある。天恵の有無についてはこれから我々と調べていくことにしよう。」


「おおおおーー!!!イセカイキタコレー!!すっげーーー!!」と能天気なことを後ろで叫ぶ男子生徒。だが、そんな事言われても...という人が大半だろう。なんせ、いきなり「貴方には超能力があります!」と言われても「はいそうですか!」と諸手を挙げて喜べる訳が無い。

 源はすかさず「また意味わかんないことを!私はまだここを異世界だとは認めていませんし、そもそもそんな不思議な力持ってるなんて信じていません!」と断言した。

 だが男は、

「.....見てもらった方が早いか。恐らくはあなた方が目にした事のない特異なる力のその片鱗を。セシル、何か_______________魔法を。」

 と自信満々に言い放った。


 魔法_______それは人智を超える非科学的現象。だれもが一度は憧れる夢、鳥のように空を飛ぶ、何もない所から物質を生み出す、はたまた火や水などを自由自在に操る、そんな荒唐無稽な事を可能にする概念の総称。ざわついた転移者達が一気に静まり返る。生唾を飲み込む音さえ響きそうな静寂だ。


 法服の女性、もといセシルが一歩前に出て、転移者達の頭上に手をかざし、男の要求に応じる。


「分かりました陛下。________『リレウム』」


 思ったより短い詠唱だった。だが、予想外にもその声は何故か力を持っておりしっかりと耳に届いた。




 ___________刹那、それは顕現する。




 先程まで何も無かった頭上の空間に突如氷塊が音を立てて形を成す。

 およそ1メートル。その質量は1トン程だろうか。落ちてくれば圧死は必須。飛び散った氷の破片が突き刺さり刺殺なんて事もあるかもしれない。


 氷塊は慣性の法則に従い、頭上から落下。当然の様に転移者達は慌てふためく。


「なっ、はぁ!?」


「嘘だろこれ落ちてくんのかよっ!!!」


「きゃぁぁ!!!」


 今度こそ、次こそは_________死ぬ。避けようのない力に身を屈めることしか出来ない。




「『ヴァレム』」




 光の胞子が女性の周りに形を成す。顕現するは炎球。


 炎の玉が転移者達の頭を掠め、氷塊へ放たれる。


 激突する氷塊と炎球。

 氷塊は砕け散り、水蒸気や水となって辺りに四散、炎はその場で消え去った。いわゆる相殺と言う奴だろうか。何はともあれ、転移者達は無事だった。



「び、びちょびちょじゃん!!」



 春人がそう叫ぶ。理由は雨の如く降る水を直で浴びたからだ。他の転移者達は開いた口が塞がらないの言ったように惚けている。


 微笑みながら法服の女性は軽く頭を下げた。


「すいません、少し余興が過ぎましたね。ですが、これくらいしなければ信じて頂けないようでしたので...。」


「ハッハッハ!どうかね?信じていただけたかな?これが_______________魔法だ。」


 男は得意げに言う。

 これが魔法。目で見て、肌て感じる、初めての現象。


 男の言葉に、ある者は目を輝かせ、ある者は行先を心配し、ある者は_______________泡を吹いて倒れた。余程キャパシティオーバーだったのだろう。


「すいません!源先生が泡を吹いて倒れました!」


 女子生徒の甲高い叫び声が響き渡り、転移者達は騒然とする。


 白目を剥く源に玉座に座る男は「少しやりすぎてしまったな....ははは。」と戒める様に苦笑いをした。




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 濡れた制服を脱ぎ、白いYシャツに袖を通しズボンを履く、ベストを着て最後にネクタイを締める。

 馬子にも衣装と言うやつか、普段とは少し違う服装に背伸びした気分だ。


 源が泡を吹いて倒れた事や大体数の転移者の洋服がびちょ濡れになった事から説明は一段落ついたことになった。春人や総司としてはもっと異世界事情や基本知識についてご教授を願いたかった、というのが本音だが団体行動を優先、男女を分けて従者に案内され、先程の部屋とは打って変わった床は全面赤の絨毯、よく分からない装飾品や調度品が目立つ部屋に案内された。


 部屋にはジャケットやらYシャツ等の着替えが置いてあり、従者の方に聞くとこの部屋にある服はこれからの祝賀会に参加して頂く際に着替えて頂くものだったので、一旦こちらの服に着替えてもらっても宜しいですか?という事だった。


 生徒達も異論はないのでそれに従う。

 2人とも無難なジャケットに着替え、神妙な面持ちになる。


「ていうか、これがイセカイの服...、案外普通だな。」


「まぁ、騒ぐほどのもんじゃないね。元の世界にも似たような服はあるし。ま、他の生徒が着てる服で祝賀会に参加するってのは少なくとも日本じゃありえないかな。何処ぞの王族かっての、あのローブとか。」


 総司が指さしたのはいかにも王様が来ていそうな真っ赤なローブをきた男子生徒だ。他にもくるっと丸まったつけ髭をつける生徒や馬鹿でかいウィッグをつける生徒もいた。ここは成人式か、とツッコミたい衝動を心の中に収める。


「はぁ、呆気にとられてるのは僕だけかな?」


 総司は溜息をつくと春人がチョップをかます。


「痛ぁ!!?」


「もうこうなっちまったんだから楽しもうぜタカシ」


「まったく.....能天気だな春人。剣と魔法の世界に連れてこられて帰り方もよく分からないのに。先生にはああ言ったものの、僕はまだドッキリ路線だと思ってるよ?」


 総司がそう真面目にいうと春人はゲラゲラ笑った。


「まぁ、魔法とか異世界とか、非日常的で面白そうじゃん?暇つぶしになればそれでOKだろ?」


「まあ、そうかもね。」


 冗談を言いつつこの先の事を話しながら待機していると、奥の方から身長180cmはあろう、上背のある男が近づいてきた。

 顔は眉目秀麗と恐ろしくいい顔だち、瞳はトパーズの双眸、髪は赤に黒を混ぜ合わせたような蘇芳色。何処と無く誰かに似ている。

 筋肉はあまりついていないが、運動神経は良さそうな体格をしている。服装は白のタキシードの様な服だ。

 服装や美男子の風貌からして『伊達男』という文字を体現している。

 その男は総司と春人を見るや否や、手を振ってこちらの方に寄ってきた。


「おー、誰かと思えば、タカシはいるとは分かっていたが、まさか小早川までいるとはねぇ。」


(あかり)先輩!?」


「橘がいるからもしかして…と思ったんですけど、やっぱりですか。」


「いやぁ、一号車さ、変装してたから多分バレなかったと思うけど、正直ばれたかと思ったねぇ。つか小早川、君また茜と登校したね?殺すよ?」


「うげ、シスコン野郎が。つかどんなとこに労力さいてんだこいつは。」


「はっ!茜ちゃんにバレないように今日も朝五時に家を出たのさ、正直寝不足。ずっと息を殺しながら茜の可愛らしい姿をこの眼球に焼き付けていたのさ。間近で見れなかったのが残念だったけどねぇ。」


 全身を大きく広げながら茜への愛を表現するこの男は茜の実兄、橘燈(たちばな あかり)である。

 グッと拳を振り上げ、後輩達に今日の妹を見守るという名のストーカー行為を自慢げに熱弁する。



「だがまさか、こんな自体になるとはねぇ....。正直、早く茜と一緒に我が家に帰りたいよ。ていうか、最近の茜の可愛い話、聞く?ていうか話すね?」


 茜の兄、燈の話が10分ほど続いただろうか、という所で春人がはっ、と思い出したかのように話に割って入ってきた。ちょうど話は議題が変わり、『妹の手作りのクッキーが美味しすぎて市販のクッキーが食べれなくなった件』についてだった。


「と言うか先輩、これからどうするですか?」


「どうするって、何さ?」


「いや橘に先輩がいる事言ってないじゃないですか。どうする気なんですか?」


 問題なのは茜に燈をどう登場させ、どう説明するか、だった。どうせ、そこら辺の事は燈は考えていないだろう、という総司の心遣いでもある。


「それはもう、...サプライズしか無いさ。」


「マジすか!?」「えぇー。」


 どうやら考えていなかったようだ。


「恐らくだろうけど、もう、号泣に号泣。縋りながら泣いて喜ぶさ。」


「それ本当に言ってます?ウケねらってません?」


「切実に、切に、心から言ってるのさ。あぁ〜、サプラァイズでいきなり僕が飛び出てきたらどんな顔をするだろうかぁ...。」


「普通にキモがられるだろ。」


 茜はそのシスコンな兄を嫌っている。いや、燈がしてきた事を顧みれば嫌うのも当然の事だろう。いないと思っていた燈がいきなり「サプラァイズ!!」と飛びついてきたらどの様な反応をするのだろう、というのは容易に想像でき、ハモる程だった。


 余談だが茜が燈の事を嫌っている理由として第一に過保護が挙げられる。

 彼女が友人達と遊びに行くとなると必ず尾行したり、友人達の身元を調査したり、男子生徒等が茜に好意を寄せている等の噂を聞きつけると、その男子生徒を秘密裏に呼び出し特別なオハナシをしている...らしい。

 だが燈が過保護なのも相まって、中学時代、茜には変な虫がつかなかった。その点では春人は茜が学年中で噂されるマドンナでも平穏に何事もなく生活できてるのは燈のお陰なのではないのか、と思っていたりしている。


 閑話休題。


 とは言ってもどうしたものか...と頭を捻りながら考える三人だが、数分も経たないうちに、従者の方が扉を開き入ってきた。


「男性転移者の皆様、祝賀会の準備が完了致しましたので、ご案内致します。」


「もう日も沈む時間だろう、お腹もペコペコ。」


「何だかんだ言ってお昼も食べてませんからね。行くとしますか。あっちで考えればいい事ですし。」


 やはり食欲には勝てず、そのまま男性陣は従者の案内に従い、部屋を後にした。




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「こりゃ、世界遺産みたいだな。」


 春人がそう言うのもわからなくはない。

 重厚な両開きの扉が開かれると、光輝燦然のシャンデリア。下の床の材質は大理石だろうか、壁には煌びやかな装飾が施されている。

 だがそれだけではない。何卓もある円卓の上には細やかな装飾が施されたテーブルクロスが引かれており、その上には、恐らく異世界の料理人が趣向を凝らしたであろう、奇抜で豪華な料理が乗った皿がところ狭しと置いてある。


「すごぉい!至れり尽くせりの豪勢の限りを尽くした料理達って感じだねぇ。思わず舌舐めずりしてしまうね。」


「タカシ!」


「なに?」


「へへへっ!!」


「だめだ、春人の語彙力の低下が著しい。」


 つまみ食いをしようとする春人の手を叩き落とし、女性陣の到着を待つ。

 数分もしないうちに女性陣は到着し、その中には沙耶や茜もいた。


「わぁ!すごーい!!」


「美味しそうな料理ばかりだね、茜ちゃん。」


 二人とも広間の絢爛豪華な様子や異世界の料理に驚きつつとても楽しそうだ。


「マイシスター!?小早川、タカシ、僕は少し隠れさせてもらうさ〜。」


 二人の返答を待たず、後ろにフェードアウトしていく燈。さながらムーンウォークのようだ。

 二人が後ろを向いた瞬間には燈は居らず、気にすることも無く前に向き直った。そうしていると、前から茜と沙耶がやってきた。


「あっ、春ちゃん、タカシも!探したよー!どう!?このドレス!異世界の服って煌びやかなのがやっぱ多いんだね!」


「ちょっと派手だよね?もう少し落ち着いたのでよかったんだけど茜ちゃんが...。」


 二人は春人達同様、異世界の正装に身を包んでいる。

 茜は赤のタイトなミニスカートドレスで、袖はなく、全体に細かい刺繍が入っているレースが特徴的であり、彼女の魅惑のプロポーションを惜しげも無く飾る。

 沙耶は青のフレア袖が着いているハイネックのロングドレス、何処か淑女を彷彿させるが、後ろを見れば背中がばっかりと空いているバックオープンとなっておる。

 道理で後ろを振り返る男子生徒が多かったのか、と総司と春人は思う。


「い、いいんじゃないかな?」


「なかなかどうして。馬子にも衣装てやつで。いいでやんすね。」


 総司は沙耶を見ながら少し吃りながら賛辞の言葉を送る。

 春人の言葉は何処かいい加減で、


「春ちゃんは一言多いかな?」


「春ちゃんは一言多いのがデフォルトだし、バカだから。」


 とバッシングをくらった。


「それはそうと橘、今更なんだけど、今回の社会見学って全学年合同だろ?先輩は一緒じゃないのか?」


 服装の話が終わると、春人がそれとなく(シスコン)について茜に聞くと、一瞬眉を顰めた。


「あぁ、お兄ちゃんはAコースのに行くと言ってたよ。私が一緒にしないで、と言ったから。でも」


「でも?」


「お兄ちゃんがこんな変な事に巻き込まれなくて良かったなって、少しだけ思ったりしてるんだよね。変、だよね私。」


 少し下を向きながら、頬を紅潮させながら、茜は少し小声でそう言った。




 正直そこまで燈の事を思っていたのか、と三人は少し感心した。家族の事や友人がこんな得体の知れない事にまきこまれなくてよかったと思うことは当然の事だが。


 少々、しんみりとした雰囲気になったなと思い、春人が鼻を擦りながら、照れくさそうにする。沙耶は目を細めながら茜の事を見る。

 だが、三人がほっこりしているその時、その空間は不躾にぶち壊された。



 他でもない実の兄、燈によって。




「そっ、そんな事思っていたのかい、マイシスターー!!!僕は、僕は、嬉しいっ!僥倖!多幸!僕は天下一の果報者だねぇ!」


「うぎゃぁぁぁぁああああ!?」



 円卓の下から茜の後ろに登場すると、愛する妹を抱擁しながら歓喜する。

 おそらく何年も聞いていなかったであろう心配の言葉を聞いたのだ。燈が狂喜乱舞するのもおかしくない。

 だが、段階を踏んで欲しかった。

 そう切に思ったが、それを裏切るように茜は奇声を上げながら倒れた。奇しくも二人が予言した通りになってしまう。


「うわぁぁぁぁ!マイシスター!!?」


「なんで普通に登場出来ないんすか!?」


「白目剥いて倒れてるし、どうしたらいいんだ!」


「はぁ...、異世界来てまでこのノリなの?私正直早死にしそうだよぉ。」


 春人と総司は燈に抵抗の暇さえ与えず拘束し、沙耶は燈に抱きかかえられた茜を奪い取ると、膝枕をしながら彼女を床に寝かせる。

 そこから茜が目覚めるまでの十分間程、春人と総司が燈に「正しい兄としての在り方」をお説教したという。


 三人の小さなため息が夕日と共に沈んで、消えていった。





「転移者の方々、存分に食べているか?、飲んでいるか?今宵は水入らずの祝賀会をぜひ楽しんで欲しい。そういう訳で国の関係者等は呼んではない。今日は我と娘のセシルとテイル、あとは従者のみだ。」


 茜が目覚めた後、先程の男と法服の女性、あとは春人達と同年代くらいの女性が来て壇上に立ち、転移者全員に向かって喋り出した。燈は一応目覚めた茜に平謝りをしたが、彼女はそっぽを向いたまま、「今日は口聞かないから、明日にして。」と言った。

 燈が「えっ!?一日だけなのかい?」と驚いたのは衝撃だったが。


 春人が総司にこっそりと耳打ちする。


(タカシ、あの人偉い人だったのか?)


(そういや、春人は説明してる時のびてたね。フルール神国(ここ)の王であるエクウス・コローナ・オペラシオ。隣の方はセシル・オペラシオ。第一王女らしい。隣のテイルって子は、多分第二王女じゃないかな?俺たちと同い年くらいだと思う。)


 総司とバチバチ火花を散らしながらメンチを切りあってたのは一国の王女だったのか!と春人は総司の胆力に内心驚いた。


 コソコソと喋っていると王の話は終盤に差し掛かっていた。


「まあ、長ったらしい話は置いおいて、今宵は無礼講、是非とも羽を外して楽しんで欲しい。明日からの事に備えて、な。ハハハッ!...では最後に、できれば、この国を、いや_______世界を救ってくれる、と私は切に願っている。では、」


「乾杯!」


『乾杯!』


 皆が配られたグラスを手にし、上に掲げた。


 シャンデリアを透かしたグラスの果実水が色とりどりに光る。グラスをぶつけ合う音、それは祝賀会が始まる合図だ。







 日が落ち夜の帳が落ちる。

 乾杯をしてから一時間程度経っただろうか。未だ祝賀会の熱気は収まらず、皆が皆思い思いの時間を過ごしていた。

 あるものは異界の料理に舌鼓を打ち、あるものは談笑に花を咲かせ、あるものは異界の音楽に合わせて踊っていたりなど様々だ。


 そんな上を下への大騒ぎの中、一人の女性が春人達の卓に近づく。


「皆さん、楽しんでおられますか?」


 宅に近づいてきたのは、先程壇上に立っていたテイルという女性だ。セシルと同じ金髪の少女で、顔は少し幼く髪をポニーテールにしている。


「私はテイル・オペラシオと申します。このフルールで第二王女を務めています。昼間の召喚の儀の時は公務で勇者様方にお会いできなかったのでこうして自己紹介に回っている次第です。どうぞ宜しくお願い致します。」


「いいえー、王女様。」


「お、王女様。すいませんこの様な格好で。」


 卓に料理が乗った皿をところ狭しと並べる総司がまたへりくだりながら会釈する。片手にはエビチリの様な料理を持っている。


「仰々しいですよ御二方、もっと砕けた様にお願いします。」


「テイルちゃんも大概だけどねぇ。」


「ちょっと!燈先輩!」


「いいんですよ!それよりも他の方もいらっしゃるんですか?」


 テイルとのやり取りをしている間に春人と沙耶、茜がもどってきた。例に漏れず、彼らも料理を乗せた皿を持っている。


「おーい、何してんだよタカシ。俺のエビチリっぽいやつ取っといてくれたか?早く食いたいんだよそれ。」


「してるって。みろほら。」


 総司がエビチリっぽいものを春人に見せる。すると、


「おや、それはシュランピの甘辛和えですね。私も好物なんですよ。」


 とテイルが料理と春人の間にインターセプト。フォークでエビチリ、もとい『シュランピの甘辛煮』を口に入れ、微笑する。


「うわぁ!王女様が俺の海老食っちゃった!!うわぁ!」


「このタカシ?様が食べても宜しいと言っておらしたので...。」


「え、そう来ますか王女様!?」


「なんだ!お前に決定権ないだろ!タカシ!取ってこいよ!」


「なんでだよ!」


 セシルは二人のやり取りを見ながら「すいません。また私ったら冗談が。興に乗ってしまって...」と笑いながら謝る。


 話題転換の為、セシルが「あっ、そう言えば皆様のちゃんとしたお名前はまだ聞いていなかったですね。」と切り出す。


 これはとんだ失礼を、と総司は言いつつ、改まった態度で自己紹介した。


「僕はソウシ タカハシです。」「僕はアカリ タチバナ。こっちは妹の_____」「…アカネ タチバナです。.....一応兄妹です。一応。」「私はサヤ タヤマです。」

「俺は、ハルト コバヤカワ。趣味は裏切りです。裏切りが大好きです、関ヶ原では勝ちました。よろしくお願いします。」


「ハルトさん…?か、変わっていますね!セキガハラとは何処かしりませんが、凄いです!」


 裏切りというぎょっとするような告白にテイルは少し驚きつつも、それを悟られないように微笑しながら返答する。


「春ちゃんそれ文系しかわかんないやつ!しかもここイセカイでしょ!」


「マジか、中学から温めてきたこの自己紹介ギャグが通じないのか…。この渾身の自虐ネタが…。」


 すかさず沙耶がツッコミを入れるが、駄々滑りの雰囲気が充満する。

 春人の額は少し汗ばんでおり、自らがこの雰囲気を作ったと自覚した。何とも言えない空気を変えるためテイルが「あー私、少し外の空気が吸いたくなってきました。そうだ、皆さん宜しければ露台に出てみませんか?見せたいものがあるんですよ。」と、勧めてくる。


「いいんじゃないかなぁ?僕は丁度外の空気が吸いたくなった頃さ。皆は?」


「僕も行きたいです」「右に同じく。」「私も異論無しです!」「俺もー。」


「ではいきましょう。」


 断る理由もなく、テイルの提案通り、窓の外のバルコニーへ行く。



 セシルが扉を開く。





 直感的に五人は思った。


 此処は本当に異世界だ、と。


 外気の雰囲気、空の蒼さ。淀みのない空気は屈託ない星々の光を自信満々に着飾っている。


 そして、気づく。


「...大海原じゃん。」


 水平線に浮かぶ月。鼻腔を抜ける磯の匂い。そして眼前に広がる海。


「そうなんですよ!フルール神国の神都、『カステルム』は海に面している都なんです。素晴らしい眺望でしょう!」


 両手を広げながらテイルは五人の顔を伺った。だが、彼女が予想していた驚嘆の声は上がらず、出たのは海自体を懐かしむ言葉だった。


「久しぶりだな。...海なんて二年間ぐらい行ってないな。」


「えぇ!?もう少し驚かれるかと思っていたのですが。」


「いやぁ、十分驚いてますよぉ。まぁ、僕達の住んでいた地域も海に面していた、というか、国自体島国なんですよぉ。四方八方を海に囲まれていて。」


「ガッカリです...。我が国の誇る海が別に珍しくなかった、だなんて...。ニホン恨めしい...。」


 テイルは膝から崩れ落ちた。この落ち込みようからこの世界では海が珍しいらしい。残念そうに唇を噛む彼女を燈がフォローする。


「結構そうでも無いようですけどねぇ。」


 指さしたのは海ではなく、水平線の上に浮かぶ星々を見る他の四人だ。


「うわぁ、すごっ。ていうか星がめっちゃ綺麗!」


「サーヤ!あれ天の川!?」


「え!?ここ地球なのにあるの?天の川?」


「タカシ、この世界にも天の川あんの?」


「恐らく、この世界は地球に似た世界なのか。」


「因果があるからソーマ様が召喚なされたのに違いありませんね。」



 そのまま、五人は降り注ぐ星の光をじっと見つめていた。


 三分弱の間、彼らは一言も発せず、ただ地球とは違う非現実の世界を受け止めようとしていた。


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