A Whole New World
「ふぁ~…うぁ。」
月曜日。
それは憂鬱が始まる忌まわしき曜日。
一週間が始まる曜日。
午前7時50分。眠たい瞼をこじ開け、凡庸な顔を見つめながら顔を洗い、小早川春人は一通り用意を終わらせると靴紐を素早く結び、玄関を出るため引き戸の扉を開く。
高校二年の春、少し肌寒い春の季節は終わり、風はほのかに温かみを帯び、光は柔和で、もうそろそろ初夏か、季節の移り変わりを感じてしまう今日この頃、少し律していた顔が綻んでしまう。
アスファルトで舗装された通学路を歩るき、大通りに出ると、学生達やサラリーマン等、通勤通学する人々で道はごった返していた。
煩い、喧しい、かしましい。そんな現在を遮断するようにカナル型のイヤホンを取り出し、耳にセットする。
聴く音楽のジャンルは特に決まっておらず、何となくいいな、と思ったものならJPOPだろうがレゲエだろうがなんだって貪欲に聴く、今聴こうとしているのはボカロだ。
だが、再生ボタンを押すことは叶わずその前に
「おはよーっ!」と背中に軽快な音を響かせ、勢いよく叩かれた。ヒリヒリと背中に痛みを感じる。
後ろを向くとそこには微笑む美しい女子学生が立っていた。いや、学生服を着ていなければ女子学生とは見えないほどスタイルはべらぼうに良く、身長は春人の肩ぐらいだ。それでも160cmはあるだろう。
髪型は首にかからない程のショートボブで赤紫の蘇芳色、肌は透き通る様に白く、トパーズの双眸でこちらを見つめている。だが、この小早川春人は一瞥するとまた前に歩き出してしまった。
「えぇ―っ!!今日の春ちゃんは不機嫌かな?あれれー?」
彼女は歩き去る春人に対して急ぎ足で追いつくとぴょこぴょこと右左に体を捻りながら春人の様子を伺った。
それに耐えかねた春人が後ろに向き直ると口を開けて大声で叫んだ。
「やかましいんだよ!つか毎度その背中ぶっ叩く挨拶やめろよな、背中ヒリヒリすんだよ橘。」
「男なんだから痛いのぐらい我慢しなよ!つか不機嫌に見えてテンション高いじゃーん。安心したゼ!」
「聞いてねぇのか、このアホは。」
「アホじゃねーし!バカだから!」
「バカではあるんだな。」
この美少女の名前は橘茜、高校一年生で容姿端麗、成績優秀で、春人の在学する高校に鳴り物入りで入学したスーパースターだ。
その抜群のスタイルと妹のような安心する声が絶妙にマッチし一年生男子諸君の羨望の的、つまりはマドンナ的存在であろう。
そんな美少女が何故春人と親しいかと言うと、端的に言えば昔からの仲、小中高同じ学校の先輩後輩だったから、というありふれた理由からだった。正直春人はこのせいであることないこと因縁をつけられては酷い目に遭ってきた。
依然として春人の肩をポカポカ殴る茜をひっぺを剥がすと、「あ、今日昼飯忘れてたんだ。俺コンビニ寄るから先、行っとけよ。」と茜を先に登校させようとするが「あー、私もコンビニ行きたかったんだ。丁度いいし一緒に行くよ。」と言われてしまい、結局通学路の途中にあるコンビニエンスストアに入る。
店員が「いらっしゃいませー」と明朗快活な挨拶をし、春人は店内を物色する。
「あ!これいいじゃん、ガ〇ガ〇くん。あーあと、今週の〇ャンプ買っといて。」
その間、茜は春人の買い物カゴにどんどん要らないものを入れてくる。しかも入れたものを返してもまた入れてくる為、商品棚に戻すのが恐ろしくめんどくさい。
「馬鹿、朝からアイスいれるな。あと俺の金で〇ャンプ買うな。」
「別にいいじゃん。お会計面倒臭いから買っといてよ。」
「あっ、ちょっと待て!」
茜は、春人の言葉を聞かずにそう言うと早々と外に出ていった。
「まぁ、いいか。」
渋々、自分の飯と飲料を入れて買い物を済ます。
外に出ると茜が待っており、「早く渡せや」と無言の圧力をかけてくる。半ば呆れた顔で渡す。
「わかってるから、ほらよ。」
「おっ、新連載面白そうじゃーん。ありがとね!」
「はぁ、調子がいいな、ほんと。」
お利口さんにしていれば可愛いんだがな、そう言いかけたが、茜が怒りそうなので春人はその言葉を黙って口に押し込んだ。
学校が近くなりそろそろ校門が見えるであろうという
という所で、向かいの道路から「おーい!春人ー!急げー!」「春ちゃーん!遅れるよー!」と忙しない声が聞こえた。
向かいの道路から横断歩道を渡ってきたのは少し背の小さい金髪のメッシュが入った男子と、これまたスタイル抜群の青髪の前髪ハーフアップのサイドテール美少女だった。
「沙耶にタカシ、どうした?まだ朝早いし、寝坊じゃないから安心しろよ。」
「おはようっす!サーヤ先輩、タカシ先輩!」
膝に手を着きながら肩で息をする高橋総司通称タカシとこちらも額の汗を優雅に拭う田山沙耶。二人とも中学生の頃からの親友であり、無愛想な春人にとって数少ない友達と言っても過言ではない。
二人は茜と春人を見ながら息の揃った声で叫んだ。
「「今日は社会見学の日だろ!」でしょ!」
――――――――――――――――――――――――
「「「「「すいません.....」」」」」
「いやぁ....出発にはギリギリ間に合ってる訳だし、もうこれ以上私も言わないから。ね?さぁ、乗っちゃって!」
ロータリーに止まっている二台のバスの手前、春人達は頭を下げながら先生に平謝りをしていた
他の生徒達は春人達がバスに乗車するや否や「また春人かよ!おっせーぞごら!!」「おいおい。」「おせーわアイツ。」と同学の男子クラスメイト等が茶化しを入れた為、他の生徒が追求することはなかった。少し立ち上がって何か言いたそうな生徒もいたが、周りの生徒に羽交い締めにされ、無理やり席に座らせられていた。
春人達が適当に一番後ろの空いている五人席に座ると、最後に源先生が乗車し、一番前の席付近にあるハンドマイクを手に取り喋り出した。それと同時に、バスは学校の校門を抜け、目的地に向けて走り出した。
「えー、引率の源です。今回、全学年合同社会見学Cコースの目的地なのですが、かの有名なC社の____________」
源が話している間、生徒達は黙って話の内容を聴いていたが、源の話が一段落すると、生徒達は一斉に喋り出した。
総司は今回いく企業の工場の下調べを一生懸命に春人に熱弁しており、春人は今週末提出するレポートに使用する為メモしている。
沙耶と茜はイチャつきながら、ガールズトークに花を咲かせ、皆が皆、移動時間を思い思いに過ごしていた。目的地に着くまでの何気ない時間だ。
だが、バスが山間部のトンネルに差し掛かった頃それは起こった。
異変は些細な事だった。天井部から落ちてくる漏水の水滴が窓に付く度に、それが多い事に少し違和感を持った総司が熱弁を一旦止め、窓の外を見つめた。
「なぁ、少し水滴が付くの多くないか?ここトンネルだよな?」
「多分ここら辺山間部だから、雨が降ったとかなんか?知らないけど。」
少し思うところもあったが、杞憂か、と熱弁を再開した。
直後、一分も経たないうちに異変は起きた。
漏水している部分から亀裂が広がり、天井部がめりめりと剥がれるように崩れ落ちた。地鳴りとも似たような爆音がトンネル内に鳴り響く。
「うわぁぁぁ!!??」「きゃぁぁ!!」
瞬間、バス内部は地震に似た怒号に包まれた。粉塵が舞い、周りが見えなくなる。バスは、トンネルを抜けようとスピードをあげる。
すぐ右端で大きな亀裂が入った。茜と沙耶は叫びはしなかったものの、顔面蒼白で二人で抱き合ってる。それ程状況は予想外で緊迫している。
一際大きな音がなり、音が大きくなる。
「二人を抱き寄せてバックを被せて屈め!衝撃に備えろ!」
「お、おう、任せろ!」
言われた通りに春人は持っていたバックを沙耶と茜の二人の頭上に被せ、腕を回し寄せた。
総司も鞄を春人の頭上にやり、身を縮め、衝撃に備える。
阿鼻叫喚の中の刹那、春人の視界の先に映ったのは見えるはずのない光芒だった。あまりの眩しさに目を瞑ると、自然に視界が黒くなって言った。
――――――――――――――――――――――――
眼前に広がるのは一面の白亜。朧気ながら視界が開けていく。
齢16、小早川春人。短い人生だった。だがいい友にも恵まれ、紛うことなき親友と呼べる存在も出来た。
自称出来損ないの自分としてはなかなかどうしていい人生を全うできたのだろう。とまるで、自分が死んだかのように頭の中で感慨にふけっている。
だが視界の端から人影が入ってくるのが見えた。
その人影は五月蝿く自分に語りかけてくる。
なんだよ、今感慨にふけってる時なのに、と瞼を瞑ろうとする。
だがそれは許されなく、その人影から放たれたであろう衝撃によって一気に夢から現実に戻される。
「____________い、おい!おい、春人!小早川春人!」
「へぁ」
「へぁ、じゃないだろこの!心配させやがって!」
ぼやけた視界に、うっすらと見慣れた面影が映る。
苛烈な衝撃により、春人の目覚めは至った最悪だった。どうやら、平手打ちをくらったようだ。頬がジンジンしている。
眼前に迫る親友、高橋総司の顔が妙に凛々しく、やっぱイケメンだなと再確認する。
自分の体を見ようと首を曲げようとするが、どうもここは天国ではないようだ。周りを見る限り、白亜の大聖堂のような場所にいるからか、天国だと錯覚したようだ。
自分の体を見渡すと似合っていない制服は置いといて、自分の四肢がちゃんと胴体についている。足もある。手もある。声も出る。勿論頭もある。ペタペタと顔や体を触る。これは使い慣れた自分の体だ、と認識する。
「生きてる?」
「生きてる」
「立ってる?」
「立ってるよ」
「うぉ、生きてるのかっ俺。」
生を再確認した春人は、立ち上がる。総司を持ち上げると抱えあげ、そのまま抱き合いながらグルグル回ったりもしてみせる。それに対して総司は「止めろバカ!」と、本気の反抗をするが、身長が足りなく虚しく終わる。
「うおっほん」
わざとらしい咳払いが聴こえ、春人が一旦総司の事を下ろし、声の正体の方に向き直る。
居たのは法服の様な服を着て、錫杖の様な杖を持つ淑女だ。煌びやかな金髪に青い双眸。日本人離れしている。
「これで最後の方ですか?では始めさせてもらいますが、大丈夫ですか?少し、その...混乱....してらっしゃる様なので。」
「いえ、これがこいつの平常運行です。」
「いや、違う!違います!」
少し言い淀む女性に対し、すかさず虚言を叩き込む総司。
「取り敢えず、他の皆さんが集まっている場所へ向かいましょう。事情を説明致します。」
女性はゆっくりと歩き出した。二人もそれに追随する。
大聖堂のような場所を抜け、赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。
灯りはそれらしいものはないが、不思議と明るく、どうやら壁が光っているようだ。間接照明か、と納得すると前に向き直る。
漸く、廊下を抜けたと思えば、そこにはCコースの学生や引率の先生、バスの運転手、全員が集まっていた。二号車の乗客もいるようで、総勢60名弱程だろう。
依然春人は少しパニック状態だが、今から置かれている状況が説明されると言うのだからここで騒いでも意味は無いと、自分を落ち着かせ、集団の一番後ろにつく。
前には玉座の様な椅子に座るえらく豪勢な装いの初老の男性が座っている、金髪、青い瞳。顔つきはとても彫りが深く、少なくとも日本人では無い事が伺える。
先程の女性が男性の傍にいき、耳打ちをすると、軽く咳払いをし、椅子から立ち上がった。
手を前に仰ぐと、声を発した。
「神から定めら天恵を受けし異世界の勇者達よ!我がフルール神国へようこそ。よくぞ召喚に応じてくれた。心から感謝する。」
「は?」
衝撃の事実に空いた口が塞がらない。間抜けな顔を晒しながら春人の声が響いた。