走れ!コシュタ・バワー!〜第一回魔界記念首無馬限定障害競争決勝戦直前、控室にて
勢いで書いてみました。
作者初の、恋愛なし、異世界短編、スポーツもの、男の友情です!
「さあ、お待たせしたっす! 「第一回魔界記念首無馬限定障害競争」決勝戦が、間もなく開催するっす! 長すぎて舌を噛みそうなので、「魔界大障害」と略すっす! 首無しデュラハンの首無し愛馬、コシュタ・バワーに騎乗して障害物を乗り越え、目指せ優勝アーンド魔界最強の騎手っ! 実況中継は俺、ガーゴイルのキーアが上空からお届けするっすよー!」
『ワアアアアーー!!!』
「観客席にてんこもりの、悪魔に魔物に幻獣のみなさん、盛り上がってるっすねー! それでは、出場者を発表するっす。ビッグモニターにちゅうもーく!」
「蠅の王」ベルゼブブ様&「最凶」デビルオブデビル!!
「大公爵」アスタロト様&「鮮烈」シャドーウィップ!!
「熱き魂」善治&「疾風」ウイングスター!!
「奇跡の魂」翔&「孤高」クリスタルクイーン!!
『ウオオオオーー!!!』
「魔族2人、人間2人、首無し馬コシュタ・バワー4頭。彼らの予選での戦いに胸が熱くなったのは、俺だけじゃないはずっすよ! 続いて、地上の実況席にいるリリー!」
「はぁい、ここからはあ・た・し、サキュバスのリリーがお送りしまぁす! 予選までは、炎の山や死の砂漠、魔の谷底など自然の中のレースだったわねぇ。今回の決勝戦は、魔界を統べる魔王サタン様が人間界の競馬場を元に、この特設巨大コースを監修したのよぉ。人間界のショウとゼンジにも障害の案を出してもらったけど、何がどこに採用したかは一切知らないわぁん。サタン様がちゃんと公平に初見で走れるようにした配慮はさすがよねぇ! 観客席から見やすい位置にこのビッグモニターもあるしぃ、ガーゴイルやハーピーたちが各所で撮影してるしぃ、大事な場面は見逃さないからねぇ!」
『ギャオオオーー!!!』
「た・だ・し、騎手同士の直接攻撃は一切禁止よ? 純粋に速くて強い馬とそれを操る騎手を決める戦いなのですものぉ。もちろん観客のみなさんも、喧嘩はダ・メ!」
「そうっす! 今回は人間界の競馬のような賭け事も、ルール違反っすよ! サタン様が定めたこのレースは、勝ってほしい騎手や馬を応援するっす。ルールを破ったらサタン様に存在を消されて石像にされちまうっすからね。以前の俺みたいにならないように、みんな気を付けるっすよー」
『…』
「あら、みんな黙っちゃった。キーア、洒落にならないわよぅ。あたしが天界から堕ちた元天使なのは有名だけど、あなたが元上級悪魔サタナキアだったのに規則を破って石像のガーゴイルにされて、サタン様の恩赦で動けるようにしてもらったことは、最近まで知られていないかったんだからぁ」
「まあ石像になってたのも、短い間のことっすからね! そんなことより、サタン様も観覧されているっすから、みんなもしっかり楽しむっすよー! それでは、まず「魔界大障害」の前哨戦として、ケンタウルスたちの馬場馬術っす! 彼らの美しい演技をお楽しみに!」
『ウ…ウオオオオー!!!』
◇ ◆ ◇
観客の唸り声が轟く中、広い控室では決勝戦に出場する騎手たちが、思い思いに待機していた。
「やっぱりサタン様はすごいね! いくら人間界にも魔界の住人が潜伏してるからって、ビッグモニターや撮影機材なんかも揃えちゃうんだから。いやぁ、こんなに大盛況になるなんて思っても見なかった。僕もみんなも頑張ったかいがある…いてっ」
翔が体をほぐしながら、控え室に備えてあるモニターを見て声を弾ませた。17歳の割には童顔で愛嬌のある顔立ちの彼は、金色の勝負服を小柄な体躯に纏わせている。
そんな大きな瞳をキラキラさせている翔の頭を後ろから軽くはたいたのは善治だ。翔と同い年の端整な容姿で、銀色の勝負服を着て眉をひそめる。常に不機嫌そうだがそれが普通なので、周りは気にしない。ただ、今回は本当に機嫌が悪かった。
「何が僕も頑張った、だ。翔は馬に乗ってただけだろ。こっちはどんな馬の魔物がレースに合うか調べたり、コシュタ・バワーに決まってからはレースに出れる条件の馬を選出したり、特設コースの障害物の案を出したり、本当に大変だったんだぞ。キーアとリリーだって、明け方までコースのチェックをしてたっていうのに、お前はぐーすか寝てるし」
「いやぁ、その節はお世話になりました! そうだね、たしかに僕は何もしてないや。ごめんごめん! 善治たちのおかげだよ。本当にお疲れさま! ありがとう!」
「ふん。それにしても、俺の紹介「熱き魂」って何だよ。恥ずかしい上にださすぎる」
「それね、僕が考えたんだ。僕のとばっちりで魔界に来ちゃったのに、善治って一度も文句言わなかったでしょ。他のことではたくさん言われたけどさ。熱い友情を感じるし、馬にかける情熱は人一倍だし。「熱き魂」、ほら実体があっても僕ら魂のままだから、ぴったりでしょ!」
◇ ◆ ◇
翔と善治は競馬学校騎手養成コースの同期で、一二を争う優秀な生徒であった。
大牧場育ちで天性の才能で馬を乗りこなし、メキメキと頭角を表していく翔。
有名競馬騎手の息子で、危なげない手綱さばきと努力を惜しまないその実力は折り紙付きの善治。
何かと翔に突っかかる善治と、それを異にしないマイペースな翔は、名物コンビとして他の学生や教師に認識されていた。
ある日休憩時間の厩舎前で、いつものように一方的に善治が翔に突っかかっていたときのこと。
突然の爆発音と共に、二人は気付いたらピンクの靄の中に座り込んでいた。戸惑う翔と善治の前に白い光と黒い光が現れたかと思えば、それぞれとても美しい幼児と幼女になった。
幼児は天界を治める神ゴッド、幼女は魔界を治める魔王サタンと名乗り、事の次第を説明する。
天界と魔界にとって、人間界にいる人間の魂はそれぞれの世界を成り立たせる上でとても必要なものである。善人や聖人の清らかな魂が特に強い力を持つので、その人物が天寿で死去するまで待って、天界と魔界で取り合いになるほどだ。
翔の魂は、それに匹敵するほど稀有で美しいらしい。
そのため、神の忠実な下僕たる天使と魔王の臣下の悪魔がそれぞれ人間に化け陰日向に見守っていたが、そのうち天使も悪魔も翔に情が移ってしまった。
それぞれの世界に連れていきたい天使と悪魔は小競り合いを繰り返していたが、ついに本来の力を使ってしまい、たまたま側にいた翔と善治が巻き込まれてしまったのだ。
原因となった天使は魔界に堕ちてサキュバスのリリーに、悪魔は全員の記憶から消されてただの石像のガーゴイルになった。
ちなみにこのピンクの靄は、人間界と天界と魔界の「淡いの間」という無の空間。定期的に神と魔王と人間界の管理者と三人で近況報告をしながらお茶をするらしい。仲は良いようだ。
神と名乗る美少年ならぬ美幼児と、魔王と名乗る美少女ならぬ美幼女がすまなそうに眉を下げる。
『実は二人は今、魂の状態なんだ。僕たちの力で実体を持たせているけど、本来の体は人間界にあって、意識不明の重傷で病院に運ばれている。人間界の管理者がすぐそばで早く良くなるように力を送っているから、ここにはいないんだよ。それでも完治には半年かかる』
『今回の件は部下を制御できなかったあたくしたちの落ち度なの。本当にごめんなさい。お詫びとして、治ったら身体能力や運など元々のステータスを少しずつ上げておくわ。さらに治療の間、特別に天界か魔界のどちらかで過ごせるようにしてあげる。どちらも滅多にない珍しいものが見られるわよ? 治安がいいのはやっぱり天界だけど、魔界を選んでもちゃんと手厚くもてなすわ。どうかしら?』
◇ ◆ ◇
「…ったく。だからって、『馬に乗れるのはどちらの世界ですか?』って聞くか? しかも魔界に馬の魔物がいることを知ったら、即決だもんな。天界にだってペガサスやスレイプニルがいただろ?」
ペガサスは背中にある鳥の翼で空を飛ぶことができる。
スレイプニルは八本の足を持ち、非常に速く走る。
翔から邪気のない笑顔を向けられた善治は、赤くなった顔を隠すように再度翔の頭を軽くはたき、早口でごまかした。
「いてて。だってさー、神馬って絶対に速いじゃん。それも魅力的だけど、僕は一緒に強くなっていきたいんだよね。それに魔界のほうが、馬の魔物が多いし。コシュタ・バワーの他にも、水に強いケルピーとか、角がかっこいいユニコーンとか、それぞれに特徴があって楽しいよ。ケルピー限定水上レースや女性騎手によるユニコーン限定レースとか、色々できそうだよね」
ケルピーは水辺に住む幻獣で、人間を水に引きずり込む。
ユニコーンは一本の角を持ち、気性が荒く、処女のみになつく。
「お前な! これ以上仕事を増やさないでくれ!」
「ゼン、お互いマイペースな男に振り回されますね。あなたの苦労は我がよくわかっていますよ。こちらのほうがより最悪に自己中心的ですけど」
音もなく現れたアスタロトがため息をつきながら、目くじらをたてる善治の肩に手を置いた。
彼は魔界の実力者のうちの一人、魔族の「大公爵」。翔と善治の魔界での世話役である。
物腰は丁寧で品があり、美貌は氷のような眼差しと共に冴え、腰まである漆黒の長髪は絹のようになめらかだ。しかし今は一つの三つ編みにまとめ、紺碧の勝負服とお揃いのリボンをつけている。
「アスタロト、来たか。でもあの俺様自己中男もある意味では翔にベタ惚れって感じだろう」
「まあたしかに…」
「ああん? 何だお前ら、その締まりのねえ顔は! アスタロトとゼンははなからどうでもいいが、今日のレースは俺様とショウの一騎討ちだからな! あのとき負けたのは、コシュタ・バワーに乗り慣れていなかったせいだ。今回のレースではデビルオブデビルとこのベルゼブブ様の勇姿を後ろからとくと拝め!!」
静かだった控え室に大きな声が響き渡った。
善治やアスタロトの辟易した顔を無視して、ポカンと口を開ける翔を指差すのは、ベルゼブブである。
アスタロトと同じく魔界の実力者で、燃え上がる赤い短髪の筋骨粒々とした美丈夫である「蠅の王」は、髪色と同じ深紅の勝負服に身を包んでいた。
魔界に滞在中のある日、翔はこのベルゼブブに誘拐された。目的はもちろん翔の珍しい魂。ガーゴイルの石像だったフェザーに助けられて何とか逃げ出したが、今度はフェザーを人質に取られてしまった。コシュタ・バワーでの障害物競争を翔に提案され、馬鹿にして軽く見ていたベルゼブブが完膚なきまでに負けたことは、みなの記憶に残っている。その後は翔に執着し、ちゃんとルールにそって魔界大障害の予選から参戦するとは、思いもよらなかったが。
「はあ? ベルゼブブだけには絶対負けねぇから。俺とウイングスターの前に平伏せさせてやる」
「はっ! 負け犬ほどよく吠えるってえのは、本当なんだな」
「我も愛馬シャドーウィップと特訓してきましたから。あなたこそ吠え面かいても知りませんよ」
「ほらほら、ケンタウロスたちの馬場馬術を見ようよ。わあ、前よりみんな足並みが揃ってるねぇ! リーダーのアグリーの指示に仲間たちが従って堂々としてる。かっこいいなぁ! 天界にもこの様子が流れてるんでしょう? 神様や大天使たち、人間界の管理者さんも楽しんでくれてるかなぁ」
馬場馬術とは、馬を正確に美しく運動させるかを競うものだ。馬と騎手がいかに調和が取れた演技をするかが大切なのだが、ケンタウルスの場合は一人で両者を兼ねているので、どこぞの大学の集団行動のように非常に統制が取れている。
善治とベルゼブブとアスタロトが睨みあう中、翔がふにゃりと笑った。一触即発な場の緊張をものともしない彼に、思わず三人は毒気の抜けた表情を浮かべる。
「うふふっ、相変わらずショウは場を和ますのが上手いわね」
翔には敵わないと苦笑していたアスタロトがハッとした表情で振り向いた。そこにいたのは、全身黒いレースのドレスを着た可憐な幼女、もとい魔王サタンであった。頭には不釣り合いな雄々しい山羊の角が生えていて、下半身が蛇の魔物であるラミアの美人侍女ダリアを従えている。
「サタン様!!」
「翔、安心して。天界には世界全てを見ることのできる水鏡があるから、神の意向で大天使たちも揃って観覧しているそうよ。あたしは決勝戦のスターターを務めるからそろそろ行くわ。翔、善治、アスタロト、ベルゼブブ、自分に恥じないレースをするように。みんなの勇姿を楽しみにしてるわね」
「もったいなきお言葉、我、サタン様のため、力の限りを尽くすことを誓います!!」
「ベルゼブブも大概だけど、アスタロトの魔王愛もなかなかだよな。膝まずいて頬染めて魔王を見上げている姿はどうみてもロリコ…」
「こらっ、善治! サタン様、ダリア、僕らみんな頑張るからねー!」
サタンのぷにぷにな右手を恭しく取り、その足元に頬を染めて膝まずくアスタロトを見て、善治は半眼で呟いた。翔が慌てて話を反らすが、ベルゼブブは善治に同意する。
「うむ、俺様もあいつの趣味はよくわからん。サタンの大人の姿には、そこまで反応しないしな。俺はダリアみたいにもっと胸や尻に肉がついていないと、どうにもそそられないんだが」
「…誰ですか、サタン様への私の純粋な尊敬の念を邪推する輩は…? ベルゼブブ、善治?」
「わー! わー! あっ、クリスタルクイーン、サウザー、こっちだよ!」
サタンたちが控室から出るまでお辞儀をしていたアスタロトは、ゆらりと体を起こし、底冷えするほど冷徹な声音で唸った。彼から放たれる冷気で鳥肌が立つ。これは以前にもあった、魔力が暴走する前兆。
必死になって止める翔だったが、控室の奥の大きな扉が開き、自分の愛馬とその世話人が現れたのを見て、大声で彼らを呼んだ。
『何をそんなにはしゃいでいるの? ショウは相変わらず子供みたいね』
「お待たせー。何か盛り上がってるね。いやぁ、クリスタルが毛並みを気にしてるから遅くなっちゃって。ショウに会う前はやたらと見た目を気にするんだもんなぁ」
呆れたように長い首を振る頭のない馬と、その馬具を調整する厩務員のデュランがぼやく。
彼はサウザーといい、デュラハンなので頭が別にある。しかし、頭を手で持っていると作業ができないため、作業着のつなぎの胸にポケットを付け、そこに頭を入れている。生首をぶらさげている異様な状況だが、もう慣れた。
そんな温和な顔立ちに穏やかな性格のサウザーが手がけるのは、翔の愛馬クリスタルクイーンだ。黒毛ばかりのコシュタバワーでは珍しく白い毛色を持っていた。デュラハンと違い、コシュタバワーは頭がなくても五感はあるし、しゃべることもできる。
サウザーの言葉を聞き、クリスタルクイーンは長い尻尾を落ち着きなく振りながら、プイッと首を背けた。
『べ、別にショウのために身だしなみを整えているわけではないんだからっ! これから大観衆の前で走るんだもの、レディなら当然よ』
「とか言って、『ショウに恥をかかせるわけにはいかないわ! 見た目もそうだけど、絶対に優勝するんだから』とかブツブツ呟いてたじゃん」
『やだサウザー、聞こえてたの?! あっ…』
他の厩務員のデュラハンたちが、善治やアスタロトやベルゼブブの馬たちと共に集まってきた。クリスタルクイーンの翔に対してだけのツンデレは周知のこと。それでも、クリスタルクイーンはバレていないと思っているので慌てる。
『ふ、ふんっ! 誰が相手でも蹴散らしてやるんだから! あたくしの前に、誰も走らせないわよ』
「おお、やる気溢れてるねぇ。怪我だけには気を付けてね。まあ、僕も周りをよく見ておくけどさ」
『あたくしを誰だと思っているの!? この美しい体にちょっとでも汚れがついたら、相手に死の呪いをかけてやるっ! …でも、あなたもしっかりつかまっているのよ? 背が一番小さいし、落馬したら周りに巻き込まれてしまうんだから』
コシュタ・バワーはデュラハンと共に、死を招く魔物として有名だが、労るようなクリスタルクイーンの言葉に、翔はにっこり笑った。
「うん。やっぱりクリスタルは優しいね」
『なっ?! し、心配してるんじゃないわよ?!』
「ちょ、ちょっとクリスタル! じんわり発汗してるけど大丈夫?!」
馬の発汗は少しならば問題ないが、馬に落ち着きがなく滴り落ちるほどの汗の量だと、過度な緊張状態ということでレースに差し障りがある。
照れをごまかして焦るクリスタルクイーンと慌てる翔の様子をながめていたサウザーが、クリスタルクイーンを落ち着かせようと首筋を掌でトントン軽く叩きながらのんびり笑った。
「いやぁ、本当にこんな盛大になるとは。娯楽に飢えてるからって、まさかサタン様自ら主催されるなんてね。ショウやゼンにしたら完全に巻き込まれて来ただけなのに、大変だったろう。でもね、僕ら配下の者たちは準備の段階からとても楽しかったんだよ」
「僕はどこでも馬に乗れたらそれでいいんだ。善治やアスタロト、ベルゼブブ…はそうでもないか。まあ僕以外のみんなには本当に苦労させちゃったけど」
「あの三人はなんだかんだ言いながらも、率先して働いていたよ。本当に面倒なら、善治はともかくアスタロト様やベルゼブブ様は、すぐに手を引いていたはず。それに人前に現れないことで有名なルシファー様まで出てくるとは、ね。悪魔の中でも格段に地位の高い方々だもん。みんな君に惹かれてまとまっていったんだ。それは誇ってもいいと思うよ」
「そう? 何だか照れるなぁ。ありがとう、サウザー。よし、クリスタルも落ち着いたね」
善治が愛馬ウイングスターを引き連れて、翔の元へ来た。
ウイングスターは濃い灰色の毛並みを持ち、背中に星のような白い模様があるのが特徴である。性格は素直で優しいため、なかなかレースで実力を出せなかったが、ある出来事で善治の真摯な思いに触れ、彼と共に一着でゴールする快感にはまった。今日もやる気にみなぎっている。
「これが終われば、俺たちは元の世界に戻れるな」
善治が淡々と口を開いた。
やっと人間界にある翔と善治の体の治療が終わったと、人間界の管理者からサタン宛に連絡が来たのは昨日のことだった。
「それは寂しくなる。この半年、今日のレースのために準備していくのは、なかなか面白くもあったからな」
「確かに。ベルゼブブに同感するのも癪ですが、我も毎日のように皆で議論するのは楽しかったですよ」
ベルゼブブが肩を落とす。喧嘩っ早い俺様だが、懐に入れば情に厚い彼の言葉に、思わず犬猿の仲であるアスタロトも寂しげに頷いた。
「…俺も、ここでの生活は、悪くなかった。いろんなことを学んだし、感謝もしている」
珍しく善治が素直に気持ちを吐露する。翔が寂しそうに俯くクリスタルクイーンの肩のあたりをポンポンと撫でながらいつもの調子で明るく提案した。
「じゃあさー、僕たちちゃんと寿命を全うしたら、ここに戻ってこれるようにサタン様にお願いしておくのはどう?」
「そんなことできるのか? 翔の魂って珍しいものなんだろ? 天界も狙ってるくらいだし」
「んー、何とかなるでしょ!」
「その能天気さ…」
善治は呆れるが、翔は勢い込んでアスタロトとベルゼブブに向き直る。
「二人はどう思う?」
「サタン様もショウとゼンをいたく気に入っていますから、何かしら手だてを考えているんじゃないかと」
「だな」
「なら大丈夫だね。さあ憂いもなくなったし、レースに集中しよう! 行くよ、みんな!」
「ああ」「ええ」「おう!」
三者三様の返事を満足げに聞いた翔は、いち早くクリスタルクイーンに乗った。サウザーや他のデュラハンの厩務員の笑顔に見送られ、パドックに繋がる扉へ向かう。
そしてこの第一回魔界記念首無馬限定障害競争決勝戦は、その後魔界で語り継がれる伝説のレースになった。
天界でもおおいに盛り上がり、大天使たちを中心にペガサス限定の空中競争が開催された。
人間界に戻った翔と善治は、その後懸命のリハビリを重ね、奇跡的な回復力で復学し、無事に騎手免許を取得する。二人の新人の怒濤の連続勝利は話題となり、競馬界期待のホープからエースへ駆け上がっていく。
『まるで二人とも馬の気持ちがわかっているかのような騎乗スタイル』
そう称され、取材なども殺到したが二人とも答えはいつも同じだった。
『ただ馬に乗るのが好きなだけですよ』
まさか魔界で馬の魔物を数多く乗りこなしてきたとは言えないし、言うつもりもなかった。
お読みくださり、ありがとうございました!
感想お待ちしております!