私の1頁目
小さい頃、お父さんとお母さんと3人で手を繋いで行った駄菓子屋さん。今はもうそのお店はないけれど、そこにあったたくさんのお菓子に、そして駄菓子屋さん特有のあのなんとも言えない雰囲気は、今でも忘れることが出来ない。
「お父さん、お母さん!
お星様がいっぱいあるよ!!」
そう言ったら2人は、どんな顔してたっけ。なんとなくしか覚えてないけど、とても楽しそうな顔をしていたと思う。
目の前にあるのは小さな小瓶いっぱいに詰まった金平糖。暖かな日差しに照らされてカラフルな金平糖はキラキラと輝いて見えた。
本当に、お星様みたいだった。
・―――・―――・―――・
ショートホームルーム終了のチャイムがなる。みんなががやがやと少し騒がしく片付けを始める中、私は駆け足で教室を出た。
「早くしないと!
特売の卵がっ...!」
これがあまり女子高生の呟く台詞では無いことは自分でも自覚している。周りからは完全に主婦だよね。とよく言われているが学校終わりに特売に走る人は結構いるんじゃないかと私は思っている。いや、絶対いるはず!!
そんなことを考えていたからだろうか。スーパーまであと少しというところで誰かに勢いよくぶつかってしまった。
「ふにゃんっ!!
あっ...すみませんっ!!」
なんて声を出してるんだ私はっ!!ふにゃんって!ふにゃんって!!恥ずかしさに耐えられなくなりわたしはぶつかったおでこを擦りながら全力で頭を下げる。顔が赤くなる。とっても恥ずかしい。
「こちらこそごめんね。
怪我はなかった?」
頭上からそんな声が聞こえてきてふと顔を上げる。そこには大学生くらいの綺麗な男の人がいた。
(すっごい綺麗な人だなぁ。目がくりくりしててまつげ長い...。)
思わず見とれてしまった。
こんなにも綺麗な人いるんだなぁ。物語の中から出てきたみたいだ。白馬に乗ってたら王子様にぴったりだと思った。髪は黒髪だ。茶色とかにしても似合いそうだ。
「いえ。こちらこそ不注意でぶつかってしまいすみませんっ!!」
「僕は大丈夫。君に怪我がなくて良かったよ。」
優しげな人だった。
何処か懐かしいような気がしたが、私の今日の目標は卵だ。今日の晩ご飯はふわふわのオムライスと心に固く誓ってあるので早く行かねば。
「では、急いでいるのでこれで失礼します!」
その場から駆け足で立ちさる。
少し失礼かもしれないが、あの場にあれ以上長くいるといけないような気がした。なにか大切なことを思い出しそうな...でもそれを思い出してはいけないような...不思議な感覚。軽く目眩がする。駄目だ。このことは忘れよう。今は卵が最優先だ。
そしてまた私は走り出した。
「この小瓶...。」
そんなつぶやきも聞こえずに。
・―――・―――・―――・
「危なかったぁ...。」
私は家までの帰り道におひとり様2パック限定の卵をみる。もう少しで売り切れのところだった。
「早く帰ってオムライス作っちゃおう。それから洗濯物畳んで...。」
これからの予定を考えていたら小さなオレンジの家が見えてきた。お母さんの大好きな少しペールトーンのオレンジだ。家の色は譲れないとお父さんとお母さんが口論していたのを思い出し笑ってしまう。結局お父さんが折れたのだ。小ぢんまりした感じだが暖かさのある、私の安心できる場所。大好きな場所だ。
「お父さん!お母さん!ただいま!!」
元気よく玄関のドアを開ける。部屋は吹き抜けになっているのでとても良く響く。
「今日はみんな大好きなオムライス作るからちょっと待っててね。」
そう言って私はエプロンをつけた。エプロンをつけるとなんでも作れるような気がしてくる。何故だろう。魔法のマントならぬ魔法のエプロンとでも言おうか。丁度いい例えが見つからない...。まぁそんなことよりオムライスだ。早速作ってしまおう。
「玉ねぎ切って、炒めて炒めて美味しくなるまで炒めて炒めて。」
料理を作っていると自然と歌ってしまう。でもこれも美味しくなる秘訣なのだ。だから気にしない。けっして寂しいわけじゃない。
「よしっ!出来た!!」
手早くオムライスを3つ作る。オムライスを美味しく作るのなら誰にも負けない気がする。いるのなら是非かかってきて欲しい...と1人でふんっ!とポージングする。誰からもツッコミはない。恥ずかしくなったので1回咳払いしてそそくさと晩御飯の準備に取りかかる。大きいのが1つととても小さいオムライスが2つだ。それをお父さんと、お母さんの写真の前に置く。
「今日は2人とも大好きだったオムライスです。特に上手にできたのでいっぱい食べてね。」
お父さんとお母さんは笑ったまま言葉を発そうとしない。写真だから仕方が無いか。そして私はひとり黙々とオムライスを食べる。
今日もいつも通りの1日だ。
写真の前には2つの小さなオムライスと空っぽの小瓶が2つ置いてあった。