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9 相談・フリージア

 

 王都は途方もなく広いが、隣街といえど「神様の恩恵を受ける街」は小さな所である。

 居住区は大きく二つに分かれている。

 裕福な家庭が多い場所と、どちらかと言えば貧しい家庭が多い場所の二つだ。

 カーネリアンの家と、フリージアの家は同じ居住区にある。


 富裕の居住区は、病院や学校、図書館が近い。

 貧しい居住区の方は、教会や、墓地が近く、少し離れれば騎士の屯所がある。

 フリージアは裕福な家庭の方だ。



 リナリアがフリージアに、「友人になりたくない」と言った日の事。

 フリージアの母は一人家事に勤しんでいた。

 この時間、家には彼女しか居ない。夫は仕事をするために朝から出掛け、娘はいつも友達に会いに教会へ向かう。

 干していた洗濯物を取り込み、二階の部屋で畳んでいると、玄関の扉が開く音がした。


 夫が帰るにはまだ早い時間である。

 娘が帰ってきたのだろうと思ったが、それにしては静かだ。

 フリージアは帰ってくると必ず、

「ただいま~! あのね! 今日リナリアがね!」と、二階まで聞こえるほど明るい声で喋り出す。

 母が「おかえり」と挨拶を返す前に言い募るのだ。

 話し始めはいつもリナリアのことである。というより、最後までリナリアのことと言った方が正しい。


 待ってみても声がしなかったので、もしや夫だろうかと思う。

 仕事が終わるには早すぎるので、何かあったのかもしれない。洗濯物を置いて、階下に降りた。


「フリージア?」


 夫ではない小柄な姿を目に留めて、名前を呼ぶ。

 娘が俯いて、玄関に立ち尽くしていた。

 フリージアは一言も発しない。その表情も窺えなかった。


「おかえり、フリージア。どうしたの、声もかけないで……」


 近づきながら言うと、やっと娘が動いた。少しだけ顔を上げるが、目線は落ちたままだ。


「何でもない……ただいま……」


 そのまま自分の部屋へ向かおうとする。

 明らかに様子がおかしい。


「フリージア、何かあったの……」


 覇気の無い顔をのぞきこむと、泣いた後のように、目が赤くなっていた。

 フリージアはまた俯き、もう一度「何でもない」と呟く。母の呼び止めも聞かずに、足早に部屋に入っていった。


 明るさが取り柄の娘が、あれほど落ち込む姿を見るのは初めてだった。

 そっとしておいたほうがいいのか、励ましたほうがいいのか分からない。

 フリージアは意外と頑固なところがあるので、少し迷って、結局前者を選んだ。

 フリージアが去った方向を見ながら、口からは「大丈夫かしら……」と声が漏れた。


 夕食の時間になっても、フリージアは部屋から出て来なかった。



 それから二日経った朝、まだフリージアは引きこもっている。

 異常な事態に夫婦そろって動揺していた。


「あのフリージアがこんなに落ち込むなんて、何があったのかしら……」


 昨日の夕食に呼びに行った時に、やんわり聞いてみたが、教えてもらえなかった。


「親友の、リナリアちゃんに聞いてみたらどうだ? 何か知っているかもしれん」


 夫の提案にも気が進まない。


「う~ん、あの子、綺麗過ぎて気が引けるのよね……」


「子供相手にか? いや、まあ、あの子なら仕方がないか……」


 取り合えず夫を仕事へ送り出し、フリージアに声をかけてから、買い出しに行く用意をする。

 何か、フリージアの好きな甘いものでも買ってあげようと思ったのだ。

 あまり足しにはならないだろうとも思っていたが。


 商店街に向かう途中の公園で、フリージアの母もよく話す、主婦達の小集団が目に入った。

 三、四人で何やら話込んでいる。


 少し混ざろうと、集団に近寄った。


「ええ? リナリアちゃんが、フリージアを?」


 聞こえてきた娘の名前に、自分と無関係な話ではないと悟る。

 無関係どころか、今まさに、求めている情報がありそうだ。

気が付けば挨拶も忘れて、質問を口にしていた。


「うちの娘の名前が聞こえたけれど……何かありました?」



 信じられないことを聞いた。

 フリージアが落ち込んだ原因は分かった。

 どうやら、大好きなリナリアと仲違いしたらしい。

 ただの喧嘩よりも深刻なようだ。

 情報源はミモザの母親である。

 もちろんフリージアのことは心配だが、それよりも、驚いたのは……。


「呪いを受けたって……あの、リナリアちゃんが……」


 フリージアが心酔しているため、リナリアの事は毎日聞かされていた。

 娘はいつもリナリアを褒め称える。彼女が呪いを受けるなど、半信半疑であった。

 神様に愛されている娘が、神様に呪われる。

 矛盾したような話だ。


 そして、フリージアの母は夫へ、それぞれの家庭が、家族に話を広めていく。

 噂が広まるのに時間はかからなかった。





 三日目の午後、フリージアは部屋を出た。

 引きこもってからも、リナリアとの事を考えては泣いていたので、目が腫れぼったい。


 部屋を出たのは、教会へ行くためだ。

 リナリアはいつも午前中に来るから、会わないように午後にした。


 フリージアは鈍いが、女性の噂好きな面はよく分かっていたので、たとえ母でも何があったのか言いたくなかった。

 母に知られ、父に知られ、何処まで知られるか分かったものではない。


 リナリアと仲が悪くなったなんて、思われたくなかった。

 フリージアはどうしても諦められない。

 自分はリナリアに嫌われている。

 親友だと思っていたのは自分だけだと知らしめられた。

 でも大好きなのだ。

 一生友人になれないなんて嫌だった。


 またリナリアと話せるようになるために、いくらでも努力できる。

 話すだけでは以前と変わらない、今度こそ、本当の友人になりたい。

 しかし、頭が良いとは言えないフリージアは、そこからどうすればいいか分からなかった。

 関係ない人、公平な人、秘密を漏らさない人に相談にのってほしいと思った時に、思い浮かんだのが、神仕えだった。



 外に出ると、心なしか近所の人の視線を強く感じた。

 引きこもっていたから、だらしなく思われただろうかと、両親に申し訳ない気持ちになる。


(駄目な娘でごめん……明日からちゃんとします……)


 心のなかで謝りながら、教会へ急いだ。




 教会は閑散としている。

 珍しく、全く人が見当たらない。リナリアも学校へ行っている時間なので居なかった。

 今会っても関係を修復するのは難しいので、姿が見えなかった事に初めて安堵する。

 見渡していると、奥から神仕えがやってくるのが見えた。

 目が合う。







 神仕えは、リナリアとアザレアが訪ねてきた時よりも驚いた。

 フリージアの顔を見た瞬間、全てを悟る。

 それなりに長く生きてきて、神仕えになれるだけの能力があり、様々な魔法と恩恵を目の当たりにしてきた。

 しかし、こんな稀有な出来事は、長く生きても、立ち合えるものではない。


(これも、巡り合わせか……)


 神様の恩恵を受ける街とは、本当にその通りだ。


「フリージア、お話ししませんか? 貴女に伝えるべきことがあるのです」


 気持ちを落ち着かせてから、穏やかに告げる。


「わたしも、相談したいことがあるんです。聞いてもらえますか……?」


 フリージアは神妙な面持ちで頼んできた。




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