52 魔法の石
リナリアのもとに届けられた、グラジオラスからの手紙には、後から添えられたように、解呪の事について書いてあった。
グラジオラスの知り合いに、呪いに詳しい人物がいるらしく、リナリアと直接会って話したいとのことだ。
解呪出来た場合、リナリアには王都に残ってもらうことになるとも書いてある。
街を出ようと決心していたリナリアからすれば、ちょうど良かった。
このまま声が出なければ、まともな働き口を見付けられないという不安もあった。解呪に成功して、王都で働く事が出来れば願ったり叶ったりである。
女性は働かず、嫁入りすることのほうが多いのだが、リナリアは誰とも結婚するつもりはなかった。
カーネリアンと結婚することを、想像した事がないと言えば嘘になるが、それは叶わない望みだと分かっている。
リナリアは、自分が極めて冷静であることに安心した。
ミモザに心の内を打ち明けたことも、気持ちを軽くする要因になったようだ。
父からの手紙の他に、もう一通、知らない人物からの手紙が届いていた。
送り主は、サーシス・ボーダイス、とあった。
読んでみて、この人物が何者なのか理解し、納得する。
彼こそが、グラジオラスの手紙にあった、呪いに詳しい人物なのだ。
彼が手紙を出した目的は、リナリアに解呪の方法を信じてもらう事らしかった。
――試しに、解呪してみませんか。私と会うのはそれからでも構いません。
そう書いてある。
確かに、解呪については半信半疑だ。だが、このサーシスの話はもっと胡散臭い。試しに解呪するとは、一体どういうことなのか。
読んでいくうちにそれは分かった。
手紙にはこう続いている。
――貴女が本当に、どうしても声を出して話したい時、歌声を引き換えにしても構わないと思ったなら、この石を強く握り込んで下さい。私の話が本当だと、信じてもらえるはずです。勿論、試しに、と先述した通り、その効果は一時的なものですので、ご安心下さい。私と会う気がありましたら、その時、詳しくお話しましょう。
それは、リナリアの知らない魔法の力だった。
封筒の中に、小さな石が入っている。半透明で、楕円形の綺麗な石だ。
一つだけ入ったそれを手に取る。
リナリアは、部屋の中を見渡して、丁度いい物がないか探した。そして目に付いた、香り袋を作るときの、まだ何も入っていない袋に目星を付ける。
小さな布袋に、魔法の石を入れた。
まだ信じきれてはいなかったが、効果が嘘でも本当でも、リナリアはこの石を使うつもりだった。
使う時は、もう決まっている。
あとは、けじめをつけなければいけない。
フリージアと話をしよう。
これっきり会うことはないかもしれないが、ずっと彼女に謝罪したいと思いながら、出来なかった。
それが済んだら、すぐに王都に行く。何を言われても平気だ。
それは逃げでしかなかったが、リナリアはそうやって自分を励まさなければ、勇気を出せなかった。
ミモザは、自分の家に突然訪問してきた客と向き合っていた。
以前フリージアを捕まえて、ランスとデートしていたのかと問い詰めたことがあるが、あの時の彼女はこんな心境だったのだろうかと、ミモザは思った。
ミモザの住む家に、フリージアが訪ねてきている。
彼女は思い立ったら、用事のある相手が居る所まで乗り込む傾向にあるようだ。待ち合わせだとか、もしくは待ち伏せだとか、予定を合わせて待つことはあまりせず、即行動する。
今回もそうだった。
険しい表情をしたフリージアが家の扉を叩いた時、何が起きたかと思ったが、ミモザは取り敢えず彼女を家に上げた。
向かい合って椅子に座り、ミモザがお茶を用意する前に、フリージアは話し出す。
「突然ごめんねミモザ。聞きたいことがあるの」
彼女は若干早口で、声も幾分低い。
まるで尋問でも始まるような雰囲気である。
「いいけど……深刻そうね」
「ええ、深刻なの。単刀直入に聞くわね。ミモザ、どうやってリナリアと仲良くなったのか教えてほしいの。切実に」
何故そんな事を聞くのだろうと思いながら、ミモザはどうやって答えようかと逡巡する。
病院でぶつかって……から話すと、あの現場にいたことも話す事になってしまう。
「何と言うか……リナリアの悩みを聞いて、それがきっかけかしら」
簡単に纏めるとこうなった。
「リナリアの悩みって、どんなことなの? それに、どうしてそんな状況になったの?」
そんな状況、とは、リナリアの悩みを聞くことになった経緯だろう。
ミモザは困った。悩みも、経緯も無断で言う訳にはいかない。
「それは……私が勝手に言えることじゃないわ。まあ、悩んでいる様子のリナリアに、私が声をかけたのよ。フリージアったら、一体どうしたの? 貴女こそ、何故そんなことを聞くのよ」
ミモザは不思議に思って聞いた。フリージアが自分達の事を気にする理由を考える。
カーネリアンと上手くいっていないのだろうか。
それならばと、質問の意図を考えると、もしやフリージアは、リナリアがカーネリアンのことを好きだと気付いたのだろうか、と思う。
(恋敵が気になるのかしら?)
想像を膨らませようとするミモザは、フリージアの次の言葉を意外に思った。
「……私も、リナリアと仲良しになりたいの」
フリージアは俯いている。
か細い声で、今にも掻き消えてしまいそうだ。
「もうずっと前から、リナリアと仲良くしたいと思っていた。でも、私は嫌われているから……話したいけど、嫌いだって言われるのが怖い。リナリアに好かれるように、カーネリアンにも協力してもらっていたのだけど、最近はそれも上手くいかない。リナリアはミモザに構いきりで、カーネリアンと一緒にいる事が少なくなって、どうしたらいいか分からないの」
俯いたまま一気に言い切ったフリージアは、随分と元気が無かった。
ミモザの頭の中には、疑問符が飛び交う。
全然分からない。
「ちょっとフリージア、ごめん。よく分からなかった。詳しく説明してもらっていい?」
フリージアの説明を聞いても、疑問がいまいち解けなかったミモザは、途中、自分の認識が間違っていた事を知る。
「――それで、リナリアがカーネリアンと恋人同士になれるように協力しよう、という結論になって……」
「ちょっと待って……」
ミモザは頭を抱え、今までの自分の行動を振り返った。
そうだ。フリージアは以前、否定していたではないか。
てっきり照れ隠しだとばかり思っていた。
「フリージアとカーネリアンって、本当に付き合っていないの?」
混乱しながら、フリージアの話を遮り、まず前提となる事を尋ねる。
「……付き合っていないよ」
フリージアは、まだ疑っていたのかという目で、ミモザを見返した。彼女は疲れきった様子で、溜息をつく。
それを見てミモザは、己の失態を悟った。
「……まずいわ。リナリア、失恋したと思ったまま、街を出てしまうわよ」
「ど、どういうこと!? リナリア、街を出るの?」
ミモザの呟きは、思わず出た小さな独り言だったが、フリージアは聞き逃さなかった。
焦る彼女をなだめながら、リナリアとフリージア両方に言わなければならないと思ったことを、ミモザは口にする。
「取り敢えず、フリージアは逃げてないでちゃんとリナリアと話しなさい。拗れ過ぎよ」
自分が一番誤解していた自覚があるので、人の事は言えないのだが。
「カーネリアンも、ちゃんとリナリアのこと捕まえとかないと駄目よね。あんなにフリージアと一緒にいたら、リナリアじゃなくても誤解するわよ……」
話し込んでいる内に、日は沈んでいた。
遅い時間になるので、ミモザは翌日話す事を提案する。
まだ日が高ければ、急いだほうが良いのだが、仕方が無い。
リナリアが近々王都に行ってしまうことだけは教えておいた。
「明日はちょうど、リナリアが教会で歌う日でしょう。その時会って話しなさい。ぐずぐず先延ばしにする猶予はないから、ちゃんと捕まえるのよ」
フリージアは何度も頷いた。
リナリアが街から居なくなるという事実は、フリージアをさらに打ちのめしたらしく、彼女の顔色は悪かった。




