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51 取引

 

 サーシス・ボーダイスは、貴族社会では情報屋のような役割を担っている。

 ボーダイス家は、バントアンバーの娘に興味を持ち、夜会に招待した貴族だ。

 ボーダイス家は中堅貴族。表立った発言権はあまり無いが、密かに力を持っている。

 ボーダイスの一族は皆変わり者で、ただの趣味で情報を集めるのだ。

 興味のあることは、各々がとことん調べつくす。

 その興味は人並みではなく、膨大な量だ。

 結果、代々、様々な情報がボーダイス家に集まるようになった。

 営利目的ではない、興味があるかないかだけが基準。

 ただ、情報量は情報屋よりも余程多く、かつ正確だ。

 ボーダイス家は、大きな権力は持たない。

 だが、味方にいればこれほど頼もしい者はいないだろう。


 現ボーダイス家当主は、何年も前から、一人の人物に対する興味が尽きない。

 グラジオラス・レユシット。

 彼が子供の頃の初恋を明かした時から、何かとグラジオラスに構うようになった。

 アザレア・バントアンバーを探し出した時以来、グラジオラスとサーシスの付き合いは続いている。

 レユシット家は大貴族だ。つながりが出来れば、さぞ有利だろう……と考えるのが普通なのだが、サーシスに打算は何も無かった。

 あるのは関心だけだ。

 彼の今後の人生に、大いに興味がある。

 それから実を言うとサーシスは、グラジオラスという人物そのものにも、好感を持っていたのである。

 友人として付き合っているという認識はない。

 表面上は飄々として、お互い腹の内を見せない。

 情報をやり取りする時も、取引の形だ。

 だから分かりづらいのだが、実は、サーシスはグラジオラスに、特別の信頼を寄せていた。

 レユシットの家名は関係なく、グラジオラス本人の性格に惹かれた。

 頼られると嬉しかった。

 いい歳して何を、と自覚があるので、決して口には出さなかったが。


 グラジオラスが、バントアンバーの娘と会ったという情報を得たとき、これは放っておけない、と思った。

 アザレアに、娘がいる事は知っていた。

 だがグラジオラスが、アザレアとの関係を完全に絶つ気だったようなので、サーシスはあえて何も教えなかった。

 しかし今になって、ほんの少し不安がもたげる。

 アザレアが死亡したことを、何故教えなかったのだと、責められるのではないかと。

 そもそも教える義務などないのだから、責められる謂れはない。サーシスはグラジオラスの子飼いの情報屋ではないのだ。

 そうは分かっていても、サーシスはグラジオラスが心配だった。



 グラジオラスと会った時、彼は随分晴れやかな顔をしていた。

 アザレアの死を知った事で、立ち直れないのではないかと思っていたが、心配無用だったようだ。

 どうやら娘のリナリアと、良い関係を築いていけそうらしい。

 こんなに嬉しそうに話すグラジオラスは、初めて見るかもしれない。

 サーシスは、心の底から、彼の良い変化を嬉しく思う。

 その時話の流れで、グラジオラスが久しぶりに相談してきた。

 娘のリナリアの事だ。

 興味の無いことは調べないので、これはサーシスも初耳だったのだが、娘のリナリアが、呪いで声が出ないのだと言う。

 それを解きたいとのことだった。

 呪われたバントアンバーの娘。

 俄然興味が沸く。

 バントアンバーの家系は、不幸を呼び込む性質でもあるのだろうか。

 グラジオラス自身でも、既に調べたようだが、どうしても情報が不足しているらしい。

 彼の、最初から人任せにしないで努力するところが好ましい。

 そしてサーシスは、彼の知りたい情報を持ち合わせていた。

 神様や加護にまつわる文献の他に、呪いの事象も確かに過去存在する。


「解呪の方法? 知っていますよ?」


「知っているのか!?」


 まさか知っているという答えが返ってくるとは思っていなかったようだ。

 恐らく、調べて欲しいと依頼するつもりだったのだろう。


「ええ、ええ。昔からある事象ですからねえ。ボーダイス家の誰かがとっくの昔に調べていますよ。呪いを知っておかないと、自分に降りかかった時困るでしょう? そういうことは、専門ではなくても把握していますよ。私達の場合はね」


 グラジオラスが教えて欲しいと言ってくるのは分かっていたので、頼まれる前に話を進める。

 どうせやる事は同じだ。


「教えて差し上げてもよろしいですよ。ただし、いつものように。取引しましょう」


 グラジオラスもそれは分かっていたのだろう。

 交換条件は何かと聞いてくる。

 ボーダイス家は、金銭で動く事は滅多に無い。

 情報か、興味があることを実行するために権力が必要であれば、依頼者の威光を借りたい、ということもある。

 グラジオラス自身に興味があるので、こうして話をするのもサーシスを楽しませているのだが、もう一つ興味が沸いた。


「呪いを解いた暁には、お嬢さんをお預かりしたい。悪いようにはしませんよ。何せバントアンバーの最後の一人ですからね。代々不幸を被らない人間はついぞいなかった家系ですよ? お嬢さんの呪いと、バントアンバーの不幸。両方に興味があるのですよ。そうですね、私の研究の助手でもしてもらえないかと思いますが。どうです?」


「……娘の意思を確認しなければ、何とも言えない。だが、他の条件は認めないのだろう」


「さすがに私の事をよく分かっていますねえ。ええ、それ以外は認めません」


「……少し時間をくれ。娘に手紙で聞いてみる」


「え、手紙? 貴方手紙書くんですか、娘に? 数多の美女を振ってきた冷淡な貴方が、先程の様子だと溺愛している愛娘と、 文通ですか? 何ですかそれ面白いですね詳しく説明して下さい」


「……別に大した話はない。……これで失礼する。また連絡する」


「ああ、これからが面白いのに!」



 根掘り葉掘り聞こうとするサーシスを避けて、グラジオラスはその場を後にした。






 後日、グラジオラスは、リナリアを王都に呼び寄せ、サーシスと顔合わせをさせた。

 そこでサーシスは解呪について説明し始める。

 解呪の方法は幾つか有った。

 この世界には、神様の恩恵と、加護と、ほんの少しの魔法が存在するが、魔法の中には、大別出来ない様々な現象が含まれている。

 その中の事象は、及ぼす影響も様々だ。

 ほとんどの人は、それらを知らずに過ごしている。自分の知らない不思議な事がたくさんある、程度にしか思っていない。

 そんな誰も知らないような事に、ボーダイス家が興味を持たないはずが無かった。


 呪いを解く、というよりは、代償を払って消滅させる、という方法を提案した。

 具体的に言うと。

 リナリアが口をきけるようにする代わりに、歌声を失う。

 神様から最も愛された歌声と引き換えに、呪いを消し去る。

 あくまでも、方法の一つだ。

 内容を知って、リナリア本人よりも、グラジオラスのほうが衝撃を受けている様子だった。

 娘の歌声を失う事は耐え難いことなのだろう。

 彼は、その歌に救われたようなものなのだから。

 グラジオラスは、「他の方法で解呪しよう」と、他の話を詳しく聞く前から言ってくる。

 リナリアはさほど驚いておらず、意外な事に、方法もそれで構わないようだった。それもそのはず、リナリアは事前に知らされていたのだ、サーシスによって。


 リナリアへ届けられた手紙は二通あった。グラジオラスからと、サーシスからだ。サーシスは個人的に、リナリアへ解呪の方法を知らせていたのである。そして、予めあることを試していた。――それはまた別の話となるのだが。


 グラジオラスは猛反対していたが、サーシスは純粋に、リナリアが何故すんなり受け入れたのかが気になった。

 彼女は全てを拒まないような、全てを諦めたような表情を浮かべていたから。

 かつてグラジオラスが見た、アザレアのように。

 サーシスが思ったように尋ねると、リナリアは手帳を開いた。

 手帳には、淡い紫色の布地でできたカバーが掛けられている。

 何も書かれていないページに、彼女は一文だけ綴った。


≪歌声は、恋を隠せないから≫


 リナリアは抽象的な文章を書いたが、どういうことか、説明はしてくれなかった。


 後ろからこっそり盗み見ていたグラジオラスが、「恋」の文字に少し動揺していたが、恋愛に悩む娘を持つ父親の心境については、今はどうでも良かったので、サーシスは彼を放置したのだった。




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