43 雑談
カーネリアンの怪我は、一度意識を失いはしたが、重傷ではなかった。
とはいえ、数日入院しなければならない。
今日帰ってくるはずのリナリアのことが気にかかり、一人になった病室で、カーネリアンは一人呟く。
「別に、約束しているわけじゃないけどさ……」
約束が無くても、リナリアならいつものように、隣に並んでくれただろう。
父親のことはどうだったのか、行った先で嫌な目にはあわなかったか。聞きたいことはあったが、何はともあれ、カーネリアンはリナリアに会いたかった。
もうとっくに家に着いている時間だ。自分は運が悪かったとしか言えない。
フリージアはもう病室にはいない。彼女が一通り落ち込んだ後、カーネリアンが適当に励まして帰したのだ。
始終申し訳なさそうにしていたが、本当にフリージアのせいだとは思っていない。ただの事故だ。
フリージアは最近、やたらとカーネリアンの世話を焼く。主に恋愛面で。
リナリアが王都に行く前、フリージアの助言に従い、リナリアへの態度を少し変えてみた。効果はあまり無いようだったが、カーネリアンも、人に言われるうちに、少し前向きになっていた。
リナリアとの距離を、少しでも縮められたらいい。
だがそう思った矢先、実父かもしれない人に会いに、リナリアは七日も留守にしてしまった。
(フリージアの言うことに左右されるようになるとはなあ)
フリージアはお世辞にも頭がよくはない。
カーネリアンからすれば、自分の気を少し変えさせたのが、彼女の発言だったというのが、意外である。
フリージアがリナリアのことを本当に好いているのは、十分伝わってくる。
そのフリージアに、リナリアにふさわしいのはカーネリアンだ、と太鼓判を押されれば、少しはやる気も出るというものだ。
他の誰かに取られるくらいならば、自分が、という気にもなる。
リナリアに、親しげに話しかけるオーキッドの姿が目に浮かぶ。
面白くなかった。
それに、リナリアの隣に、自分以外の男が並ぶところなど、想像するのも嫌だ。
玉砕覚悟で、本気でリナリアと向き合ってみようと思う。
嫌われるかもしれない。
でもいつかは、振り向いてくれるかもしれない。
なるべく早く、リナリアに会いに行かなければ。
一縷の望みにかける思いで、カーネリアンは目を閉じた。
ミモザと買い物を楽しみ、カーネリアンへの恋心を手帳に綴った後、二人はまた別の雑談を始めた。
リナリアの話の中で、知らなかった事実に気付いたミモザは、意外そうな声を上げた。
「え、例の素敵な商人さん、リナリアの親戚だったの?」
王都へ行っていたことと、オーキッドのことに軽く触れた折、ミモザはオーキッドのことをそう呼んだ。
彼を知っているのか、とリナリアが尋ねると、ミモザは「フリージアと一緒に歩いていた、って前に聞いたことが……あ、でもこれ、フリージアは否定していたわね」と自分で訂正する。
「それでリナリアは、一週間くらい居なかったのね……詳しいことは知らなかったから、驚いたわ」
フリージアやランスは、リナリアの過去の事があるので、あまり人に話を広めない。
カーネリアンも積極的に噂話をするわけではなく、誰も事実を話す人が居なければ、事情通のミモザでも、オーキッドのことは良く知らないようだった。
ただ、見たままを噂する人はいるので、オーキッドがリナリア達に接触していたことは分かっていたらしい。
しきりに驚くミモザに対して、リナリアは、父が貴族であったことは、あえて言わなくてもいいだろうと思った。
さらに驚かせることになりそうだ。
それに、リナリア自身は貴族ではない。父が貴族だからといって、暮らしぶりや自分の扱いが変わるわけではないので、リナリアはこの話を広めたくなかった。
ミモザの関心が落ち着いたところで、父かもしれない人に会って、文通の約束をしたことを伝える。
「いい人そうなの? リナリアのお父さん」
お父さん、という響きに、リナリアは頬を緩ませて頷いた。
文通しようと言われた時の、グラジオラスの様子を思い出し、嬉しい気持ちになる。
グラジオラスは、リナリアに対しては、分かりやすく愛情を示してくれるようだった。
レユシット家にいた人々の反応を見るに、彼はオーキッド以外に対して、素直ではない人だということで、とても意外な事らしい。
「……お父さんも、娘がこんなに可愛かったら、メロメロでしょうね」
ミモザは頬杖をついて低くなった目線から、リナリアを見上げて言ってくる。
何度目かになるどこか呆れを含んだような、納得しきったような、何とも言えない表情を見せていた。
リナリア自身の容姿はともかく、グラジオラスは確かに優しかったので、彼とはこれから良い関係を築いていけると思っている。
リナリアが、そのような内容を書くと、ミモザは「リナリアって、自分の容姿が可愛いとか、綺麗だとか、思わないの? いや、思っていても言わないかもしれないけど」と今度は完全に呆れていた。
少なくとも友人は、自分の容姿を好ましく思ってくれているようだと、リナリアは面映ゆく思う。
「リナリアの話し声、あんまり覚えていないわ」
文字を見ながら、ミモザがぽつりと言葉を零した。
リナリアは手を止めて、顔を上げる。
「歌はよく聞くけど、昔は親しくしていなかったし、話している所はあまり聞いていないから、リナリアが喋ったらどんな風だったか、思い出せないのよね」
ミモザがこう言うのは、グラジオラスが呪いを解く方法を探してくれることを、リナリアが教えたからだ。
リナリアが再び自分の声で話すところを、ミモザも想像したのだろう。
「声、戻るといいわね」
ミモザの声はしんみりとしていて、どこか落ち込んだ様子に見えたので、リナリアは申し訳なく思った。
「色々な事、たくさん教えてくれて嬉しかった。だから私、リナリアに信頼してもらえる友達になる。信用無いかもしれないけど、一応言っておくわね。私、今日リナリアに聞いた事、他の人に話したりしないわ。もちろん母さんにもね。ねえ、声が戻ったら、リナリアの話、また聞かせて。それまでは、筆談になるけれど」
今度こそ、秘密は守ろうと固く心に誓う言葉だ。
ミモザは、昔諦めた友情を手放したくないと思った。
嫉妬の目で見なければ、リナリアは見た目も中身も、とても可愛らしいのだ。
フリージアのように盲目的ではないが、ミモザは確実に、リナリアに惹かれていた。
ミモザが殊更親しく接して、友人として扱ってくれることが、リナリアの気持ちを上向かせる。
これから先も、長く付き合っていくことを予感させるミモザの言葉が、リナリアの心に沁みこんでいった。




