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34 レユシット邸②

 

 オーキッドは手紙に、肝心なことは何も書いていなかった。

 グラジオラスとリナリアの血縁関係は、証明されたわけではなかったからだ。


 そのため、オーキッド以外の屋敷の人間には、結婚相手を連れてくるものだと誤解されていた。






 部屋には男女が一人ずつ、向かい合って椅子に掛けている。

 グラジオラスと、妹のビオラだ。

 グラジオラスはビオラに、オーキッドの結婚相手について言い出せなかった。

 むしろ、箝口令を敷いていた。

 ビオラはもう幼い子供ではない。立派な大人の女性である。いくら兄を慕っているとはいえ、取り乱すことはないだろう。

 だが、絶対に反対するだろうとも思ったので、オーキッドのためを思い、ビオラには悪いと思ったが、黙っていたのだ。

 そして当日である。

 ビオラは泣いていた。


(まさか泣くほど嫌だったとは……)


 これからオーキッドが帰って来る旨を伝えると、最初は喜びを顕にしたビオラだが、理由を知ってからは、この状態である。

 予想外の反応に、グラジオラスは内心取り乱す。

 ビオラはただ静かに涙を流すだけで、二人とも無言だ。

 なんとも気まずい空気が流れ、グラジオラスは罪悪感で心が痛んだ。

 妹を泣かせたことなど、殆ど記憶にない。

 ビオラは一見落ち着いているので、宥めるのとは違うが、慰め方も分からず、狼狽えるばかりだ。







 事実を受け止め涙している、かのように見えたビオラは、心のなかは大いに荒れていた。


(ジオ兄様の馬鹿! どうして反対してくださらなかったの? それに、聞いたその日に婚約者が来るなんて、酷いわ……! 私はどんな顔をして、その方に会えばいいのよ……!!)


 ビオラにとって、オーキッドの結婚は、到底受け入れられるものではない。

 かつて彼が商人になって家を出た時も、最後まで反対していたのだ。

 今でも、引き止められなかったことを後悔している。


(キッド兄様が結婚なんて……)


 ビオラはグラジオラスを見据え、恨めしげな声を出した。


「……ジオ兄様は、いいですよね。キッド兄様と仲良しですもの。いつまでも親友でいられますものね。でも、私は一緒にはいられないんですよ。どうして遠ざけるようなことをなさるのですか」







 妹の言葉を受け止め、グラジオラスは歯痒く思う。どうして思う通りにならないのだろう。


「それは、ビオラがよく分かっているんじゃないか」


「……ジオ兄様は、私の味方だと思ってました……裏切られたような気持ちになってしまいます。こんなの、あんまりです」


「ビオラだって、いつかは嫁ぐだろう?」


「私は……!」


 グラジオラスも、昔はあらぬ期待をしてしまったものだ。

 しかし、物事は思い通りに運ばない。

 オーキッドは自ら幸せを掴んでしまったのだから。


 ビオラが続けようとした言葉は、重厚な扉をノックする音に遮られた。







 オーキッドとリナリアは、グラジオラスの自室の前までたどり着く。

 緊張した様子のリナリアに、「心配しないで」と安心させるように笑い、入室の許可を取るため、扉を叩いた。

 部屋の中が、自分の話題で重い空気になっているとは露知らず。


 誰何されたので、「オーキッドです」と言うと、扉が勢いよく開いた。

 驚いて数度瞬きしている間に、グラジオラスが小声で囁く。


「いいところに来た。助けてくれ」


 一体何だ? と部屋を覗くと、久しぶりに見る妹が、泣いたと分かる瞳でオーキッドを見つめていた。


(ビオラ……)


 思うことは沢山あったが、誤魔化すように、「何があったの、兄さん」とグラジオラスに視線を戻す。


「お前だ、オーキッド。突然紹介したい女性がいると言うから、こちらは大騒ぎなんだ」


 疲れた様子の口調に、はて、何故にそんな騒動になるのだ、と疑問を抱いたが、グラジオラスの次の言葉で状況を理解した。


「オーキッド、よく帰ってきた。それで、結婚相手は?」


 どうやらとんでもない誤解が生まれているようである。







 オーキッドが事情を説明しようとする前に、会話を聞いていたリナリアが、自ら前に出た。

 勿論、誤解を解こうと思ってのことだが、喋れないのに具体的にどうするかは考えていなかった。

 咄嗟に動いてしまったのである。

 しかし、ビオラからはさらなる誤解を受けることになった。


「な、な……キッド兄様! いくらジオ兄様が大好きだからって、よく似た女性を選ぶなんて……!! それならいっそ、ジオ兄様と結ばれてくれたほうが……!!」







「いや待って何の話!?」


 的外れなことを言う妹に、オーキッドは即座に言い返す。

 リナリアの姿を初めて目にしたグラジオラスとビオラは、それぞれ驚きで身を固くしていた。

 グラジオラスは一瞬で様々な事を考えたが、ビオラの頓珍漢な悲鳴に全て消しとんでしまう。


「取りあえずね、俺が紹介したいのは結婚相手じゃないから!」


 オーキッドが否定したことで、ビオラは幾分か落ち着きを取り戻した。

 まだ疑っているようだが、少し期待したように、「では、その人は……?」と疑問を口にする。


「隣街に住む、リナリアさん。街では有名な、教会の歌姫なんだよ」


 大層な紹介の仕方に、リナリアは若干慌てながらも、お辞儀をして挨拶を済ませる。


 リナリアの一挙一動を、グラジオラスはつぶさに見ていた。



 

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