12 見舞い
リナリアは泣かない。
この状態こそが、本来あるべき姿なのではないかと感じていた。
彼女に集まる人々は、リナリアを見ていたのではない。神様の恩恵が形になったものを、見ていただけなのだ。
加護がなければ、誰も見向きはしない。
それどころか、皆が一斉に責め始めたことで、リナリアの心は完全に折れてしまった。
リナリアの価値は証明されてしまった。
切り捨てられる方向で。
何も出来ずに立っていると、周りの声が小さくなっていった。
俯くリナリアの足下に影がさす。
誰かがリナリアの正面に立っている。
今度は何を言われるのだろうと、おそるおそる顔を上げると、恐ろしい程の無表情で、カーネリアンが自分を見下ろしていた。
リナリアは絶望した。
孤立無援の状態を見られたことも、これからそこに、カーネリアンが加わるだろうということにも。
彼もリナリアを責めに来たのだと思った。
唇を戦慄かせていると、カーネリアンの手が動いた。
恐怖から思わず体を揺らし、きつく目を瞑る。
すると、いつの間にか固く握っていた両手に温もりが触れた。
そのまま片手を取られ、引っ張られる。
周りは、カーネリアンは何をするつもりなのかと見ている。
リナリアは頭が回っていなかった。
ぐいぐいと人の間を通り抜け、振り返ったカーネリアンは集まっていた人々に言った。
「ちょっとリナリア連れていくから」
友人達に向けるのは、普段通りの心安い笑顔だが、声は幾分低かった。
有無を言わせない雰囲気がある。
友人達は何も言えずに、若干機嫌の悪いカーネリアンがリナリアを連れ出すのを、黙って見ていた。
教会を出ても、カーネリアンはリナリアの手を離さなかった。
リナリアには戸惑いしかない。
結果的には助かったが、怒っている様子のカーネリアンが、どうして連れ出したのか分からないからだ。
カーネリアンの目的が何なのか、この状況で良いことがあるとは、期待できなかった。
(カーネリアン、どうしたの?)
カーネリアンが歩みを止めないので、手を引かれたリナリアもついていく。
歩きながら、声に出せずに問いかけた。
(何処にいくの?)
(カーネリアンも怒っているのよね?)
(私の噂、聞いたでしょう。どう思った……?)
(カーネリアンは、私のこと嫌いになった……?)
カーネリアンは前だけを見ている。
視線が合わないから、リナリアの問いも届かない。
リナリアは不安な心持ちで、緩やかな茶髪を、ずっと見上げている。
あの淡い色に触れたい。
自分などよりよっぽど綺麗な、カーネリアンの瞳を独り占めしたい。
自分だけに、特別な笑顔を向けてほしい。そして名前を呼んでもらえたら、どんなに幸せだろう。
胸が焦がれて、痛いくらいだ。
カーネリアンは暫く歩き続け、教会の近くまで来ると、足を止めた。
目の前に、リナリアの家がある。
ただ送ってくれたのだろうか。
カーネリアンの行動が、リナリアをあの場から助けるためだったなら、嬉しいと思った。
「リナリアの家に寄ってもいい」
あまりに単調に言うので、一瞬何を言われたか分からなかった。
理解したあとも、カーネリアンが言ったことが意外すぎて、反応が遅れる。
彼がじっと見つめてくるので、訳も分からないまま、慌てて小さく頷いた。
カーネリアンがした事と言えば、リナリアの母の見舞いだった。
動揺していたリナリアは気付かなかったが、カーネリアンは看病するために必要なものを、色々と持ってきていたようだ。
母と挨拶をかわすカーネリアンを、ぼんやりと見つめる。
彼がリナリアの家に来たのは、初めてのことだ。
何故突然来ようと思ったのだろうと思っていると、カーネリアンがリナリアの顔を見て、説明してくれる。
「リナリア、数日教会に来なかっただろう。今までそんなこと無かったから、何か……母親の具合が悪くて来れないのかと思って」
彼の予想は当たっていた。心配して来てくれたことが読み取れたから、リナリアは少なからず驚いた。
数日教会に行っていたなら、リナリアの状況も知っているはずだ。
それなのに、リナリアと母を気遣ってくれる。
カーネリアンのことが好きだが、彼の普段の態度から、味方になってもらえるとは思っていなかった。
一緒にいても、彼との間に、信頼関係は築けていないのだ。
そう思っていたが……カーネリアンは優しい。
じわじわと、リナリアの中に喜びが沸き上がる。
カーネリアンは、本当に、優しい。
こんな自分にも。
彼のことを分かっていなかった。
嫌われているから、素っ気ない態度は、多少仕方がないけれど、彼は公平なのだ。
なんとか堪えたが、いよいよ泣いてしまう所だった。
リナリアは感謝の意を伝えようと、何度も頭を下げる。
母は、そんな二人を優しい眼差しで眺めていた。




