10-12
「軍の連中だ・・・さすがにでてきたな」
ララベルさんが苦々しそうにつぶやく。
僕が当直の時に軍が出てくるのは、初めてのことだった。それだけ、大きな被害が出る可能性があったということだろう。
「ジュリアさん、軍が出てくると、どうなるんですか」
「元々、SSLに指揮権はないけど・・・軍が明確に指揮権を持つようになって、色々面倒なことになるんだ。現場のSSLは基本的に上司の命がなければ軍の指示に従って行動しなきゃいけないから、なるべく近くによらない方がいいよ」
やがて、屋根に落ちた血がすべて流れ、雨どいの落ち葉が流れ切ったころ。失血を続けている黒馬は、貧血のためかゆっくり揺れ始めた。
僕とジュリアさんは、それを注視する。瀕死の状態だが、最後の力を振り絞って暴れるかもわからない。
そんなとき、黒馬の口から血の泡が噴き出した。呼吸音は乱れ、苦しそうだ。命が、終わる。そんな気配を感じた時。
「にぃ・・・ちゃ・・・」
「・・・!?」
「レイル君、今・・・何か言った?」
ジュリアさんにも聞こえたということは、僕の気のせいではなかったのか。口元から発せられた音は・・・まるで、黒馬がしゃべったかのように聞こえた。
問題は、それが、僕の弟がしゃべったような、そんな風に聞こえたことだ。黒馬の巨体から出る声は低く、子供の高い声とは似ても似つかない。だが、何度となく聞いた、弟の甘えるような声に、聞こえてしまった。
「気をつけろ! 倒れるぞ!」
誰かの声が聞こえる。ハッとして見え上げると、その言葉通り、膝に力を失った黒馬は、バランスを崩すと、目をつぶった。馬はおとなしい動物。そんな約束を最後に思い出したかのように、息絶えるときは安らかな表情だった。
多量の瓦と共に、巨体が屋根から落ちた。落石のような音が地面を揺るがすと、鳩が驚いて軒先から飛び立った。
「これじゃ、後片付けが大変そうだなぁ。レイルは、夜勤だから、報告してあがりなよ」
「・・・はい」
僕は、さっきの声のことをジュリアさんに言わないまま、胸にしまった。ジュリアさんも気にしていないようだし、いくらなんでも、荒唐無稽にすぎる話だろう。
ジュリアさんは、黒馬が倒れた瞬間に興味を失ったようだった。見たところ怪我もしていないようで、血の付いた棍の状態をチェックしている。
「ララベルさんたちは、治療院でしょうか」
「うーん、大した怪我じゃないようだったから、本部じゃないかな? ジャヴがどこかに連れ込んでなきゃ、だけど・・・まぁ、あいつにそんな勇気はないか」
ひっひっひ、と笑う。そういえば、今日の一件でジュリアさんがこういう人だとわかったのを思い出した。
僕は、もう一度黒馬の見ていた方向を振り返る。
死ぬ間際に、黒馬が見たかったもの。それが、僕の故郷の山の方向だったのは、何かの偶然だったのだろうか。
山の方へ一度吹いた風は、その日一番冷たく感じた。




