10-11
「さぁ、行こうか。おんぶするよ」
僕は、救助した女の子に向かって話しかける。引き取る親族がいなければ、この子は災厄の孤児として扱われるはずだが、まずはSSLで保護をしなくてはいけない。
5歳くらいの子供だろうか。僕はしゃがんで、目線を合わせるようにした。幼いその顔が、一気に恐怖でひきつる。僕が怖がらせてしまったのだろうかと思ったのだが、女の子の視線は、僕の後ろに向けられていた。
ゴリゴリゴリと、蹄が石畳を削る音がした。倒したと思ったはずの黒馬が、起き上がっている。
「まさか・・・」
首の奥深くに槍が刺さったまま、立ち上がれるとは・・・変異呪種の生命力を侮っていた。構えようとして、手の軽さに改めてナイフがないことを実感する。
「ジュリアさん! まだ生きてます!」
「マジかよ・・・」
「君は、早く逃げて!」
僕は、女の子に向かって声をかける。もう一度、同じ手が通じるか? ジュリアさんは、戦えるのか?
再び、頭の中に戦いのシナリオを描いていかなくてはいけない。
だが、黒馬の目に僕と子供は、もう映っていないようだった。少しよろめいてつらそうに歩き出すと、大通りに出て、目の前の建物を見つめている。
さっきまでの、生命力あふれる姿とは、打って変わって息が荒く、死期は間近と思われる。動きに偏りがあるように見えるのは、槍のせいだろう。
観察を続ける僕を見向きもせず、やにわに、黒馬は走り始めた。全力の走り方ではないが、それでも恐ろしいスピードだ。僕と、合流したジュリアさんに緊張が走る。
大通りを少し走ると、Uターンしてこちらに向かってきた。身構える僕とジュリアさんを素通りし、信じがたいことだが、黒馬は建物の屋根に飛び乗った。
「まだ、そんな力が・・・」
ジュリアさんが、僕と同じ気持ちをつぶやく。屋根に乗った黒馬が遠くから目撃されたのか、数か所から笛の音が聞こえはじめた。
黒馬は、最初は崩れる瓦と屋根に苦戦していたようだが、少しすると前足を引っ掻けて、屋根を上り切った。傾斜のある雪国の屋根に、またがるような格好で、固まったように動かなくなった。
「あれは、何をしているんだ・・・?」
ジュリアさんが、不思議そうに言う。建物に匹敵する大きさの馬が、建物の上に乗っている姿は、非日常感に襲われる。
「レイル君、まずはその子を・・・」
ジュリアさんの言葉に頷いて、僕はまだ崩れていない家のドアを叩く。
「SSLです! 今は安全です。少しでいいので、開けてください」
数度のノックの後で、中から色白の青年が出てきた。明らかに、おびえた顔だ。地響きや悲鳴が聞こえ続けていたのだから、無理もないのだろう。
「この子を避難させてください。落ち着いたら、SSLまでこの子を送ってもらえますか」
そう言って、無表情のまま固まっている子供を男に見せる。
「この子は・・・近所の子だな。知ってるよ。親はどうしたんだ」
ジュリアさんは、黙って首を振る。先ほどの戦闘音と、僕たちの表情を読んで、男性は悟ったようだ。
「そうか・・・わかった。任せてくれ。さぁ、こっちに入るんだ」
女の子は、男の指示に従っておとなしく部屋に入っていった。この先、悲しみに直面したときに誰かが側にいてあげられればいいのだが・・・。つい、自分に重ねて考えてしまう。
「行こう、レイル君」
ジュリアさんが、大きな声で僕を誘った。僕の気持ちが切り替わるようにしてくれたのだろう。
黒馬は、屋根の上から動かず、遠くを見続けている。視線の先には、僕の故郷の山々がそびえている。
首からは、変わらずララベルさんの槍がぶら下がっていて、その槍から夥しい血が伝っている。まるで、槍に赤い装飾がされているように見える。
あの槍を抜けば、直ちに絶命するだろう。僕は、戦いに備える。




