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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第十章 黒馬事件
95/200

10-9

残された武器は少ない。応援が駆けつけるまで、逃げながら待つのも手ではないか・・・口には出さないが、そんな空気が流れている。

僕とジュリアさんは、目を合わせて頷くと、黒馬の方を再確認する。

黒馬は、すでに狂気の様相を呈している。立ち上がっては周辺の壁を蹴り続け、揺らしている。

やがて、蹴られた一軒の家から、一組の夫婦と、一人の子供が出てきた。父親に、女の子と思われる子供が抱きかかえられている。

黒馬は、明らかに家族を認識すると、その方向へ走り始めた。


「危険です! 家に入っていて!」


ジュリアさんが大声を出して呼びかけるが、家から出てきた家族が聞く様子はない。いつ黒馬に家を崩され、がれきに押しつぶされるのかわからないのでは、無理もないだろう。実際に、家は今にも崩れ落ちそうなくらいに壁がなくなりつつあった。

黒馬は、家の中に人がいることを知っていたのだろうか。逃げる家族連れに悠々と追いついた。


「危ない! 後ろから来ます!」


父親を追い抜きざまの一瞬。街の人が知り合いの肩を叩く。そんな挨拶のようなさりげなさで、黒馬は男性の頭蓋を粉みじんに吹き飛ばした。黒馬は、そのまま走り抜ける。父親が勢いよく後ろに倒れた拍子に、子供が地面に落ちる。

悲鳴と共に立ち止まった母親を見て、黒馬はぐるりと回って戻ってくる。


「やめろ!」


夫の惨状を見て立ちすくむ母親は、黒馬の方を見ようともしなかった。

ハンマーのような黒馬の巨大な蹄で体を叩きつけられた母親は、向かい側の道路の壁に叩きつけられた。数秒、壁に貼りついていたが、その後に、子供が遊びに飽きたように、ゆっくりとずり落ちてきた。

プラムの実が潰されたよう・・・と思ったが、現実はそれどころではなかった。虚ろに見開かれた目、臓腑の匂い、最後まで孤立して動く心臓。二つの死体が、僕たちの無力さを如実に表している。


「あぁ・・・そんな・・・」

「ジュリアさん、まだ子供が!」


僕は、一人残された子供に向かって駆け出す。

黒馬が目をつけているのかはわからないが、現場から離さないといけない。

あるいは、これが狙いだったのか。黒馬は僕を迎え撃つかのように、向きを変えた。


「レイル君!」


ジュリアさんも、援護のために僕の方へ駆け出した。僕は体を低くして子供の体を掴むと、即座に路地裏の小道に飛び込む。子供は僕の呼びかけに反応しない。ショック状態のようだ。

黒馬が、目の前に立ちはだかり、前足を上げる。


「くっ・・・」


横に逃げる僕の上を、影が飛び越える。


「ツエァ!」


ジュリアさんの棍が、黒馬の額を打ち抜く。人間ならば死んでいる威力の突きは、黒馬には怒らせるだけの効果しかないようだ。


「君! 大丈夫か!」


子供の返事はない。そもそも、僕を見ようともしない。

こんな時、子供に対してどうすればいいのか。ついこの前は、僕が同じような状況だったというのにわからない。


「あっちの道へ逃げて! SSLの人がくるから、助けてもらって!」


僕は簡単な指示を出して、現場から離すことだけを考えた。


振り返ると、子供はまだそこに立っていた。

避難をしなければ危険なのだが、何も考えられないのだろう。僕はただそこに立っている子供を見て、とても悲しい気持ちになる。あの子は、まだ悲しみに気づいてさえいない。


「進んで! 早く!」


黒馬が、路地裏に飛び込んできた。

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