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僕の渾身のナイフは、黒馬の臀部に当たって、すぐに落ちた。切り傷を与えたかどうかは不明だったが、最初から致命傷は狙っていない。ジュリアさんが背後を通る間だけでも、気をそらせればいい。
一般的に馬は、巨体のわりに神経質で、蠅が止まっただけでも尻尾を使って追い払おうとする。そこへナイフが刺されば、狙っていた動作が変わるはず。
狙い通り、黒馬は尻尾を大きく振り、振り返ってこちらを見た。その隙に、ジュリアさんは黒馬の横を駆け抜けていく。死の間合いである、黒馬の背後を通過することはできた。
「後は・・・ララベルさんを拾って、上手いこと逃げてくれれば・・・」
ジュリアさんが駆けていくのを、僕は見守るしかない。瓦を再び拾って投げるが、ほとんど効果がないのは実証済みだ。
またしても、黒馬はジュリアさんを視界にとらえたようだ。蹄で石畳を神経質そうに掻き、狙いを定めている。
「ジュリアさん! 気を付けて! 後ろから狙われています!」
ジュリアさんは、何もリアクションを返さない。
僕は、辺りを見回して、投げるものがないか確認したが、瓦と鳥の巣以外にめぼしいものは見当たらない。
その時、僕の背後から飛来するものがあった。空を切る音。この音を、僕は幾度となく聞いている。
僕の髪を逆なでして、高速で回転する手斧は、黒馬の頭部上、耳を食い破るように切断した。
「どうだ! 体がダメなら、耳はどうでしょうか・・・? アタック!」
「お伺いを立ててどうする!」
遠くから、ジュリアさんが突っ込みを入れる。
攻撃の名前はともかくとして、狙いは上手くいったようだ。耳の半分を吹き飛ばされた黒馬は、狂ったように吠え続けている。
致命傷は与えられていないが、ララベルさんが突き刺した槍もそのままで、徐々にダメージが追加されているといえる。
「レイル・・・待たせたな」
背後から、ジャヴさんが駆けつける。足取りは確かで、意識もしっかりと戻ったようだ。
「ジャヴさん!」
「ジャヴか! ・・・なんか、重要ポジションみたいな復活の仕方でむかつくわー」
「ジュリアくん、心のどこかに、『ジャヴがいなかったら死んでたな』って気持ちはないのかい?」
「いいから、つべこべ言わずに、援護しな!」
「え? 援護?」
「そう! 援護だよ。ララベルが攻撃を受けて、戦力減なんだ。私とレイル君が攻めるのを、補助してくれ」
僕もうなずく。ジャヴさんが斧で牽制をしてくれれば、戦闘が楽になるだろう。
「いや、実は・・・今投げた斧で、最後なんだ。だから、俺はもう戦闘には参加できん。すまん」
「・・・」
「そうか・・・じゃあ・・・えっと・・・」
「ララベルさんを、安全な位置へ運んでもらいましょう」
「そ、そうだな。それがいい」
「なんか・・・ごめん」
ララベルさんを肩に担いで、ジュリアさんは急いでこちらに戻ってきた。怪我人や武器無しがいるメンバーとはいえ、4人がようやく揃ったことになる。
「じゃ、俺は急いでララベルを運んで帰るぞ」
ジャヴさんの言葉に、僕とジュリアさんは頷く。ララベルさんは意識はあるが、ダメージが抜けきっていない。
ジュリアさんが、ジャヴさんにララベルさんを預けようとする。
「はーい、失礼しまーす」
「ジャヴ・・・変なところ触ったら、ねじ切るから」
「ふっ、お前の体なんて・・・この間レイルを背負ったのと、大して変わらんぜ」
「後で潰す!」
さすがにジャヴさんは力がある。ララベルさんを軽々と背負うと、尻を一発叩いて勢いよく走り出した。
「ぎゃー! 今! 今!」
「ヒャッハー!」
ジャヴさんが、それこそ馬のような勢いでかけていく。




