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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第十章 黒馬事件
94/200

10-8

僕の渾身のナイフは、黒馬の臀部に当たって、すぐに落ちた。切り傷を与えたかどうかは不明だったが、最初から致命傷は狙っていない。ジュリアさんが背後を通る間だけでも、気をそらせればいい。

一般的に馬は、巨体のわりに神経質で、蠅が止まっただけでも尻尾を使って追い払おうとする。そこへナイフが刺されば、狙っていた動作が変わるはず。

狙い通り、黒馬は尻尾を大きく振り、振り返ってこちらを見た。その隙に、ジュリアさんは黒馬の横を駆け抜けていく。死の間合いである、黒馬の背後を通過することはできた。


「後は・・・ララベルさんを拾って、上手いこと逃げてくれれば・・・」


ジュリアさんが駆けていくのを、僕は見守るしかない。瓦を再び拾って投げるが、ほとんど効果がないのは実証済みだ。

またしても、黒馬はジュリアさんを視界にとらえたようだ。蹄で石畳を神経質そうに掻き、狙いを定めている。


「ジュリアさん! 気を付けて! 後ろから狙われています!」


ジュリアさんは、何もリアクションを返さない。

僕は、辺りを見回して、投げるものがないか確認したが、瓦と鳥の巣以外にめぼしいものは見当たらない。

その時、僕の背後から飛来するものがあった。空を切る音。この音を、僕は幾度となく聞いている。

僕の髪を逆なでして、高速で回転する手斧は、黒馬の頭部上、耳を食い破るように切断した。


「どうだ! 体がダメなら、耳はどうでしょうか・・・? アタック!」

「お伺いを立ててどうする!」


遠くから、ジュリアさんが突っ込みを入れる。

攻撃の名前はともかくとして、狙いは上手くいったようだ。耳の半分を吹き飛ばされた黒馬は、狂ったように吠え続けている。

致命傷は与えられていないが、ララベルさんが突き刺した槍もそのままで、徐々にダメージが追加されているといえる。


「レイル・・・待たせたな」


背後から、ジャヴさんが駆けつける。足取りは確かで、意識もしっかりと戻ったようだ。


「ジャヴさん!」

「ジャヴか! ・・・なんか、重要ポジションみたいな復活の仕方でむかつくわー」

「ジュリアくん、心のどこかに、『ジャヴがいなかったら死んでたな』って気持ちはないのかい?」

「いいから、つべこべ言わずに、援護しな!」

「え? 援護?」

「そう! 援護だよ。ララベルが攻撃を受けて、戦力減なんだ。私とレイル君が攻めるのを、補助してくれ」


僕もうなずく。ジャヴさんが斧で牽制をしてくれれば、戦闘が楽になるだろう。


「いや、実は・・・今投げた斧で、最後なんだ。だから、俺はもう戦闘には参加できん。すまん」

「・・・」

「そうか・・・じゃあ・・・えっと・・・」

「ララベルさんを、安全な位置へ運んでもらいましょう」

「そ、そうだな。それがいい」

「なんか・・・ごめん」


ララベルさんを肩に担いで、ジュリアさんは急いでこちらに戻ってきた。怪我人や武器無しがいるメンバーとはいえ、4人がようやく揃ったことになる。


「じゃ、俺は急いでララベルを運んで帰るぞ」


ジャヴさんの言葉に、僕とジュリアさんは頷く。ララベルさんは意識はあるが、ダメージが抜けきっていない。

ジュリアさんが、ジャヴさんにララベルさんを預けようとする。


「はーい、失礼しまーす」

「ジャヴ・・・変なところ触ったら、ねじ切るから」

「ふっ、お前の体なんて・・・この間レイルを背負ったのと、大して変わらんぜ」

「後で潰す!」


さすがにジャヴさんは力がある。ララベルさんを軽々と背負うと、尻を一発叩いて勢いよく走り出した。


「ぎゃー! 今! 今!」

「ヒャッハー!」


ジャヴさんが、それこそ馬のような勢いでかけていく。

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