10-7
「こっちだ!」
僕は屋根の上の瓦を手に取り、黒馬に投げつける。少しでも注意を引くのが、今の任務だ。
当たっても大した痛手にはなりそうにないが、ストレスを与え続けて怒りを誘えば、その分隙ができる。
身を低くして、ララベルさんとジュリアさんが走っているのが見える。
僕が両手に瓦を抱えて投げているところへ、黒馬が上体を上げて威嚇してきた。立ち上がっただけで、僕のいる建物と同じ高さになる。前足を食らわないように、隣の建物の屋根に飛び移ると、さっきまで僕が立っていた屋根に蹄がめり込む。
雪国の建物なので、造りは頑丈なはずだが、それでも何回か同じことをすれば、屋根ごと崩壊しそうだ。
そう長くは、気を引き続けることはできなさそうだ。
「おおお!」
ジュリアさんが、棍を頭上で回して、声を上げる。あれは・・・注意を誘導しているのか。
僕が思った通り、ララベルさんが黒馬の手前まで迫っていた。音もなく黒馬の首の下までもぐりこみ、手に持った槍を頭上に突き上げる。
ゴオオオッ!
黒馬の悲鳴が、ビリビリと振動を伝え、僕の胃袋を震わせる。
「これは・・・やったか!?」
僕とジュリアさんが、黒馬の方を確認する。
ララベルさんの槍は、確かに黒馬の喉を貫いた。・・・だが、
「浅い」
ジュリアさんがつぶやいた通り、ララベルさんの槍は先端が刺さっただけだった。動脈の位置もはずれたようで、致命傷にならなかったようだ。
槍に喉が刺さったまま、黒馬は暴れまわる。壁を蹴れば倉庫が崩れ、地面を踏めば石畳が割れる。首都に対してやりたい放題の破壊行動だったが、怒り狂っているだけに、その動きが予想がつかず、僕とジュリアさんは近くに寄れない。
ララベルさんは空手で脱出しようとしているが、地盤が揺れて走りづらそうだった。黒馬の体の下から抜け出したと思ったときに、黒馬に見つかり、頭突きによって吹き飛ばされる。
狂乱から我をを取り戻した黒馬は、槍が刺さったままゆっくりとララベルさんに近づいていく。ララベルさんが立ち上がるのには時間がかかりそうだ。
「ララベルさん!」
「ララベル!」
僕が叫んだのと同時に、ジュリアさんがララベルさんのもとに駆けつけようとする。黒馬を追い抜く形になるが、わき目もふらずに一直線で駆け出した。
ぞわりと、背筋に冷たいものが走る。鎖骨にこぼした水のような、悪寒が僕の胃を駆け巡る。
さっき同じようにやられたから、わかる。あれは・・・罠だ。
「ジュリアさん! 罠です!」
僕が叫んだ言葉が、届いていたのかどうか。ジュリアさんは、ララベルさんの方へかけていく。
このままでは、ジュリアさんはララベルさんに近づこうとして、黒馬の後ろ蹴りの射程に入る。
「一か八か・・・!」
僕は、肩と腰にマナを集中させて、形見のナイフを黒馬に投げた。僕のナイフは投げるためのつくりになっていないし、投げナイフの練習をしたこともなかったので回転がかかってしまったが、ナイフはギリギリ近くまで飛んで行った。
「もう一度!」
次に、自分のナイフを取り出して構える。さっきの投擲で、おおよその力加減は分かった。的が大きい分、当てるのはそこまで難しくなさそうだ。
手持ちの武器がなくなり、完全に手ぶらになってしまうが、今はやむを得ない。




