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怪我をしたふりをして、巣から外敵を遠ざける鳥、自分の足跡をさかのぼる狐、死んだふりをするリス。動物は、敵をだまそうとする。僕も、幼いころからそれを見て知っていたはずだった。それが生かせなかったのは、黒馬が状況を判断してジャヴさんを使ったからだろうか。馬の知能は5歳児並みというが、この黒馬は、それ以上の知性をたたえている気がしてならなかった。
黒馬が、ゆっくりと前脚を地面につけた。実際には、目にもとまらぬ一瞬なのだろうが、死を直感した僕には、それが長く感じてしまう。
この後、後ろ脚の蹴りが、僕の体をバラバラにするのだろう。刹那が数往復する間、僕は目の前の出来事を観察するしかなかった。体は避けるための動きをしているのだが、間に合わないことは頭が知っている。背反する心と体を、もう間もなく失うことになるのか。
やがて、強い衝撃が僕を貫く。ただし、それは黒馬の蹄ではなく、横からの刺すような突きだった。僕が吹き飛ばされる間に、僕の頭すれすれに、大きな岩のようなものが通り過ぎる。後コンマ数秒遅かったら、僕の頭をかすめて、その衝撃で絶命していたはずだ。
「ふぅ。ララベルだったら、助けられなかったな、今の」
僕は、道の上に横倒しになる。打撃を受けた肩がしびれて動かない。少しでも早く現状を把握したかったのだが、痛みと攻撃を受けたショックで、切り替えに時間がかかった。
起き上がると、ララベルル隊長代理とジュリアさんが、それぞれ獲物を黒馬に向けて、僕の前で陣取っている。
こちらを向きなおした黒馬は、槍と棍、長物が二つ突き出していて、攻めあぐねたようだ。
「まぁ、レイル君が助かったから何も言わないけど、武器で人をはじくくらい、槍にだってできるからね」
「違いますー。最速で吹っ飛ばすために、鎖骨の端を横から打ったんだよ。高等テクよ、高等テク」
「ぐぬぬ・・・」
ララベル隊長代理が悔しそうな顔をする。確かに、ジュリアさんの棍は的確に僕の肩の骨を打ち、僕の体を倒した。数センチずれて腹や二の腕のように、柔らかい場所に当たっていたら、筋肉が衝撃を吸収していただろう。咄嗟に、右肩から左肩まで鎖骨でつながる線を押したのは、見事というほかない。僕は、落としたナイフを拾い、握力を確かめる。
「レイル君、私が駆けつけた時は、君は毎回ピンチだね」
ジュリアさんが、にやりと笑う。
「う・・・すみません」
「真面目なのはいいけど、ほどほどに手を抜かないと、早死にするよー」
前回助けられた時は、ジュリアさんの腕前を見られなかったが、その構えはさすがに堂に入っている。お互いが邪魔にならないように、下段に構えるララベルさんと、根を斜めにとるジュリアさんの前には、入るもの全てが撃ち落とされる、不思議な結界のようなものすら見える気がする。
「しかし、牝馬でよかったね。あんなにでっかい体で牡馬だったら、ララベルなら戦いにならないところだったんじゃない」
「え・・・」
僕とララベルル隊長代理が、同時に黒馬の方を見上げる。そういわれれば、今まで気にしていなかったが、牝馬だ。
「レイル君、コボル警備長の時は色々大変だったから、おとなしかったけど・・・この子、結構アレだからね! 影響受けちゃダメだから」
ララベル隊長代理の顔は、真っ赤になっている。
「ひっひっひ。頭の上からぶーらぶらだよ」
棍を構えたまま、ジュリアさんは嬉しそうに笑う。
「あぁ、そういえば、ジャヴは? 食われた?」
「いくら変異呪種でも、あんなの食わないでしょ」
二人とも、さらりとひどいことを言う。
「・・・ジャヴさんは、そこの細い道にいます。頭を打って、しばらく動けないかもしれません」
「そうか。よし、うるさいやつが目覚める前に、片付けるか」
「そうね」
「あいつの表皮と体毛はかなり固いです。ジャヴさんの斧も、僕のナイフもほとんど通りませんでした」




