10-4
僕は黒馬の背には着地せず、黒馬の腹にナイフを突き立てたまま、落下していく。
ゴアアアアァ!
馬とは思えない鳴き声で、巨体が震える。肌の反射的な痙攣ですら、僕のナイフを跳ね返さんばかりの力を持っている。
着地をして、頭上を一瞥する。黒馬は、前足を上げて絶叫している。腹には縦一文字の切り痕がついている。深い傷を負わせることはできなかったが、苦痛は与えられたようだ。
手を見ると、ナイフには黒馬の長い体毛がびっしりとついている。この毛が、ジャヴさんの斧や僕のナイフの切れ味を落としているのは間違いなさそうだ。
「ジャヴさん!」
倒れているジャヴさんに手を差し伸べて、体を引き起こす。
「レイル・・・」
「目論見が甘かったです。すみません。今のうちに距離をとりましょう!」
「俺の人気に嫉妬して・・・俺を亡き者にしようとしたんじゃ・・・」
「ええっ? ま、まぁ、それでいいですから、いきましょう!」
黒馬と、目が合う。明らかに僕に対して怒りを覚えているようだ。数歩引いた後、狭い路地なりに向きを立て直し、僕の方を向く。
「気づいていたんだよ・・・お前が、俺を陰から見ていたことに・・・ハンカチ、噛んでたろ・・・」
「まずいな・・・頭を打ってるのか・・・」
頭上から飛んでくる噛みつきをすんでのところでかわし、ジャヴさんの腕を肩に通す。
「ふん!」
気合いを入れてジャヴさんの体を背負うが、身長差がありすぎるので、足を引きずる形になってしまう。再び、黒馬の頭が白い歯をむき出しにして降ってくる。このままでは、いずれ逃げきれずにつかまってしまう。
「くるな! くそっ!」
ナイフを頭上にかざし、こちらに向かってくる鼻先を切り付けるが、図体から考えるとかすり傷だ。効果があるとは思えない。
そんなとき、すぐ後ろから声が聞こえた。
「ちょっと! あんた、こっちに!」
勝手口が開いて、中から年配の女性が出てきた。
僕は迷う暇もなく、ジャヴさんをかついで部屋の中に飛び込む。
すかさず、女性は閂を閉める。手慣れた所作だ。
「あ、ありがとうございます・・・助かりました」
「れ、礼はいらないよ。お互い様さ」
女性も恐怖心からか、息が乱れている。
質素な室内は蝋燭が数本だけ灯してあり、薄暗い。笛が鳴ったから警戒をしているのか、それとも節制をして、常にこんな感じなのか。人の家特有の、知らない料理の匂いがする。
「あれは、なんだい? 随分とでっかい化け物じゃないか」
「恐らく・・・変異呪しゅ」
轟音と共に、道路側の壁から煉瓦とドアが吹っ飛んだ。さっと、街の光が部屋に差し込む。丸太のような足が、壁から突き出している。
「な・・・」
身動きがとりづらい隘路を出て、大きな通りから壁を蹴り上げたのか。
思わず、女性をかばって前に出ると、壁の向こうの赤い目と視線がぶつかる。テーブルの上にあったフォークを投げるが、目には当たらない。
「逃げてください!」




