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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第一章 山岳の戦い
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山岳の戦い -7

僕は一人、山道を降りている。

何度も降りたことのある、見知った道だが、一人で歩くのは初めてだった。

骨折した腕にマナを集中させているおかげで痛みは緩和されているが、疲労とマナの消費で意識ははっきりしていなかった。


「もう、何も・・・残っていない」


現状を確認するように、ひとりごちた。助けを呼ぶために街へ向かっているが、親戚がいるわけでもない。お金を持たずに逃げてきたので、怪我を治療できるかどうかも、わからない。

最悪だ。

打ちのめされて頭を下げながら、重い足を引きずって歩く。脳裏に浮かぶのは、家族のこと、故郷のこと、そして・・・さっきの戦いのことだった。


「あれは・・・悪くなかったな、うん」


絶望と悲しみの中の道中。生まれて初めての命がけの戦いを、もぎ取った運命のページを、僕は何度も反芻していた。


・・・折れた両腕、迫る時間、わずかなミスで全てが終わる。

僕の計画は、情況を見たまま、それしかないというものだった。頭を使ったわけではなく、失敗したらリカバリーは不可能だろう。それでも・・・僕は、正直なところ少し高揚していた。逆転の手立てが残されているというのは、最悪の日でも、いいものだ。

立ち上がって背筋を伸ばした大黒猿は、僕よりわずかに背が高かった。止血をしていないので、胸に空いた傷からは血が流れ続けている。気が付くと、辺りの砂利は血で水たまりができている。よくこれだけの出血で、動けるものだ。

僕たち人間は、膂力では動物、特に変異呪種にはかなわない。その差を補うのがマナの操作で、僕がロープを綱渡りしたのも、足の指の力を数倍にできたおかげだ。

人間が持っていて、動物が使えないもの。計略とマナの操作が、僕の唯一の希望だ。


「簡単に勝てるはずの、か弱い人間に、殺されそうになってるな。弱いオスだな、お前は」


僕は、肩をすくめて、顎をあげる。蔑みの表情は、共通の言語だ。腕はプラプラと力なく揺れたが、なるべく「来いよ」のジェスチャーに近いようにできた。

逡巡ののち、大黒猿は、僕の言っていることが理解できたのか、大きく叫ぶと両腕を上げて飛び込んできた。


僕は、驚いて咄嗟に折れた腕を顔の前にあげた・・・ふりをした。

狙いは視線の誘導と上体の後退で、下半身では全く別の動きをしている。素早く右脚を横に広げ、目的のものの位置を補足する。

さっき腕を折られたときに落とした、ナイフだ。

ナイフは、当然手では拾わず、足の指を使ってしっかりと柄を握る。


山道を降りるときからずっと、脚をマナに集中させ続けたこと

靴を脱いでロープを渡ったこと

驚いたふりをして、上体を引いたこと


全てが、つながった。大黒猿の腕が僕に当たる寸前、僕は上体を後ろにそらし、足の指でつかんだナイフを、大黒猿の肛門めがけて下から突き上げた。


驚愕の表情。まったくの死角から、激痛が襲ったのだ。大きく口を開けて全身が硬直した瞬間を見計らい、僕はナイフを抜く。ナイフを足の指で挟んでいる右足に体重をかけると、上体は前のめりになる。僕と大黒猿はかつてないほど接近することになった。


目と目が、会う。大黒猿は、わずかだが、まだ目の中に命の光を持っている。

それが、僕は気に入らない。


「死ね」


かすかに、身じろぎをしただろうか。僕のナイフが喉から鼻の奥まで貫通すると、大黒猿は力なく崩れ落ちた。傷ついていたとはいえ、死角からの剣戟に、大黒猿はまったく対応できなかった。か細い可能性だったが、僕はやり遂げたのだ。


ついに、決着がついた。

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